MAGAZINE マガジン

【著者に聞く】ノンフィクション作家 梶山寿子氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

アパレルに革命を起した男

アパレルに革命を起した男

『アパレルに革命を起した男』梶山寿子 著 日経BP(1600円+税)世界有数の編機メーカー島精機製作所。創業者で発明家の島正博氏は「紀州のエジソン」としてアパレル業界を革新し続けてきた。日本が誇るイノベーターの挑戦の軌跡がここに。

(企業家倶楽部2020年6月号掲載)

稀代のイノベーター島正博ここにあり

「和歌山にこんなにすごい人がいることをもっと多くの人々に知って欲しい。偉大な発明家であり、経営者の島正博さんは日本の誇り。海外ではよく知られているが、日本国内ではあまり知られていない。もったいない」

 著者の梶山寿子氏は、この本の執筆の意図を熱く語る。梶山氏をここまで言わしめる島正博氏とはどんな人物なのか。少し説明しよう。

 和歌山県に本社を置くニ ット編機のトップメーカー島精機製作所(以下島精機)の創業者であり、今は会長を務めるのが島正博氏である。82歳にしてバリバリの現役である。日本では知る人ぞ知るの存在だが、世界のニット業界で島精機を知らない人はいない。その高度な技術開発力にはプラダ、グッチ、ユニクロ、ZARAもほれ込む。世界のアパレル界を革新し続けてきた。

 子供のころから発明少年として知られ、これまでに個人で取得した特許は650件にのぼる。

 天才的発明家であり、グローバル企業の経営者として名を馳せ、地元和歌山では「紀州のエジソン」として親しまれている。

 常に喜々として難題に取り組み、「誰もやらないこと」にチャレンジしてきた。その成果として ハードの編機だけでなく、連携するデザインシステムをも開発、トータルファッションテムとして提案してきたのだ。

 島氏の原点は幼いころからのハングリー精神であろう。「なければ自分でつくる」という発想がい つも根底にあった。

時代が島さんにようやく追いついた

 本書の特長は、島氏が開発した編機を、SDGs(持続可能な開発目標)の視点で捉えていることだ。

 240ページに亘る力作だが、最初に「サステナブルな社会のために」として、アパレル産業の課題を解決するツールとして、無縫製型コンピュータ横編機「ホールガーメント」について書いている。

 島氏は何十年も前から大量生産・大量廃棄という、アパレル産業の悪しきビジネスモデルを憂い、無理や無駄のない生産システムの必要性を考えていた。それが形となって創られたのが「ホールガーメント」である。

 糸があれば、入力されたプログラムに従い自動的に1着分のニットを編み上げるという画期的な編機である。いわば3Dプリンターのニット版といえる。縫製しないからカッティングロスもない。人件費が節約できるから消費地で生産でき、地産地消型ビジネスモデルが可能となる。1本の糸から編み、ほどけば1本の糸に戻り、新たな商品に生まれ変わるので無駄がない。まさにサステナブルそのものである。こんな画期的な機械を30年以上も前から構想していたのだ。

島氏とスティーブ ・ ジョブズ氏が出会っていたら

 島氏の魅力はそのスケールの大きさと人柄だと語る梶山氏。そのエピソードが面白い。1979年島氏は、アメリカのNASAからグラフィックボードを譲り受けることになる。NASAはこの時3枚払い下げたが、そのうち1枚を島氏が、他の1枚をスティーブ・ジョブズ氏が買い求めたのだ。日本からきた“同志”を、ジョブズ氏は家に招いてくれた。たまたまこの時は島氏自身ではなく、若手社員を派遣したので、実際に2人が会うことはなかった。

 もしこのとき島氏とジョブズ氏が出会っていたら、2人の天才はどんな会話を交わしたことだろうか。 「世の中にないものを創る」ことに意気投合し、語り明かしたのではないか。もしかすると互いの歴史も変わっていたかもしれない。

 79年当時、 NASAの情報を聞きつけ、日本からただ一人手を挙げたこと自体、ただものではない。「開発にかける時間を節約したかった」と1500万円で手に入れたが、その大胆な判断と行動力に驚く。

 エピソードをもう一つ。

 95年ミラノで開催された国際繊維機械見本市「ITMA展」でホールガーメントを発表、東洋のマジックと世界を驚かせ、島精機の名を世界に知らしめてから4年後。99年にはパリで開催された「ITMA展」に合わせて、エッフェル塔を会場に盛大なパーティを開催した。招待客は総勢2000人。パリの象徴であるエッフェル塔の展望台を借り切るという演出は、島精機の名をファッション界に強く印象づけた。

「愛」と「氣」と「創造」

 島精機本社のロビーには2つの彫刻が飾られている。ロダンの「考える人」と、ボテロの「ラージ・ハンド」である。「考えたら手を動かし、すぐ実践せよ」との島氏の熱い想いが込められている。

 創業して約60年、島氏はあらゆる困難を、創意工夫とチャレンジ精神で乗り越えてきた。それを支えたのが妻の和代さんである。快活で聡明な和代さんが傍らにいたからこそ、今の島氏があるとい っても過言ではないだろう。

 この島和代さんについては、梶山氏が2016年に『紀州のエジソンの女房』として執筆している。これが縁で、次はぜひ島さんをと今回、島正博物語を執筆することになったという。

 島氏の生きざま、軌跡を丁寧に綴った本書の隅々に、梶山氏の、島氏に対する尊敬の念が息づいている。半世紀も前から無駄のない生産システムの必要性を考え、アイデアを実現してきた島氏。それをSDGsの視点から捉えた本書は、今だからこそ読んでいただきたい良書である。

 島氏の痛快でチャレンジングな人生を、あますところなくきっちりまとめてくれた梶山氏に、世界の島ファンが感謝していることだろう。

 座右の銘は「愛」と「氣」と「創造」という。人間にしかできないこの3つを胸に、不屈の精神で我が道を朗らかに生き抜いてきた島氏。その存在は今を生きる人々に大きなヒントを与えてくれるであろう。この和歌山のエジソン夫妻がNHKの朝ドラになれば・・・と願うばかりだ。(三浦千佳子)

Profile 梶山寿子 氏 (著者撮影:猪口公一)
ノンフィクション作家。神戸大学卒業後、テレビ局制作部勤務を経て、ニューヨーク大学大学院で修士号取得。ソーシャルビジネス、女性の生き方・働き方などのテーマを追う。書評家や放送作家、大学講師としても活動。主な著書として『紀州のエジソンの女房』(中央公論新社)、『トッププロデューサーの仕事術』(日経ビジネス人文庫)など。

一覧を見る