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【繁盛店から学ぶ】スリーウェルマネジメント代表 三ツ井創太郎

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

「コロナ後」にV字回復~中国で奮闘する日本人社長の全記録~

「コロナ後」にV字回復~中国で奮闘する日本人社長の全記録~

(企業家倶楽部2020年10月号掲載)


飲食店コンサルタントの三ツ井創太郎です。
日本ではまだまだ新型コロナウイルスの影響を受ける飲食店。今回はアフターコロナ後に営業を再開し、過去最高の売り上げを達成した中国の焼き肉店を取材しました。新型コロナウイルスによる店内飲食営業停止、営業再開までの経緯、実施した施策、売り上げの回復状況等について時系列で解説していきます。

■ 新型コロナウイルス収束宣言をした中国深圳市の飲食店の状況

 今回は中国本土4大都市の一つである深圳(シンセン)市の飲食店を取材しました。深圳市は中国内でも屈指の金融、IT産業の集積地であり別名「アジアのシリコンバレー」とも呼ばれる地域です。総人口は約1300万人となっており、東京都の総人口1390万人と比較しても、かなりの大都市である事がお分かり頂けるかと思います。

 今回は深圳で焼肉店を複数店舗展開している福庭大資(ふくばだいすけ)社長に話を伺いました。

 福庭社長の会社は数年前から弊社がご支援をさせて頂いている会社でもあり「日本の大変な飲食店経営者にとって少しでも為になるのであれば」と大変な状況にも関わらず快く取材にご協力を頂きました。この場を借りて感謝の言葉を申し上げます。

 福庭社長は2011年に中国上海に渡り、たこ焼き店を開業されました。その後15年に深圳に移り今度は焼肉店を開業します。当時、日式焼肉店がほとんどなかった深圳において、福庭社長のお店は大きな話題を呼び、地元では知らない人がいない位の繁盛焼肉店となりました。

 自慢の味と日本ならではの「おもてなし」の精神を盛り込んだ接客スタイルが評判を呼び、深圳市、広州市等の9店舗を展開するまでになりました。各店根強い地元の常連客に支えられ、これからさらなる事業拡大を図っていこうとしていた矢先に新型コロナウイルスが発生しました。

■ 全店舗の売上がゼロになり、倒産を覚悟する 
2月に入ってから中国国内の飲食店は店内営業が停止となりました。営業停止に対する中国政府からの補助は日本円で1社約45万円程度でした。

 負担の大きい9店舗分の「空家賃」を少しでも抑える為に、通訳ができる現地スタッフと一緒に社長自ら大家さんに頭を下げて家賃交渉を行うも、ほぼ全ての大家さんからは門前払いの状態でした。「家賃が支払えないなら今直ぐに立ち退け!」と怒鳴られる事も多々ありました。

 売上はゼロ、家賃交渉も不可能な中で、さらにスタッフの給与の支払いが重くのしかかります。中国では休業させているスタッフに関しても最低賃金の80%を支給する事が国の要件として定められています。

 日本では新型コロナウイルス対策の融資支援等がありますが、福庭社長の会社は日本人が経営する「外資企業」となる為、融資等による資金調達も難しく、本当に倒産間近の所まで追い詰められていきました。当時の心境を福庭社長は次のように語りました。

「営業停止となった2月初めは、もう倒産以外の道は無いと考え、相当落ち込んでいました。感染状況や営業規制等も毎日状況がコロコロ変わる状態でしたので、政府から発表される情報を日本語が分かる現地スタッフに翻訳してもらった上で意思決定をしていくという、本当に神経が磨り減るような毎日を送っていました」

 2月いっぱいでの倒産も考えていた福庭社長でしたが、外国人である自分の事を信じて、今までついてきてくれた従業員達を路頭に迷わせる訳にはいかないという想いから、会社存続に向けて「やれる所までやる!」という決意を固めます。

■ 「全員経営」でスタッフの意識が変わる

 こうした中、福庭社長は大きなコストであった本社スタッフ部門の解体を決意します。そして本社スタッフ一人ひとりに対して、一緒にお店のデリバリースタッフとして働いてもらうようにお願いをしました。

 さらに「全員経営」をスローガンに掲げ、今まで外部の税理士さんにお願いしていた経理部門等も社内でプロジェクトを立ち上げ内製化をしていきました。当初は、こうした不慣れな業務をスタッフにさせる事でスタッフの不満が続出すると懸念していたのですが、実際はその逆でした。

 会社が危機的な状況である事は全てのスタッフが知っていました。大変な状況は自分達の会社に限った事ではありません。日本よりもさらに厳しい都市封鎖で、ほぼ全ての企業が厳しい経営危機に陥っている状況でした。

 福庭社長が「全員経営で必ずこの窮地を乗り切る」という方針を明確に示した事で、スタッフ一人ひとりにも「この大変な状況を皆で乗り越えるしかない」という、ある種の覚悟のようなものが芽生えていったそうです。

 そんな中、2月中旬に福庭社長から私に連絡が来ます。「社内勉強会をやりたいので、三ツ井さんの会社で持っている飲食店スタッフ向けの教育カリキュラムを提供してくれないか」というご相談でした。もちろん快諾させて頂きましたが、当時の私の率直な感想としては「こんな大変な状況な中で社内勉強会をして効果があるのですか?」ともお伝えしました。

 しかし、福庭社長は「こうした時期だからこそ勉強会をやりたい。新型コロナウイルスの発生前は“何となく”働いていたスタッフの意識も、今回の社会的な危機を受けて“自分自身の能力をもっと高めていかなければならない”という意識に変わりました。スタッフの為に、たとえうちの会社がダメになったとしても、次の会社で頑張れるようにスタッフ能力を高める為の教育をしていきたい」との事でした。

 こうして福庭社長は飲食店経営における「マーケティング講座」や「マネジメント講座」など様々な社内研修を立ち上げていきました。弊社の教育テキストはもちろん日本語ですが、福庭社長はそれを短期間で全て中国語に翻訳し、中国人スタッフにも分かりやすいようにテキスト内容を修正し、空いた時間で社内勉強会を実施していきました。

 こうした福庭社長の「前に進むぞ!」という姿勢が、全てのスタッフの意識を変えていきました。

■ 営業再開に向けて感染対策を徹底

 ニュース等で見た方もおられると思いますが、中国政府はIT技術を駆使した感染者追跡などを含め、徹底的な外出規制等行いました。

 その効果もあり深圳市の飲食店は3月から段階的に営業再開が認められるようになりました。ただ、席の間隔を間引いて営業しなくてはならず、焼肉店の場合はロースターの関係上、かなりの数の席を間引かなくてはならず、正直大した売上は見込めない状況でした。

 さらに徹底した感染対策も行わなければなりません。そこで福庭社長は下記の対策を行いました。

① 全スタッフの毎日の体調チェックの実施

② 全テーブルへの消毒用アルコール設置

③ 全お客さんに対する入店時の検温

④ クラスター発生に備えて、入店するお客様の身分証明書、電話番号の確認

 営業再開が間近に迫る中で、次に課題となるのはお店の営業再開をどうやってお客様に告知していくかという事です。そこで役に立ったのが今まで長年集めてきた「顧客データ」でした。福庭社長のお店ではオープン依頼、中国やアジア諸国で11億人を超えるユーザーがいるSNSアプリ「WeChat」を活用してお客様への情報発信やコミュニケーションを行ってきました。

 福庭社長はWeChatを使い、今まで来店してくれていたお客様にお店の再開を大々的にPRします。そして、福庭社長自身もお店に立ちオープン日を迎えます。

■ 営業再開で溢れた涙、しかし売上は回復せず

 いよいよオープン日、常連の方々を中心にパラパラとお客様が来店して下さりました。福庭社長曰く「お客様自身も長い自粛期間が空けて、ようやく外食ができるという喜びで笑顔が溢れていました。そのお客様の笑顔を見た時に改めて“飲食業”という自分達の仕事に対しての意義や誇りを強く感じました。そんな事を想いながら営業していると、なぜか自然に涙が溢れてきました」

 その想いは他のスタッフ達も一緒でした。新型コロナウイルス発生前は当り前に“こなして”いる部分があった毎日の仕事。皆、営業再開でその仕事の大切さややりがいを実感していました。こうしたスタッフ一人ひとりの想いが重なり、お店の中に“今までには無いような活気”が生まれていきました。

 福庭社長自身も、お客様がお帰りの際にはお店の外に出て一人ひとりにご挨拶をし、感謝の想いを伝え続けました。ただ徹底した感染対策を実施している為、席数を減らしており、まだまだ消費者の中にも自粛ムードが残っており、3月ひと月の売上は前年対比で40%程度までしかいきませんでした。

 40%程度の売上では経営を続ける事はできません。さらに様々なコスト改善を行ったとはいえ、全店の家賃等の支払いは迫っており、資金繰りは変わらず悪化している状況でした。営業再開を喜んでいるのも束の間、今後の営業継続に不安を残す結果となりました。

 そして手探りでの営業再開から1カ月が経ち、4月に突入します。

■ 営業再開2カ月目でV字回復を果たす

 営業再開から1カ月半が経過した4月の2週目位からお店の流れが徐々に変わり初めます。3月と比べて明らかにお客様の来店が増えてきました。

 なぜいきなりこんなに沢山のお客様が戻ってきてくれたのか?不思議に思った福庭社長は来店されたお客様に聞いてみました。すると多くのお客様がSNSのWeChatでお店の営業再開を知った人達でした。

 実際にWeChatを確認すると3月に来店された多くのお客様がお店で撮った写真や福庭社長やスタッフの一所懸命な接客の様子、さらにお店が行っている新型コロナウイルス対策等を投稿してくれていました。この投稿がどんどん拡散し、その投稿を見た常連客や、新規のお客様が来店されるようになりました。お客様の数は日に日に増していき、遂にオープン以来の最高売上を更新する日まで現れました。

 4月ひと月の営業を終えて、お店の売上を集計すると前年対比で80%まで回復していました。5月に至っては前年の90%以上で推移、そして7月には前年を超える程のV字回復を果たされたのです。

 今回の取材を通じて、福庭社長の行われた取り組みを私なりに分かりやすくまとめてみました。

after& with コロナの飲食店がやるべき3つの事

1- お客様のデータをしっかりと集める

 新型コロナウイルスは一度収束したように見えても、定期的に小規模な感染拡大を繰り返す可能性があります。感染が再発する度に飲食店を初めとする小売店は客数減少や営業自粛を余儀なくされる可能性があります。そんな時にお客様にいち早くお店の状況等を伝える手段として、顧客台帳が今まで以上に重要となる事は間違いありません。

 住所等を利用してハガキやDM等を送付する方法もありますが、これではコストがかかり過ぎます。今後重要になってくるのはメールアドレス、LINEやSNS等のアカウントの収集になります。私はこれらを総称して「デジタルアドレス」と呼んでいます。

 福庭社長のお店はオープン以来多くのお客様のデジタルアドレスを収集してきた事で、お店の感染防止対策や営業再開キャンペーン等の告知を迅速に行う事で、短期間のV字回復を実現する事ができたのです。

 日本国内の弊社のご支援先企業様でも、お弁当の販売開始を今まで収集してきたデジタルアドレスを使って告知しただけで、通常営業と変わらない売上を獲得するケースもありました。

2- 全員経営体制の構築

 効率的な経営を行う上で「専門性」「分業」という考え方は重要です。しかしながら、今回のような経営の非常事態においてはムダなコストを排除した上で、足りない部分のリソースを担当以外の社内全員で協力して補う「全員経営」が重要となります。「全員経営」には足りないリソースを補うだけでは無く、スタッフの団結力を高めるという効果もあります。

3- 経営者の前に進む姿勢

 私も会社を経営していますので、今回のような大変な状況の中で経営者が前を向いて方針を打ち出すという事がどれ位大変な事かは良く分かります。しかし、不安なのは経営者だけではありません。スタッフの皆さんも大きな不安を抱えています。そんな中で福庭社長は「たとえうちの会社が倒産してしまったとしても、スタッフ達の能力が高まり、次のステージで活躍できる人材になれるように」という想いから、社内勉強会を立ち上げました。結果的にこれが全スタッフの仕事に対する意識を高めました。

 まだまだ先行き不透明な状況ではありますが、新型コロナウイルスによる倒産の危機を乗り越えた福庭社長は現在の心境を次のように語ります。

「今回の新型コロナウイルスによって、2店舗の閉店を余儀なくされました。会社の資金繰りもまだまだ大変な状況ですが、スタッフ同士の結束は今までと比べて圧倒的に強くなりました。さらに、経営における様々な無駄を排除する事もできました。結果的にこの危機によって会社が強くなったという確信があります。今回の事をバネにして事業拡大に再度チャレンジしていきたい」

 日本でも緊急事態宣言の解除が進み、一時は飲食店経営者様から「ようやく今までの営業に戻れる」という安堵の声が聞こえるようになりました。しかし、新型コロナウイルスは一旦収束しても、感染を繰り返す可能性があるという事を考えておかなければなりません。これは他国の事例を見ても明らかです。実際に本記事を執筆している8月初旬現在で、日本国内の感染者は再度増加傾向にあります。

 こうした中で、今からでも遅くないのでぜひ皆様にも「after&withコロナ」の経営体制を構築して頂ければと思います。

 最後になりますが。新型コロナウイルスに罹患された皆様および感染拡大により経営に影響を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。今回の記事が少しでも皆様のご参考になれば幸いです。

Profile 三ツ井創太郎(みつい・そうたろう)飲食専門のコンサルティング会社、スリーウェルマネジメント代表。一般社団法人日本フードビジネス経営協会理事長。長年、飲食業界の現場で培った経験を武器に、個人店から大手外食企業、国内から海外まで幅広いクライアントに対してコンサルティング支援を行う。HP上で飲食店経営のあらゆる課題を解決する無料ノウハウブログを100記事以上公開中。

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