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【頑張るしなやか企業】エブリー社長 吉田大成 

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

インターネットを信頼できるメディアに

インターネットを信頼できるメディアに

「DELISH KITCHEN」の動画は料理人目線
(企業家倶楽部2019年6月号掲載)

料理動画で献立の悩みを解決

「今日の夕飯は何にしよう」。多くの主婦は毎日のように献立に頭を悩ませている。普段料理をしなくても、記念日には料理を振舞ってみたいと思う人も少なくない。

 だからこそ、料理番組や料理本が人気を集め、レシピ検索サイトも定着したわけだが、材料や調味料の分量、作り方の手順が文字で書かれているため、料理初心者には分からないことが多々あった。

 それを解決したのが、吉田大成率いるエブリーの展開する料理動画サービス「DELISH KITCHEN(デリッシュキッチン)」である。料理手順が1分ほどの短い動画で分かりやすくまとめられている上、映像が料理人目線で真上から撮影されているため、見やすさも抜群だ。

 吉田のこだわりは「プロによるオリジナルコンテンツ」。デリッシュキッチンは2万本以上の動画数を誇るが、それらは全て30名ほど在籍する料理のプロが作成したものだ。現在も、新作を毎月1000~1500本のペースで発表している。

 その信頼性とレシピの多さから、毎日料理をする30~40代女性を中心に支持を集め、デリッシュキッチンのアプリは1400万ダウンロードを達成。SNSでも350万フォロワーを獲得するなど、料理動画では国内最大の規模となっている。
 
SNS向け配信からスタート

 2015年9月にエブリーを設立した吉田は現在38歳。ヤフーを経て、グリーでは同社の躍進を支えたソーシャルゲーム「釣り★スタ」の開発に携わり、執行役員まで登り詰めた。

 ただ、「インターネットの世界が大好き」と公言する吉田の悩みは、「ネットを通じてでは両親や祖父母の世代が正しい情報に辿り着けていない」という実感であった。インターネットがテレビや新聞、出版に負けないメディアになるためにはどうすれば良いか。そう考えた結果、「インターネット業界も、プロが集まってコンテンツを作っていく世界にしなければならない」と創業を決意した。

 まずは、ライフスタイル全般の動画メディアを目指して、「デリッシュキッチン」と女性向け美容動画「KALOS(カロス)」をリリース。創業時は動画撮影から編集に至るまで、創業メンバーの4人で行った。

 当時、動画配信のプラットフォームと言えばユーチューブくらい。現在と違ってデータ容量が大きな動画視聴をするのは若い世代に限られており、20代女性をターゲットに、フェイスブックやインスタグラムなどのSNS向け動画配信からスタートした。

 若い女性向けに、料理初心者でも簡単に作れるようなレシピを厳選し、テレビのように30分の料理番組を作成したが、インターネットでは長い動画は見てもらえなかった。動画の視聴者は「見たいところだけ見たい」傾向が強く、つまらなければすぐにコンテンツを閉じてしまう。「見ている時間に対し、得る情報が多い状態を作ることが重要」だと気付き、動画を短くすると、特に料理動画が人気になっていった。

 その後、17年4月のテレビCMを契機として飛躍的に認知度が広まり、主婦層の利用が急増した。

至れり尽くせりのアプリ

 レシピ動画は冒頭の3秒が勝負。「自分でも作れる」「美味しそう」と思って初めてユーザーはレシピを見る。見ているだけで楽しく、それが多くの主婦の「何を作れば良いか分からない」「面倒くさい」という悩みの解決につながっている。

 デリッシュキッチンのアプリは、人気ランキングのレシピに至るまで基本的に無料。アプリを開くと「最近見たレシピからおすすめ」「今日の特集」など、毎日表示される動画が変化する。自分が使いたい材料や、興味のある料理名などでも検索可能だ。

 画面をタップすると動画が始まる。詳しい作り方を知りたい場合は、画面を下へとスクロールしていくと、料理手順が分割され、文字と動画でも表示されている。つまり、見たい手順の部分だけを切り取ってチェックできるわけだ。もしレシピについて分からないことがあれば質問ができ、過去の質問と回答も掲載されている。

 デリッシュキッチンのアプリ内で好きなレシピの「買物リスト」に登録すれば、そのままアマゾンフレッシュで材料を購入することもできる。現在はアマゾンフレッシュのサービス地域に限られているが、今後は大手スーパーとの連携を拡大していく予定だ。

 食費を節約したい主婦にとってありがたい機能は「今日の特売情報」。近所のスーパーを登録しておくと、自動的に特売情報とその特売商品で作れるレシピまでが表示される。

 さらに「お得なクーポン」機能では、スーパーのレシートをスマホで撮影してアップロードするだけで、該当商品が含まれていればポイントがもらえるというから驚く。これは大手スーパーのサービスカードのポイントと交換すれば、普段買物するスーパーで使用できる。

 このように、デリッシュキッチンは主婦にとって至れり尽くせりのアプリなのだ。

データとAIでサービスを構築

「サービス構築のためにコンテンツは必須ですが、データとAIが重要」と吉田。過去の視聴傾向から、「どの食材でどんなレシピを求めているか」というデータを意識的に取っていくようにしており、それが前述のサービスにつながっている。

 しかし、これだけでは現在デリッシュキッチンで提供しているレシピの範囲に限られ、完全とは言えない。吉田もそれは重々承知しており、ユーザーから質問や要望をSNSやメールで受け付け、その全てにスタッフが1営業日ほどで回答しているというから恐れ入る。

 これがユーザーの満足度を高め、かつエブリーにとっては貴重なデータの蓄積となっている。将来的には人手をかけることなく、ユーザーのニーズに答えられるようになるという。

デリッシュキッチンが収益の柱

 現在のエブリーのサービスは5つ。前述の「デリッシュキッチン」、「カロス」に加え、若い母親向けの「MAMADAYS(ママデイズ)」、ニュースの「TIMELINE(タイムライン)」、ライブコマースの「CHECK(チェック)」だ。中でもデリッシュキッチンが収益の8割を占める。

 全てのサービスは基本無料のため、収益の第1の柱は広告収入である。

 14年を境に、インターネットデバイスでの動画視聴時間がテレビの視聴時間より長くなった。したがって、理論上はインターネット広告の方がテレビCMより効果的なはず。にもかかわらず出稿数が伸びない理由の一つは、「企業が安心して出稿できるメディアがほとんど無いため」と吉田は分析する。

 テレビと違い、インターネット動画ではCMの前後にどのような映像が流れるかが不確実だ。場合によっては広告主にとって不適切なコンテンツが流れる可能性さえある。その点、料理動画に特化しているデリッシュキッチンならば安心なため、日本の食品飲料メーカーの大半である200社近くが出稿している。

 第2の柱は18年1月にスタートしたデリッシュキッチンのプレミアムサービスである。月額480円で糖質オフや離乳食のレシピ、雑誌に掲載されたレシピ、脂質、糖質などの栄養成分表が提供される。

 第3の柱はスーパーの購買促進事業。前述のように、デリッシュキッチンアプリからアマゾンフレッシュなどのECサイトで生鮮食品が買える機能ではオンライン上での購買を促進し、特売情報や割引クーポンはリアルなスーパーにオフラインで来店する動機を作る。
 19年2月には米国のカタリナマーケティングと提携。初回にポイントカードを登録すれば、レシート写真のアップロードをせずとも自動でポイントが付与されるようになる。これは今後、全国のスーパーへの導入を進めていく構えだ。

 第4の柱は、スーパーの店舗に2万本以上のレシピとサイネージをセットで貸し出すサービスだ。1店舗あたりサイネージ2台の基本料金は月額3万円から。サイネージのサイズは自由に選べ、レシピ動画で該当の食品をアピールする。

 従来、手書きで作成していた商品紹介のポップなどが不要になり、該当商品の売上げにも寄与。配布用の紙のレシピまで用意されているというから手が込んでいる。既に大手スーパー「ライフ」の関東・関西圏全店舗には導入されており、東海エリアなどにも順次拡大予定だ。

 5G時代に向けて「店頭やスマホだけでなく、世の中の全てのディスプレイにコンテンツを配信していきたい」と決意をあらわにする吉田。「米国や中国の企業に技術で負け、市場を奪われないよう、食品流通業界でも日本独自のデジタル化が必要」と表情を引き締める。5~10年後には顔認証技術が一般的になり、サイネージ自体からデータを集められるようになるだろう。

プロのコンテンツが溢れる世界に
 18年3月、エブリーはKDDIより30億円の出資を受け、ライブコマース「チェック」をスタートさせた。これは、プロやインフルエンサーがライブ動画を通じて商品などを紹介し、視聴者はその場で購入までできるサービスだ。
 17年には伊藤忠などから20億6000万円を調達し、これまでに総額約85億円を集めてきた。「インターネットメディアへの広告出稿等が本格的になるのは東京オリンピック後になる」と見る吉田。「投資家の方々に還元するためにも、2020年までは投資を続ける」と強気だ。ビジネス基盤を堅固なものにし、ユーザーの方を向いた信頼できるメディアを運営していく。

 上場も視野に入っているが、現在では未上場でも資金調達できる環境が整っていることから、「最良のタイミングで決断する」と表情は明るい。課題は多いが、「インターネットビジネスやメディア自体を良くしたい人に集まってもらうことが最重要」と吉田は語る。

 彼の掲げる「母世代でも常に正しい情報に触れられるインターネット」実現に向けて、エブリーが果たす役割は大きい。

P r o f i l e

吉田大成 (よしだ・たいせい)

2005年、ヤフー株式会社に入社。 2006年10月、グリー株式会社に入社。2010 年12月同社執行役員、2012 年9月同社取締役執行役員常務に就任し、日本事業全体を統括。2015年9月株式会社エブリーを創業、代表取締役社長CEO に就任。

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