会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2011年8月号)
とめどもなく広がり続ける被害
東京電力福島第一原子力発電所事故の被害がとめどもなく広がっている。大気、土壌、海洋への放射性物質の大量漏出にはまだ歯止めがかかっていない。放射能汚染を受けた原発立地周辺の住民は住み慣れた土地を追われ、事実上の強制避難を余儀なくされている。事故が人々の健康や精神に与える影響、さらに農業や漁業への打撃、風評による被害などを合わせると、今度の事故の被害総額は10兆円を大きく上回ると見られる。戦後、政府は「原発は安全」と言い続け、日本のエネルギー政策の中心に原子力を位置付けてきたが、今度の事故で、原発の安全神話は、木っ端みじんに砕かれてしまったと言えるだろう。
最悪の「レベル7」に引き上げられた今度の深刻な原発事故で明らかになったことは、原発の安全神話など存在しないこと、一度(ひとたび)事故が起こると、その被害は甚大で、とても一企業の手には負えないことである。さらに、86年に起こったチェルノブイリの原発事故からも明らかなように、汚染された土地が現状を回復するまでには何10年という長い歳月がかかることである。
これから、地震の多発時期に入ると言われる日本で、これまで通り原子力依存のエネルギー政策を続ければ、第2、第3の深刻な原発事故が発生することは避けられないだろう(図参照)。
これに対し、原発推進派は主張する。火力発電は大量のCO2を排出するし、期待される太陽光発電などの新エネルギーは規模が小さい。なんだかだと言ってみても、原子力に依存しない限り、国民生活や産業が必要とする電力は供給できない。「大丈夫!原発の安全度は極めて高い。たまたま想定外の大津波という天災に襲われたため大事故になったが、今度の教訓を生かして対策をとれば、二度と深刻な事故は起こらない、防げる」と。しかし、推進派の主張はいまや完全に説得力を失っているように思う。自然の猛威に対して安全神話などあり得ない。原発なんてもういらない、先祖代々守ってきた土地で静かに農業や漁業で暮らしたい、放射能汚染におびえる暮らしはもうたくさんだ、電力不足は省エネ努力でも十分対応できる、など被災地の人たちを中心に日本人の反原発のうねりは高まっている。
政府もエネルギー政策の見直しへ動く
政府も時代の空気が大きく変わり始めたことを意識し始めたように感じられる。菅直人首相は、先日中部電力に対して、浜岡原発(3から5号機)の全面停止を要請し、同社もこれを受け入れ、停止に踏み切った。専門家の間では、東海地震の発生確率は、「今後30年以内に87%」という予想もあり、今度の大津波クラスにも耐えられるような対策が講ぜられるまで、停止を続けざるをえないだろう。「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」の譬えではないが用心にこしたことはない。さらに、菅首相は、先日の記者会見で、総電力に占める原子力の割合を30年までに50%に高めるという政府のエネルギー計画を「いったん白紙に戻して議論する必要がある」と述べ、戦後日本が国策として進めてきた原発推進路線の見直しを提起した。原発に代わり、同首相は、30年までにすべての新築ビル、住宅の屋根に太陽光パネルを設置するなど新エネルギーの普及、推進の姿勢を打ち出している。
国有化してフェイズアウトへ
今度の事故で、日本のような地震国では、原子力発電がいかに危険であるかを国民は肌で感じている。一度事故を起こすと、被害は甚大で多方面にわたり、一企業ではとても対応できない。そもそも日本の原発は国策として推進されてきた。中曽根康弘元首相らが中心になって、54年(昭和29年度)度予算に原子力予算を初めて導入、55年には原子力基本法が成立し、原発推進に拍車がかかった。当初、導入に消極的だった電力会社も、「国策に協力する」ことで導入に踏み切った。幸いにも、日本に原発1号基が作られてからの約半世紀、深刻な原発事故は発生せず、「原発は安全」の神話に支えられ、目立った反対もなく、多くの国民は原発を当然なものとして受け入れてきた。
それだけに、今度の事故が国民に与えた衝撃は計り知れないほど大きい。原発の負の側面が大きくクローズアップされたことで拒否反応は加速した。これから日本列島周辺で巨大地震が頻発する確率が高い時期に差し掛かることなどを考慮すれば、危険が大きい原発は縮小し、最終的にはすべて廃止していくことが賢明な選択といえるだろう。そのためには、どのようなステップが必要だろうか。
現在日本では54基の原発が稼働中だが、これらの原発を各電力会社から切り離し、国が一括管理(国有化)し、中長期的にフェイズアウト(段階的に廃止)させる政策を進めるべきだ。具体的には、寿命がきた原発を廃炉にして、最終的には全廃を目指すという明確な政策目標を国民に示すことが、政府としての正しい責任の取り方といえるだろう。
この夏、15%の節電に挑戦
電力需要がピークになる今年の夏、政府は東京電力、東北電力管内の企業や一般家庭に対して昨年夏比一律15%の節電目標を定め、推進するための対策を決定した。東電管内に限ると、今夏の電力供給不足は約620万kwと見込まれている。原発1基の平均出力を100万kwと仮定すると、節電によって原発約6基分を賄える計算になる。「節電効果、恐るべき」だ。
具体的な節電対策だが、大口需要家に対しては、操業、営業時間の調整シフト、休業日、夏季休業の分散化、自家発電設備の導入・活用、職場でのクールビズの徹底、中小企業や一般家庭に対してはエアコンや日中の照明などの節電などきめ細かな対策の実施を求めている。3月11日の大震災の直後、計画停電が実施された際、多くの消費者や企業は大胆な節電に乗り出し、計画停電を止めさせることに成功した。日本人の優れた転換能力からすれば、15%の節電を乗り越えることは可能だろう。
省エネ型社会づくりで世界に貢献を
15%の節電に成功すれば、節電が原発依存度を減少させる有力な武器になる。夏場だけではなく、それ以降も持続可能な形で15から25%程度の節電に成功すれば、原発依存を大幅に低下させることが可能になる。中長期的には、太陽光や風力、バイオマス、小水力、ヒートポンプ、コジェネレーション(熱電併給システム)などの分散型エネルギー、さらに電気自動車や蓄電池などの総合的な開発・普及を推進していくことが必要だ。今度の深刻な原発事故を好機として、日本は原発に頼らない社会、節電と太陽エネルギーを両輪とする世界に冠たる低炭素、省エネ型社会の構築を目指して、世界に貢献すべきである。
P r o f i l e 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授
1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。