会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
デジタル化への方策は組織改革にあり 前編
(企業家倶楽部2018年12月号掲載)
米国はフラット型組織で躍進
問 デジタルシフトは単なるシステムのIT化ではないということですね。
鈴木 そこがポイントです。デジタル化とは、制約から解放されて、新たなビジネスの種を生み出すための手段にすぎません。そしてこれが、今後の企業競争力を高めるための唯一の方法ではないでしょうか。
問 アメリカのテック企業は、どうしてイノベーティブな戦略を生み出すことができるのですか。日本企業との違いは何でしょう。
鈴木 皆さんは、役員や経営企画室の中だけで企業戦略を考えていませんか。それを今年の方針3つなどとスローガンを付けて発表していないでしょうか。実はこれがテック企業と全く違います。
日本企業の多くは、年功序列、定年制の「ピラミッド型」組織です。それに対してテック企業は「フラット型」で、数百の組織がそれぞれプロジェクトを抱えた集合体となっています。そのプロジェクト自体が企業戦略になっているわけですね。
つまり、組織の仕組みが違うのです。3つの戦略と数百の戦略では、どちらの確率が高いでしょうか。もちろんビジネスに繋がらないものもたくさんあります。しかし、先行きが不透明な時代には、多くのアイデアの中で成功確度を上げる組織の方が強いのです。
問 日本企業はどのように対抗していけば良いのでしょうか。
鈴木 まずは皆さん一人ひとりが意識を変えることから始めるべきでしょう。考えてみてください。この20~30年で私たちの生活は便利になりました。そしてこれからも、より快適な環境へ変化していきます。翻って、企業の変化はどうでしょうか。「うちはうちのやり方がある」と何十年も同じ体制をとっていませんか。
問 多くの企業が変革に至らないジレンマを抱えているようにも思えます。
鈴木 実際、多くの日本企業が社内で新技術と既存技術を並行して進められないという問題を抱えています。長年システムのデジタル化を自前でなく外注してきたため、システムが複雑化した今では、何社ものベンダーに頼らざるを得なくなりました。すると、ベンダーの数が多すぎて使いこなせなくなってくるのです。本来は社内に技術者を置いてスムーズに統合するべきなのですが、「デジタル」という言葉が出てきた途端に、「それは技術に詳しい人間の仕事だ」と人任せにしてきてしまった結果でしょう。
一人ひとりに企業家精神を
問 実際に御社はどのようにデジタルシフトをしているのですか。
鈴木 時代の変化に対応するには、常に「人材」と「組織」を革新していくことが求められると思っています。
スマートフォンを誰もが使いこなし、生活の中にIoT(モノのインターネット)が浸透してきた昨今、個人の情報を獲得する技術が急激に発達しました。そしてAI(人工知能)を使い、一人ひとりのニーズに合わせたマーケティングが可能になったのです。この多様な顧客のニーズに応えようとする姿勢は「カスタマーファースト」と呼ばれ、リーマンショック以降、多くの欧米企業でビジョンやミッションとして取り入れられています。このような環境では、デジタル技術を熟知し、発想豊かで未来を描ける人材が欲しいところです。これは「企業家精神」が求められているとも言えるでしょう。
日本企業のようなピラミッド型の組織では多くの情報を整理できる調整型の人間が必要とされます。一括採用をし、画一的な教育をして同質化していくと、牙が抜かれていき、社内でしか通用しないマネジメントを覚えてしまいます。すると有名企業に勤めている人でも、「明日起業して下さい」と言われてできる人材はなかなか育たない。社内から革新的なアイデアが出てこないのには、こういう理由があると思います。
問 どんな育成体制を整えているのですか。
鈴木 私は社員一人ひとりに経営者と同じ視点を持ってほしいと思っています。入社してすぐ「自分の飯は自分で食え」という考え方を教えるべく、一人ひとりにPL(損益計算書)を持たせ、社員一人にいくらコストがかかっているのか、それに見合う収益を上げられているのかを可視化しています。私の願いは、全員に当事者意識を持ってもらい、いずれは起業してくれることです。そのためにスタートアップ支援制度も導入しています。
ただ、今の若者は将来に不安のない環境を重視するので、退職金制度や70歳定年制、確定拠出年金制度、長期所得補償制度なども導入しています。挑戦できる環境と不安をなくす体制を整えるだけで、社員のパフォーマンスは圧倒的に上がるのです。
もちろん、組織のフラット化も進めています。いくら技術に長け、情熱を持ってアイデアを生み出す人間がいても、組織体制が整っていなければ、その良さは発揮されません。そのため、私たちは企業戦略を社員全員で考えています。収入の流れとコストの構造を明確化し、目標達成に向けたプロセスを全員で話し合います。これならば社員が自分の頭で考えたことですので、経営者が説明を行い、納得感や共感を得る必要がありません。むしろ責任感が生まれるのです。これはアメリカのスタートアップ企業では当たり前にやっているデザイン思考で、こうした訓練を3年も続けていれば起業できる力は自然と身に付きます。そういう人間が組織にいればいるほど、企業の力は強くなると思います。
デジタルシフトとは社内文化の変革である
問 デジタルシフトが進んでいない日本では、リアル世界からネット世界に進出することになりますが、どのようにしたら良いのでしょうか。
鈴木 これは米アップルの事例が参考になるでしょう。アップルもiMacやiPodのように端末製造というリアルの世界からスタートしました。当時は音質ではiPodよりもソニーのウォークマンの方が良く、市場でも劣勢に立たされていました。そこでアップルは、iTunesやAppStoreのようなプラットフォームビジネスに転換し、これがその後の命運を分けることになったのです。そして今度はプラットフォームの視点から端末を作り、未来を切り拓きました。
問 デジタルシフトはネット世界、リアル世界のどちらからでもできるのですね。
鈴木 端末の世界から戦略を考えることが重要です。人材育成をしっかり行い、組織を革新すれば自ずとアイデアは生まれてきます。つまりデジタルシフトとは、社内の文化を変えることとも言えるでしょう。そして、答えは常に現場にあり、考えるのは社員なのです。外部の人間が戦略を考えても何も意味がない。ただ、これを決断できるのは社長しかいません。その覚悟を経営者の皆さんに持っていただきたいと切に願っています。
P R O F I L E
鈴木康弘(すずき・やすひろ)
1987 年、富士通に入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。96 年ソフトバンクに移り、営業、新規事業企画に携わる。ネット書籍販売会社、イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立し、代表取締役就任。2006年セブン& アイHLDGS. グループ傘下に入る。14 年セブン& アイHLDGS. 執行役員CIO 就任。グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。15年同社取締役執行役員CIO就任。16年同社を退職し、デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。デジタルシフトを目指す企業の支援を実施している。SBI ホールディングス社外役員も兼任。