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孫正義、ベンチャー論を語る!/ソフトバンクグループ 会長兼社長 孫 正義 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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企業家はホラを吹け

企業家はホラを吹け

(企業家倶楽部2018年6月号掲載)

 

 早いものですね。25年前、徳永卓三さんから「日経の記者を辞めて自ら創業する、企業家を応援する雑誌『企業家倶楽部』を作る」という話を聞きました。「良いのではないでしょうか、大いに応援しますよ」と語ったのを昨日のことのように思い出します。もう25年も経ってしまったのですね。あの頃は青年経営者と言われて、色々なところで話をする時には一番若かったものですが、あっという間に60歳を過ぎました。

 今回、柳井さんと同時に受賞しましたが、二人で一緒に何かをもらうのは今日が初めてではありません。実は私たちは同じ日に株式上場しましたので、ファーストリテイリングの登録番号が9983で、ソフトバンクが9984と連番なんです。そんな僕たちが、同じ日に企業家賞20周年の賞をいただくというのは本当に奇遇ですね。

 柳井さんはうちの社外役員の中で一番うるさい方です(笑)。僕が奇想天外な夢物語を考えて言い出しますと、「それは危険だ、やめた方が良い」といつもお叱りを受けます。

 柳井さんを説得できたら大体成功するという、入り口の関門がありまして、非常にお世話になっております。不思議な縁を感じます。
 
ホラは英語でビジョン

 つい先週、柳井さんのところに相談に伺った時、「僕も柳井さんもよくホラを吹くよね」という話をしておりました。日本語では「ホラ」と言いますが、英語に直すと「ビジョン」になります。英語で言うと急にカッコ良くなる(笑)。

 ホラと言えば、戦の時に法螺貝を吹くでしょう。ワーッと。貝の音を合図に「今から攻めるぞ」と号令を掛けるわけです。ただ、たまに号令を掛けても進まないということがあって、「ホラを吹いたね」なんて言われてしまう。

 でも僕はそれでもホラは大事だと思うんです。やはり企業家は公務員やサラリーマンとは違うわけだから、決められたものをなぞっても何も楽しくありません。世の中に無いもの、自分が思い描く夢を大いに語ると、それを聞いて「なるほど、面白いじゃないか」と思った仲間が一人集まり二人集まり、いつの間にか群れになるんです。
 
理念が一番大事

 日本では大ボラを吹くことを美徳としない風習があります。これはどこから来たかというと、武士道の「男は黙って死にに行く」という思想からだと思います。僕なりの解釈では、武士道とは兵隊のための教えです。兵隊ですよ、武士というのは。大将のことを武士とは言わないですよね。大将は大将ですから。

 日本では、長らく大将を育てるための教育をほとんどやっていません。中国は何千年の歴史の中で大将を育てるための教育思想があって、その中には大きく志を語らねばならないというものも含みます。百万の大軍を起こすのに決起文を書くわけです。それに人々が感銘を受けて、「命を捨ててでも天下をひっくり返すぞ」と革命が起きていきます。

 つまり、大将というのは大きな理念を述べて、その理念に対してまるで見てきたかのようなビジョンを抱いて、どう攻めるのかという具体的な戦略を練り、考え出した戦い方が戦術になる。理念、ビジョン、戦略と似たような言葉をいくつか挙げましたが、ものには順序というものがあって、一番大事なのは理念です。2番目に来るのがビジョンで、3番目に戦略、4番目は戦術です。そして5番目に来るのが計画です。

 日本の一般的な会社では計画ばかり議論しますよね。計画や予算が先立っていて、その上でどのような施策を打つのかが決められる。大それた計画を作ろうとすると、そもそもがおかしいと否定されてしまいます。

 確実に達成可能な計画を立て、それをこなしていくことを美徳としがちで、特に日本の場合はその傾向が強いと思います。しかし、それはサラリーマン思考なのです。

 結果的に日本の経済がどうなっているかというと、どんどん世界から置いていかれています。役人やサラリーマンのように小さく固まるのではなく、企業家は大将として事を起こしていくべきです。

 達成できそうだから計画を立てようという考えではなく、達成できるか分からないけれど、まず最初に「天下をひっくり返すんだ」、「世の中を変えるんだ」、「人々の生きていく社会を良くするんだ」という強い想い、すなわち理念が大切です。

 私利私欲や個人の夢を超えた、多くの人の夢を満たすもの。それがイコール理念です。熱く輝くこのはちきれんばかりの想いが理念としてあり、そのためならば僕は命を捨てても良い。ただ、理念だけでは事は達成できないですから、そのために10年後、20年後、30年後に達成すべき事柄を具体的にビジョンとして、こと細かく描ける能力が必要です。
 
桃太郎から経営の本質を学ぶ

 本当にシンプルな例ですが、桃太郎の昔話を思い起こしてみてください。桃太郎は平和という理念の下に、鬼ヶ島に巣食う鬼を退治するというビジョンを掲げ、そのためにはイヌ、キジ、サルを連れて行くという戦略を練ります。そしてそれが「付いて来るならばきびだんごをあげよう」というインセンティブを与える戦術に繋がるわけです。今で言うところのストックオプションですね。

 5歳の時に桃太郎の話を聞いて、僕は幼稚園で打ち震えました。「すごい!きびだんごが欲しい!」 。5歳でも分かるような理念、ビジョン、戦略、戦術、そして計画の話が、こんな身近にあったのです。

 僕はそういうことを今、日本の企業家が語らないからいかんと思います。「何をしとるのか、何を血迷っているのか、そんなに銭金が欲しいのか」という気持ちです。

 申し訳ありません。今日ここに集まっているのは、僕がそんなことを言わなくても分かっている企業家の皆さんですよね。志と理念を掲げる経営者の皆さんを一生懸命鼓舞する企業家倶楽部があって、その集まりということで、僕は嬉しくてつい喋ってしまいました。本日はありがとうございました。


Profile 孫 正義(そん・まさよし)

1957年佐賀県生まれ。久留米大学附設高校を中退、カリフォルニア大学に留学。81年日本ソフトバンクを設立。94 年7月店頭公開。96 年米ヤフーと合弁でヤフー設立。2004 年日本テレコムを買収。同年福岡ダイエーホークスを買収。05 年アリババの取締役就任(現任)。06 年ボーダフォンジャパンを買収し携帯事業に本格参入。13 年米携帯会社スプリントを買収、取締役会長(現任)。16 年英半導体事業のアームを買収、会長兼エグゼクティブディレクター就任(現任)。17 年サウジアラビアのPIFと共にソフトバンク・ビジョン・ファンドを発足させる。同年ソフトバンクグループ会長兼社長。05 年第7 回企業家大賞、18 年企業家レジェンド大賞受賞。

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