会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2020年6月号掲載)
「会社に出社せず、家で仕事をする」。「テレワーク」が積極的に取り入れられている昨今、想像しやすいだろう。では、「店舗に出勤せず、棚に品出しをする」。こちらは可能だろうか。その場に行かなくても、自分の手で遠隔から物を動かせる。この世界はもう我々の目前までやってきている。そんな「TELEXISTENCE(テレイグジスタンス=遠隔存在)」を世の中の当たり前にすべく躍進するのが富岡仁率いるTELEXISTENCEである。(文中敬称略)
40年前からの構想
「TELEXISTENCE」とは遠隔存在のことであり、東京大学名誉教授及びTELEXISTENCE会長である舘暲によって最初に提唱された技術的なビジョンである。さらにこのビジョンを今から40年前、1980年に提唱しているというから驚きだ。そしてテレイグジスタンスの研究が進む中、2017年に設立されたのがTELEXISTENCEである。この概念と技術を駆使して彼らが作るのは、人間の「分身」となるロボットである。このロボットは人型であり、操作する人間は専用の機器を装着、自分自身の動きをロボットにそのまま投影することができる。ロボットから見える風景、聞こえる音はもちろん、触覚センサーも備えており、ロボットを通して物を掴むだけでなくその感触まで感じることができる。まさに「憑依」と言っても過言ではないだろう。
これにより、自分が移動しなくても、自身の手で物を動かすことが可能になる。家から出ずにコンビニや工場で働いたり、海外の時差を利用すれば夜勤を無くすことも不可能ではない。さらにその働きが自動化され、ロボットが自分の代わりに働くことで、今まで仕事に費やしていた時間を自由に使うことができる。
ロボットの弱点を人間がカバー
そんな我々の義体となって活躍してくれるロボットだが、想定しているのは施設内にある一般的なロボットと違い、働く環境が常に一定ではない。「人の知覚能力とロボットを組み合わせて工場の外の問題を解くこと」が彼らの使命であり、一番のポイントはマシンビジョンだという。
「工場の外になると色んな変数があり、それをすべて高精度で画像認識するのは今の技術では不可能です」。そのため、まずは物の認識から始めるという。通常のマシンビジョンでは物を認識するために、形や種類だけではなくより細かい情報が必要となる。「姿勢がどうなっているかがわからないと、どこを掴むか制御できません」。ロボットだけの力で姿勢認識をすることは不可能であり、「産業ロボットはピック&ドロップはできますが、ピック&プレイス、綺麗に置くことができません。ですが、僕らの場合は人が制御しているので置く部分も綺麗で正確です」と富岡は説く。ロボットが不可能とされる姿勢認識を人の視覚で補っているのだ。
この強みを活かして彼らが活躍の場とするのは物流と小売り市場である。
「たとえば日商55万円のコンビニだと年間で65万回の陳列作業をしていますが、我々のロボットを使うことで、一定の範囲内のコストで正確に陳列できるようになっていきます」
彼らのシステムは遠隔からロボットをオンタイムで操作できるものだが、それと同時にその人が操作する制御データを採取する。「その制御データを使ってロボットが自立的に動くためのモデル生成をしていくことが技術的なロードマップ」だという。常に操作されて動くだけではなく、その中で徐々に自動化の割合を増やしていく。
自己判断で突き進む
前職は商社で働いていた富岡。シリコンバレーやサンフランシスコでVRなどを取り扱う会社と仕事をする中で舘と出会った。そして、16年、Xプライズ財団が主催するコンテストのテーマを決める審査会で、舘はテレイグジスタンスのロボットを披露した。結果、次期テーマはアバター(テレイグジスタンス)となり、舘にオファーが殺到する。最初は相談を受けていた富岡だが、「会社を作りたい」という舘の要望に応え、CEOとして共に起業することにした。
現在40人の従業員を抱えるTX。富岡が社員に共有し、大切にしているのは、「体系的にスケールを実現するイノベータであれ」「自由と責任」「まず動き、そして結果を出す」「終わりを思い描くことから始めよう」「依存よりも自立、自立よりも相互依存」、この5つの原則である。すべて英語で表記され、それぞれにモチーフとなる生き物があてはめられている。
中でも富岡が大切にするのは「自由と責任」だ。創業当初、スタートアップにしかないものは「スピード」だと考えた富岡。そのスピードを最大限出せる組織設計をするため、それぞれの責任と判断で大きなマイルストーンに向かって進めるように、「自由と責任」を掲げた。
そして、その組織づくりにはOKR(目標と主要な結果)を活用している。会社と個人のOKRを定性定量で細かく設定し、定期的に社員からリサーチしたサーベイを見ながら微調整していく。この2つのツールを合わせて使うことで、「最小抵抗経路、一番抵抗が少ない経路を組織の中でうまく設計したい」という。この「最小抵抗経路」があることで、「自由と責任」という原則のもと、各々の自己判断で目標に向かって進むことができる。
技術の先に
富岡はこのロボットを販売する収益モデルは今のところ考えていないという。ロボットを販売するとなると、その所有者は資産を多く持つ大企業や資本家となる。この先、AIの発展とともにロボットが生み出す富は確実に大きくなる。しかし、資産家がロボットを所有すれば、ロボットが生み出す富は資産家に戻るだけである。
「ロボットを誰に所有させるかの構図を変えたい」と富岡は言う。機械の発達に伴い、仕事の生産性は上がってきたはずだが、世の中を見渡すと人が「食べるために働く」ことは変わっていない。
「高性能で知能化されたロボットが生み出す富を、直接個人が所有できることで、働かなくても、好きなことに時間を使って生きていけると思っています」。住みたい場所に住み、生きたいように生きる。富岡が思い描く未来は、人が制約なく幸せに生きていける社会なのである。
「テレイグジスタンス」により、今まで不可能だと思っていたことが可能だと気付いたとき人々の意識の幅と深さが変わる。彼らの技術は今年5月から順次リリース予定である。
「働かない」世界はもうすぐそこまで来ている。これからのTELEXISTENCEから目が離せない。