会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2011年12月号掲載)
20%を超える節電に成功
政府は今夏、電気事業法に基づく「電力使用制限令」を発動した。具体的には、今夏の最大電力は家庭も含め、昨年夏よりも東京電力および東北電力管内で約15%削減(節電)することを求めるものだ。故意に違反すると100万円以下の罰金が科せられる。東電では今夏の電力需要に対して供給が約600万kw不足すると推定し、不足分は15%の節電で調整する計画を考えていた。
政府は9月9日、予定よりも早く制限令を解除した。当初計画よりも節電効果が大きかったため電力不足は回避できると判断したためである。資源エネルギー庁の資料によると、7月、8月の2カ月間の平日の電力消費量は昨年同期比で東京電力管内21・9%、東北電力管内21・3%、それぞれ削減できた。 東電では、節電によって約1000万kw分の電力消費を削減できたと推定している。
原子力発電の平均出力を約100万kwとすると、節電によって、10基分の原発が不用になったことになる。まさに節電革命と呼べるような効果だ。
これだけの節電を達成した国は、過去に例がなく世界で初めてのケースと言えるだろう。もちろん、これを達成するためには、企業や家庭の並々ならぬ努力があった。特に制限令の直接対象になる企業(契約電力500 kw以上)の取り組みには目を見張るものがあった。土日操業、夏時間採用などに取り組む
トヨタ、日産自動車、ホンダなどの自動車メーカーは、電力需要が少ない土日操業を決め、木金を休日にする大胆な操業変更を実施した。
首都圏の鉄道各社は、電力需要がピークになる平日の正午12時から午後3時に間引き運転を実施した。JR東日本では山手線5%減など各線の運行本数を減らした。地下鉄の東京メトロも20%運行を減らした。東急、小田急、京王、西武などの私鉄各社も、始発列車の時間を早め早朝列車の増発、日中の特急本数を半減するなど様々な取り組みを実施した。さらに駅構内のエスカレーターやエレベーターの運転停止、車内や駅構内の照明半減、LED照明への切り替えにも積極的に取り組んだ。
会社の始業・終業時間を1時間早める夏時間(サマータイム)の採用も増えた。ソニーやキャノン、キリン、味の素、武田薬品など多くの企業が夏時間を採用することで、節電を心がけた。自動販売機業界も節電対策に知恵を絞った。午前中から午後1時まで電力需要の少ない時に集中的に強く冷やし、電力消費がピークを迎える午後1時?4時まで冷却機能を停止させるなどの対策を実施した。
一方、家庭も15%削減に果敢に取り組んだ。家庭の電力需要は毎年増加してきた。電気事業連合会の調べだと、全国の電力需要の34%を家庭が占める。家庭で使う電力使用量の約4割がエアコンと冷蔵庫である。
各家庭では、家庭の電力消費を抑制するため、クーラーの温度を高めに設定、冷蔵庫の効率的な利用の仕方などに知恵を絞った。小学校などではゴーヤなどツル性植物を使って緑のカーテンをつくるところも目立った。
節電革命はこうして成功した。
元の状態には戻れない
ところが、制限令が解除されると、産業界からさっそく批判の声があがった。「今度の節電で、企業は最大限の努力をした。このような制限令が、年間を通して実施されれば、やっていけなくなる企業が続出する」と。それはその通りかもしれない。しかし、原発事故で、電力の供給事情は大きく変わってしまった。事故以前のように需要の拡大に合わせて電力供給を増やすことが出来なくなってしまった。だから、「3・11」以前の状態に戻ることはもはや不可能なのである。
今後、原発の利用は先細りしていかざるをえない。厳しいストレステストで安全性をパスした原発の再稼働は可能だが、寿命がきた原子炉は更新せず、廃炉にする。中長期的にみて、原発による電力供給は現在よりも大幅に減少するだろう。原発の代わりに火力発電で賄うことは可能だが、その場合は地球温暖化問題を引き起こすため簡単にはいかない。
切り札である再生可能エネルギーも、中長期的視点に立てば大きな期待が持てるが、当面の供給力不足を補うほど育っていない。
今後5年程の近未来を想定すると、日本は否応なく電力不足時代を迎えざるを得ないのである。これを乗り切るためには、需要抑制が決め手になる。そのために節電が大きな効果を持つことは今夏の経験で実証された。
具体的には、今夏2カ月間実施した15%程度の節電を通年ベースで実施していかないと、電力の受給関係は保たれず、最悪の場合、計画停電に追い込まれる恐れもある。
だから、これからは、15 %程度の節電に耐えられない企業は、事業を継続していくことが難しくなることを覚悟しなくてはならない。工場を海外に移転させる、15%程度の節電に耐えられるような省エネ投資をする、廃業する、などいずれにしても、厳しい選択を迫られることになるだろう。何もせず、元の状態に戻れるなどといった甘い期待は禁物である。
省エネ型産業構造への転換のチャンス
電力多消費型産業、企業にとっては、これから厳しい冬の時代がやってくる。だが、それは、日本経済全体としてみれば、むしろ歓迎すべきことといえるかもしれない。今の日本の産業構造は、経済成長のためには、温室効果ガスの排出量を増加させざるを得ない構造になっている。リーマン・ショックが起こる前の2007年度の日本の経済成長率は、1.8%だったが、温室効果ガスの排出量は2.8%増だった。一定の経済成長率を達成するためには、それ以上に化石燃料を大量に使ってCO2の排出量を増加させてしまうという好ましくない産業構造になっている。
今夏の節電で、前年よりも2割近く節電できたということは、逆にいえば、これまで電力をたっぷり使ってきたということになる。節電によって、日本の電力多消費型の産業構造をスリム化させることは十分可能だ。
これまで、電力の受給調整という場合、需要の増加に供給を合わせるように電力供給を増やすことだった。この方法だと、電力多消費型の産業構造はなかなか変わらない。しかし大幅な節電を長期間迫られると、電力多消費型産業、企業はやっていけなくなる。代わって、節電、省エネに成功した企業が大きく伸びてくる。
これからの日本は、節電、省エネ、再生可能なエネルギーなどの産業分野を大きく育て、発展させていかなくてはならない。これらの分野に新規企業を積極的に呼び込んで競争させることが必要だ。そのためには、新規参入企業を優遇するための税制改革、たとえば特別の優遇的な減価償却制度の導入や法人税を5年間免除するなどのインセンティブを付与するなどの誘導政策が求められる。節電、省エネ型の企業が増えれば、日本の産業構造もスリム化し、温暖化対策にも大きな貢献が期待できる。
Profile 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト
千葉商科大学名誉教授 1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。