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石油文明の崩壊がもたらした世界同時不況
リーマン・ショックが引き金になった今度の世界同時不況は、20世紀の豊かさを支えてきた石油文明の崩壊に伴う構造不況である。通常の循環型不況なら在庫調整が終われば、景気は数年もすればなにもしなくても自律回復してくる。しかし、構造不況は、その原因を究明し、それを取り除かなければ、不況からの脱出は難しい。今度の不況が100年に一度あるかないかの典型的な構造不況だとすれば、その原因は一体どこにあるのだろうか。
その謎解きのためには、少し歴史を振り返らなければならない。
18世紀後半、イギリスで始まった産業革命は、瞬く間に欧州大陸、アメリカ、そして少し遅れて日本にも広がった。それまで人手に頼っていた仕事を機械に置き換えることで生産性が飛躍的に向上し、人類に未曾有の繁栄をもたらした。それを支えたのが化石燃料だった。産業革命期には蒸気機関が強力な動力源として登場し、石炭がそれを支えた。20世紀に入ると石油が主役に躍り出る。20世紀の産業を代表する自動車は全面的に石油に依存してきた。
イギリスの産業革命以降今日までの約250年間、世界の経済発展は「ハイカーボングロウス」(化石燃料依存型成長=HCG)だった。しかし、ハイカーボングロウスは、環境破壊型、資源収奪型の成長だったため、地球の限界に突き当たり、地球温暖化現象など様々な弊害を引き起こし破綻してしまった。それが今度の不況の原因である。
これからは、「ローカーボングロース」(低炭素型成長=LCG)への転換が求められる。ローカーボングロースは、化石燃料の消費を節約、削減させるイノベーション(技術革新)、それを促進させる投資、新規需要に支えられた持続的で安定した経済成長を可能にする新しいタイプの成長路線である。
デカップリング経済への転換を推進
LCGへ向け大きくカジを切るためには、環境保全、資源循環、省エネルギー、新エネルギー、省資源などの分野で、ブレークスルー(現状打破)を伴うイノベーション(技術革新)を引き起こさなければならない。イノベーションを誘発させるための新しい制度の導入も必要だ。さらにそれらの分野への積極的な設備投資、新規需要〈グリーン需要〉の開発・拡大を通して、新産業群を育て、これまでとは違った新しい経済成長を目指さなければならない。このLCG型の経済発展のことをグリーン革命と呼ぶことができるだろう。
LCGへの転換を可能にさせるための政策がデカップリング政策である。デカップリング(decoupling)とは、密接な関係にある2つの要素を引き離すことである。何を引き離すのか。経済成長と化石燃料との密接な関係を引き離すのである。
産業革命以降今日まで、経済成長と化石燃料との関係は、切っても切れない密接な関係にあった。経済成長のためには化石燃料を大量に使わなければならなかった。逆に言えば、化石燃料を大量に使うことができなければ、高い経済成長を実現させることが不可能だったのである。両者はいつも手を取り合い、同じ方向に向かって歩み続けてきた。それだけに、両者の関係を引き離すことなど考えられなかったし、「両者の関係を引き離せば、経済成長は止まってしまう」と信じて疑わない経済人が今でも多数派ではなだろうか。
だが、「事実は小説よりも奇なり」である。21世紀に入った頃からあり得ないと考えられてきた両者の引き離しに成功する国が次々と登場してきたのである。化石燃料の消費、別の言い方をすれば、CO2の排出量を削減させながら、一方で右上がりの経済成長を実現する国が登場してきたのである。
EU諸国は成功、日米はいまだ未達成
90年を基準にして、07年までの17年間に主要国のGDPおよび温室効果ガス(GHG)がどのように変化しただろうか。たとえば、デンマークの場合、GDPは90年比で45%増加した。これに対しGHGは逆に13%減少した。GHGの排出量を削減させながらGDPは増加している。デカップリングに成功したのである。ドイツ、イギリス、フランス、スウェーデンも同様な経済が実現している。
これに対し、日本やアメリカはどうか。まずアメリカだが、化石燃料依存型の従来通りのやり方を踏襲し、GDPは約60%増と主要国の中で最も高いが、同時にGHGの排出量も約15%増とずば抜けて多い。現在、経済発展の著しい中国やインドもアメリカ型で、GHGの排出量をどんどん増やしながら,GDPを拡大させている。
日本はGDPの増加率が22%で、主要国の中で最も低い。年率ベースでは1%増程度で低迷しているが、GHGの排出量は90年比8・7%増でかなり大きい。
EU諸国がデカップリングに成功したのに対し、日米が依然、旧来型のカップリング状態に止まっているのはなぜだろうか。この点については、中長期的視点に立って、EU諸国が環境税や新エネルギーの普及のため固定価格買取制度の導入などに踏み切り、デカップリング政策を計画的かつ着実に進めたのに対し、日米はデカップリングのための政策を実施してこなかった。その違いが、17年の歳月を経てはっきり現れてきたことが指摘できる。
デカップリング経済へ3つの柱
日本がLCGを目指すためには、デカップリング政策の強力な推進が必要である。その主要な政策の柱は三つある。第1が新エネルギー、省エネルギー分野のイノベーション(技術開発)。第2がそれを可能にさせるための新しい制度の導入、第3が自然再生である(図参照)。
民主党政権は温暖化対策に対し積極的で温室効果ガス(GHG)の排出量を2020年に90年比25%削減、50年には同80%削減を掲げている。またこの目標を達成するために、地球温暖化対策基本法案の成立を目指している。残念なことに昨年春の通常国会では党内のごたごたで廃案、秋の臨時国会でも同様の理由で継続審議になってしまった。今年の通常国会での成立を期待したい。
同法案には、図で示した新制度設計の重要な部分が盛り込まれている。同法案を早期に成立させ、ヒト、モノ、カネ、情報をこの分野に集中させること、別の言い方をすれば、グリーン革命を実施することが景気回復に最も効果的である。
このような視点からいえば、地球温暖化対策基本法案は、実は緊急景気対策法案と名付けた方が分かりやすいかもしれない。基本法案を早期に成立させ、実行に移すことが、低炭素社会を実現させる早道であるばかりか、最大のかつ最も効果的な景気、雇用対策であることを認識すべきである。
略歴 三橋 規宏(みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授
1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。