会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2019年10月号掲載)
7月9日、東京・港区の虎ノ門ヒルズフォーラムにて、日本初の民間による宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE(スペースタイド)2019」が開催された。今年も多くのパネルディスカッションが行われたが、今回は中でも、宇宙関連ビジネスを展開する企業家たちのセッションをご紹介したい。果たして「宇宙企業家」たちは何を考え、いかにして誕生したのか。宇宙を舞台に事業を行う4人の掛け合いから、それぞれの想いが見えてくる。(文中敬称略)
■ リスクより面白さを取る
最初に口火を切ったのは、小型ロケット製造を手掛けるインターステラテクノロジズ社長の稲川貴大だ。今年5月には観測ロケットの打ち上げを成功させて注目を集めたが、稲川は必ずしも企業家志望だったわけではない。
彼が宇宙事業の世界に入ったのは、現在のプロジェクトに社員第一号として転がり込んだのがきっかけだ。大手メーカーに内定していたが、入社式3日前に断りを入れ、インターステラテクノロジズに加わった。
「リスクよりも面白さを取った」と言う稲川。プロジェクトのメンバーと会っていて、「この人たちと一緒なら面白いものを作れる」と確信すると同時に、「普通に大企業に就職するよりも、宇宙事業にチャレンジした方が自分の成長にも繋がる」と考えた。
また、「宇宙業界にはロケットが圧倒的に足りていない」との問題意識もあった。アメリカではイーロン・マスク率いるスペースXが登場し、宇宙産業のビジネス化の波は遠からず日本にも来ることを、稲川は予期していた。
■30年間未解決の宇宙ゴミ問題に挑む
続いてマイクを握ったのは、宇宙ゴミ問題の解決に取り組むアストロスケールCEOの岡田光信。現在宇宙ゴミは大きいものだけでも3万4000個以上あり、宇宙を飛び交う人工物の95%以上はゴミで占められている状態にある。
宇宙ゴミは一日あたり地球を16周回っているため、いつ衝突が起きてもおかしくはない。衝突の結果、大きなゴミが砕けて細かい破片になると、連鎖衝突を起こし、手が付けられなくなってしまう。宇宙ゴミの撤去は急務なのだ。
この問題は30年前から議論されてきたが、技術力、資金源、宇宙ゴミに関する規定の無さという3つの難しさが相まって、誰も手を付けてこなかった。
岡田がそんな難事業に足を踏み入れるきっかけとなったのは、宇宙関連の学会に出た時のことだ。宇宙ゴミ問題の深刻さを知り、自身が事業を通して解決しようと思い立った岡田に、様々な人が先述の難しさを説いた。ただ、「市場が無い」と言われた時、岡田はピンと来た。「市場が無いということは、競合がいないということ。しかし、明らかに問題はあるのだから、確実に将来的なマーケットはある。これは、良いニュースだと思いました」
偶然会場にいたイーロン・マスクがくれたメールも、岡田の背中を押した。そこには次のように書かれていた。
「今、宇宙に情熱を持っている宇宙業界以外の人が必要とされている。やるべきだ、ノブ」
これが決定打となり、10日後にはアストロスケールを創業。宇宙ゴミ問題を解決できる勝算など全く無かったが、課題を切り分けて一つずつ紐解いていけば、方策はあると考えた。
■ 宇宙の総合商社を目指す
次に口を開いたのはSpace BD社長の永崎将利だ。彼が営むのは言わば「宇宙の総合商社」。国際宇宙ステーションの利用機会提供を始め、宇宙事業の発展に関わる業務を担っている。
永崎は新卒で入社してから11年間、総合商社に勤務していたが、矛盾を抱えて退職。紆余曲折を経て宇宙業界に身を投じることとなった。事業領域に宇宙を選んだのは、中学生向けの講演を行ったのがきっかけだ。「夢を追いかけてチャレンジしよう」と説いた永崎。「自分がその実践者にならなくては嘘になる」と考えた結果、最も困難な分野に挑戦することを決意した。
宇宙に関する知見など全く持ち合わせていなかった永崎だが、「宇宙産業が発展していくためには、事業開発を行うための総合商社が不可欠。各社には技術領域に専念してもらい、マーケットとの橋渡しなど、手間のかかる部分を引き受ける役割を担いたい」と、その想いは熱い。
■ 宇宙飛行士の業務をロボットで代替
最後に自己紹介を行ったのはギタイの中ノ瀬翔CEO。同社はロボット技術を駆使し、宇宙での作業効率向上を手掛けている。特に注力しているのは、莫大なコストがかかる宇宙飛行士の仕事を代替できるロボットの製作だ。
宇宙飛行士の業務は、道具を用いた細かい作業から、ハッチの開閉といったパワーが必要なケースまで多種多様である。人間ならば普通にできるのだが、ロボットには難しい業務ばかり。ギタイはこれらの課題に果敢に挑む。
元々会社員として働いていた中ノ瀬は、親の死と東日本大震災に直面し、「人はいつ死ぬか分からない」と痛感。後悔しないように、興味を持っていた経営者を目指そうと考え、会社を辞めた。
しかし、勢いで起業し、事業も黒字化したものの、全く面白くない。「趣味で手掛けていたモノづくりの方がよほど楽しい」と事業を売却し、1年ほどVRアプリの制作などを行って過ごした。この期間に作ったロボットが、ギタイの事業の前身となる。
そんな中、宇宙産業において、人間の作業コストを削減するためにロボットが使えるのではないかと考え、この領域に的を絞った。
■ 宇宙業界に飛び込むなら今がチャンス
このセッションで興味深かったのは、登壇者4名の出身地や出身校、前職など、経歴がバラバラであったことだ。だが、誰一人として現在の道を後悔している企業家はいない。
岡田は「起業には莫大なエネルギーが必要。全ての人間に向いているとは思わない。社長は24時間稼働している心持ちで、なかなか眠れない」と創業の辛さを説く一方、「今は技術も資金も人も世界中から調達できる。昔より起業に対する壁は遥かに低くなった」とも語った。
「宇宙産業のビッグバンはこれから来る。IT業界で言うところの1990年くらいのイメージです。途方も無い潜在市場が眠っており、入るなら今だと思います」
永崎も、起業を決意してから会社を辞めるまで半年間悩み、退職してからも貯金がみるみる減っていく恐怖を体験した。また、「今、何をやっているの」と問われて明確に答えられない辛さも味わった。
しかし、宇宙分野で起業した今は、パイオニアになれるチャンスに出会えたことを幸運だと思っている。「人生を主体的に生きる上で、企業家という職業は適している。言い訳が無いのが清々しい」と語り、たとえ起業をせずとも、自分に嘘のない選択をする「企業家らしい生き方」を勧めた。
より楽観的に、「宇宙は難しいという先入観は要らない」と語るのは中ノ瀬。「自分のビジネスが無駄になったところで、人類の歴史から見れば小さなこと。むしろ、仮に宇宙の問題が解決できれば十分割に合う投資」と意に介さない。
ただ、宇宙分野において、最高の頭脳を持った人々が課題解決に取り組んでいるのは間違いない。起業して一度で成功を掴める可能性は低いが、そこで培った能力が無駄になることは決して無いだろう。
これに関しては稲川も「大事なのは勘違い」と語る。優秀な人ほど冷静に考えてしまうものだが、「自分にならばできる」という自信を持ち、最も面白いと思う分野にチャレンジする心意気が重要だ。
いずれにせよ、宇宙業界の爆発的市場拡大はすぐそこまで迫っている。ここに果敢に飛び込もうという企業家精神溢れる人材が求められていると言えよう。