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【緑の地平vol.5】千葉商科大学名誉教授 三橋規宏 

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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世界人口70億人突破が発する“地球の危機”

(企業家倶楽部2012年1・2月合併号掲載)

2100年には100億人を超えると推定

 国連人口基金は、先日「世界人口が昨年10月末に70億人に達した」と発表した。現状で推移すると、50年には93億人、2100年には100億人を突破すると指摘している。1900年の世界人口は、約16億5000 万人だったが、50年後の1950年には25億人を突破、さらに50年後の2000年には61億人に達した。100年間に約3.7倍も増加した。今世紀に入ってからも、増加テンポは多少落ちるものの毎年8000万人近く増えていく。

 だが自然の法則からみると、人間だけが異常繁殖を続ける姿は、異常としかいうほかない。70億人達成を国連は「人類の成功」とコメントしたが、楽観的過ぎる。70億人突破を報道した日本のマスコミも、人口爆発に対する危機感を指摘する記事は少なかった。

 有限な地球の上に、人口だけがどんどん増え続ければ、やがて破局に直面せざるをえなくなる、とはすでに約200年前にイギリスの経済学者、トーマス・マルサスが「人口の原理」(初版1798年)の中で指摘している。「人口は幾何級数的に増えるが、食糧供給は算術級数的にしか増えないので、将来深刻な食糧不足と飢餓は避けられない」と。そして、マルサスは、人口増加が限界に達すると、人口増加を抑制するような様々な出来事̶疫病、飢餓、戦争が発生してくる、と警告している。

 過去100年を振り返ると、農地の拡大や単収(耕作面積当たりの収穫)の増加、穀物の品種改良などによって、食糧の大幅増産(農業グリーン革命)が可能になり、人口急増に対応してきた。このため、「マルサスの予言は外れた」との指摘も登場した。

農地はぎりぎりまで開発されている

 だが、これからの100年は大丈夫だろうか。過去100年のようにはうまくはいかないのではないか。様々な疑問が浮き上がってくる。

 まず第1に、増え続ける世界人口を養っていけるだけの食糧は十分確保できるのだろうか。国連食糧農業機関(FAO)が昨年秋、発表した2010年の世界の飢餓人口は9億2500万人に達している。飢餓人口とは栄養不足人口のことだ。FAOの報告書によると、世界の飢餓人口の98%が発展途上国で暮らし、中国とインドだけで全体の40%を占めている。また栄養不足が原因で6秒に1人の子供が死んでいると指摘している。飢餓人口は食糧不足が主要な原因だ。

 現在、食糧を生産する農地はぎりぎりまで開発されている。今後増え続ける人口を賄うための農地はあまり残されていない。化学肥料を使った単収の引き上げにも限界がある。しかも、今後増加する人口のほとんどは発展途上国での増加だ。人口増加は食糧さえ満足に得られない貧困層をさらに拡大させかねない。

 第2に、水不足も深刻化してくるだろう。人口増加は一人当たりの水(淡水)消費量を増加させるが、淡水の最大の供給源である地下水は食糧増産のための農業用水や工業用水のため過剰揚水され枯渇気味だ。水の汚染も深刻だ。WHO(世界保健機関)によると、現在世界で安全な水を飲めない人の数は11億人を超えており、世界人口の約6分の1を占めている。さらにトイレなどの適切な衛生施設を利用できない人は、26億人にも達している。水事情は、人口増加によって、さらに悪化してくると見られる。

レスター・ブラウンは70億人限界説

 第3にエネルギー不足も大きな問題になってくるだろう。

 バングラデッシュなどの南アジア諸国やアフリカのサワラ砂漠以南の国々では、炊事用の燃料として、今でも薪(たきぎ)を主に使っている。人口増加によって、薪需要が拡大しているため、周辺の森がどんどん縮小している。人口増加に伴う森林伐採で、生物多様性が失われ、伐採された後の土地は荒廃し砂漠化してしまう。

 人口増加を支えるための経済活動も当然拡大してくる。それに伴って、石炭、石油などの化石燃料の消費も多くなり、大量のCO2(二酸化炭素)が排出され、地球温暖化を加速させてしまう心配がある。
 70億人の人口は、持続可能な地球を維持するためにはすでに限界に近い状態だと思う。自然環境の破壊や森林の縮小、飢餓人口の増加や地下水の枯渇化現象などは、地球の危機を告げる「赤信号」といえるだろう。貧者だけを増やしかねない世界人口の増加は、世界の政治的不安定を加速させ、食糧や水の奪い合いを日常化させ、健全な経済発展を損なう要因になりかねない。

 アメリカの環境学者、レスター・ブラウン氏は、「フードセキュリティ」(ワールドウォッチジャパン出版)という著書の中で次のように指摘している。

「人間の尊厳を大切にする人々に許される唯一の選択肢は、子どもが二人という家族形態に早々に移行し、世界人口を現在予測されている90億人〈2050年〉ではなく、70億人近くで安定させることだ・・・。長期的に、地球は一家族当たり子どもを二人以上支えることはできない」と。ブラウン氏は、食糧問題の専門家でもあり、食糧の安定供給という視点からも、地球が養える人口は、約70億人が限界だと指摘しているわけだ。その70億人はすでに現実になってしまった。

日本は新しいモデルを示せ

 先ほどの国連人口基金の推計によると、国別では中国が30年前後に人口のピークを迎え、約14億人で安定する。一方インドは21年に中国を抜き、世界1位になった後60年頃まで増加し、約17 億人まで伸びる。

 さすがにデリーやムンバイなどのインドの大都市では、一人っ子家族が多くなっている。子どもに高学歴の教育を付けさせるためにも少子化が選択されているためだが、圧倒的人口を抱える貧困地帯の農村部では、労働力として「子だくさん」が今でも、奨励されている。世界の人口増加を抑制するためには、インドの人口抑制がポイントの一つだが、国家主権の壁に遮られて、国際社会は、インド政府に家族計画の徹底を迫ることができないジレンマに陥っている。

 世界的な人口増加に背を向けるように、日本はこれから急速に人口が減少してくる。人口減少は、経済を衰退させ、その国から元気を奪ってしまうと言われている。もちろん、日本としても急激な人口減少に歯止めをかけることは必要だが、過去の産児制限の影響が50余年後の今顕在化してきたものであり、人口減少を是正するためには50年、100年の歳月が必要で、短期的には難しい。

 日本は、この現実を受け入れ、当面、人口減少の中で、経済の活力を維持し、豊かな生活を営むための新しい実験をなんとしても成功させなくてはならない。その成功モデルを世界に発信し、これ以上の人口増加がもたらす地球の危機に警鐘をならし、地球と折り合える人口の下で、持続可能な社会を築くために貢献していくべきである。

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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