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【著者に聞く】日本経済新聞社参与 吉村久夫

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

世界は岐路に立っている

(企業家倶楽部2021年3月号掲載)

いよいよ人類は地球から宇宙へ飛び出そうとしています。米露中心だった宇宙探査に新しく中国が参加してきました。民間企業による月旅行も実現してもおかしくありません。しかし、もろ手を挙げて喜んでばかりはいられません。地球の混乱を宇宙に持ち込むわけにはいきません。宇宙に飛び出す前に宇宙開発のルールを確立すべきです。

覇権主義を宇宙に持ち込むな

問 この度、新書を出されましたね。どのよう
な経緯だったのでしょうか。

吉村 このほど『世界の歩みー地球から宇宙へ』を三省堂から出版しました。いろいろ激励のことばを頂いています。

 執筆の動機は3つありました。
 一つは高校生の時から世界史が好きで、いつか自分なりの目で世界史の通史を書きたいと思っていたことです。
 二つ目は、人類が今日の覇権主義、自国第一主義を宇宙に持ち込んでは大変なことになると懸念したことです。 
 三つ目は、一般市民も自由主義、民主主義の良さを再確認して、自立、自制の道を進むべきだと考えたことです。

問 世界通史ということですが、人類は過去に戦争を繰り返しています。果たして、賢いのでしょうか。それとも愚かなのでしょうか。どのようにお考えですか。

吉村 人類は優れた能力を持っています。それは考える力を持っているということです。創意工夫の力でいろいろなことを解決してきました。ところが反面、大きな欠点も持っています。それは忘却するということです。
 第一次、第二次の世界大戦を経て、人類は自由主義、民主主義の良さを再確認し、国連、世銀・IMFの世界体制を構築しました。
 しかし、それから70年経って、人々の考えは分裂、対立するようになりました。米中対立がその端的な例です。

問 なぜ、人類は幸せを求めながら、分裂や対立を繰り返すのでしょうか。どこに原因があると考えますか。

吉村 その原因はもっぱら所得格差が開き、健全な中間層が薄くなったせいだといわれています。しかし、私はいま一つ大きな原因があると考えます。それは技術格差です。

 AI(人工知能)の時代になりました。社会がデジタル化されるにつれて、新技術について行けない人が増えてきました。置いてきぼりです。

 AI技術だけではありません。核兵器、遺伝子操作といった新技術もあります。一歩間違うと、人類が破滅しかねない性質のものです。置いてきぼりに会う人は不愉快で頭に来ます。

問 2020年に入り、世界的に新型コロナウイルスの感染が広がりました。未だ収束せず、猛威を振るっています。ワクチン開発などの明るいニュースも出てきましたが、人類はどのようにこの未曽有の出来事を解決したらいいのでしょうか。

吉村 そこへきて新型コロナ禍が発生しました。全世界が巻き込まれ、前代未聞の財政支出を余儀なくされています。まるで第三次世界大戦が起きたような騒ぎです。

 各国は2050年までにカーボンゼロの世界を作ると宣言しました。新社会実現のために思い切った大投資をするというのです。

 しかし、その前に強欲を自制して新しい生活体制を工夫すべきでしょう。新生活と新エネルギーによって世界を一新しなければなりません。

 それができるかどうか、革命的な決意を迫られているのです。それこそが人類が背負った世界史的な課題だと思います。

問 吉村さんは著書の中で「人類はいままさに自らを反省し、本来の叡智を発揮しなければならない時を迎えている」と仰っています。この逆境を乗り越える秘訣は何でしょうか。

吉村 人類は強欲に成り過ぎました。常に成長するべきだという万年成長論の虜になってしまいました。これでは大自然もいつまでも黙っているわけにはいきません。

 コロナ禍は欲望よりも自制を、成長よりも調和を人類に呼びかけているのだと思います。世界史が岐路に立ったと思うのはそうした理由からです。

 この難局を打ち破るものは、新技術とベンチャー企業です。最後に頼れるものはやはり人類の叡智しかないのです。

P r o f i l e 吉村久夫(よしむら・ひさお)
1935 年生まれ。1958 年、早大一文卒、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、日経ビジネス編集長などを経て1998年、日経BP社社長。現在日本経済新聞社参与。著書に「本田宗一郎、井深大に学ぶ現場力」「歴史は挑戦の記録」「鎌倉燃ゆ」など。

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