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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレスvol.1】MOVIDA JAPAN 代表取締役兼CEO  孫 泰蔵 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

シリアル・アントレプレナーを生み出すシリコンバレー

(企業家倶楽部2011年1・2月合併号掲載)

今月号から新連載「孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレス」をスタートします。本連載では、ベンチャーの本場・米国シリコンバレーの最新情報や、世界中の魅力的なベンチャー企業を紹介していきます。第1回目は、シリコンバレーの全体像と魅力、そして「なぜシリコンバレーから次々とベンチャーが生まれるのか」を伝えたいと思います。

田舎の風景と最先端の設備
 シリコンバレーと聞いて、読者の皆さんはどんなイメージを持たれるでしょうか。アップルやグーグルなど世界最先端の企業が集まるので、未来都市をイメージされるかもしれません。しかし実際は驚くほどの田舎です。企業のオフィスやビルは数キロごとに点在し、まわりの風景は土と砂のような自然しかありません。鹿や狸もたくさんいて、人間よりも動物の方が多いのではないかと思うほど。良く言えば風光明媚な場所です。 
 見た目は田舎なのですが、地価は東京の一等地並みに高い。なぜかというと、仕事に集中するには非常に良い場所だからです。自然に囲まれて雑音などが少ないので、仕事に没頭できます。 
 アップルやグーグル、ヤフーなどは、広大な敷地に洗練された大きなビルを何棟も建てています。まるで大学のキャンパスのような雰囲気なので、オフィスではなく「キャンパス」と呼ばれています。中庭には池があり、プールやジムもあります。食堂や宿泊施設もあるので、生活できるほど施設が充実しています。従業員も万単位でいるので、一つのタウンです。そんな場所がシリコンバレーなのです。

シリコンバレー人という感覚 
 長い間シリコンバレーで働く人達は、アメリカ人やカリフォルニア州民という感覚よりも、むしろシリコンバレー人という感覚になるそうです。「シリコンバレーという一つ屋根の下に集う仲間たち」という感覚です。「最近何しているの?」「こんな会社を始めたんだ」「前の会社は?」「売却した」。そんな会話になります。シリコンバレーで活躍している方とお会いすると、名刺を何種類も持っています。「どんな仕事をしているのか」と聞くと、「この会社ではこの仕事、こっちの会社ではこういう仕事」と説明してくれます。 
 2年ほど経つと、会社を立ち上げたり、転職したりで、名刺も次々と変わります。「これはいける!」と思ってやってみたけれど、「この事業はダメだ」とわかったときの見切りもとてもはやい。その間に新しいアイデアが浮かべば、既存の事業を売却して、新規事業に挑戦します。売却したときに従業員も買収先に転職するので、職を失いません。新しく挑戦する人たちだけがまた何かを始めるのです。 
 一方、日本では、どちらかというと倒産するまで無理に粘ります。倒産間近になってようやく外部から協力を得ようとします。しかしそのときはもう助けようがない場合が多い。シリコンバレーでは、見切りをはやくつけることで、次の段階にハイスピードで移行するのです。そのため複数の企業経営やプロジェクトが動くので、名刺もたくさん持つことになります。この活発な新陳代謝こそが、シリコンバレーの活力であり、魅力なのです。

次々と挑戦する人が尊敬される 
 シリコンバレーは、失敗を恐れず、どんどん挑戦する風土があります。むしろ失敗をたくさんして、そのノウハウや経験を踏まえて成功した人が尊敬されます。 
 例えば、二人の企業家がいるとします。一人は若くしてたまたま運良く成功した人。もう一人は今まで3、4回失敗して、今やっと成功した人。この二つの企業の業績や従業員数などが同じ規模であった場合、どちらが評価されると思いますか。シリコンバレーでは、後者が高く評価されます。ベンチャーキャピタル(VC)が投資を決める場合も、経験豊富な後者を選ぶのです。 
 このように繰り返し何度も起業する人をシリアル(連続)アントレプレナー(企業家)と言います。1回しか起業していない人よりも、5、6回起業して2、3回当てている人の方が有名であり尊敬されています。 
 例えば、オンライン決済サービスのペイパルで成功し、現在電気自動車ベンチャーのテスラモーターズなどを手がけるイーロン・マスクは、まさに連続企業家です。ソーシャルゲームで躍進するジンガの創業者兼CEOのマーク・ピンカスも、4回起業して何度も成功しています。実は、ソフトバンクが米国で展開するファンドは、マーク・ピンカスの2回目の起業に投資し、大成功しています。3億円の投資をして、3カ月後に30億円で売却できました。これは、ソフトバンクの数多くの投資案件の中で最も費用対効果が高かったものです。

ハイスピードで世界一になる仕組み 
 こういった中で、企業家や投資家、技術者など様々なプロフェッショナルが結びついて、人的なネットワークが形成されます。その豊富なネットワークから、スタートアップが促進され、ヒト・モノ・カネ・情報などの資産が一気に集まります。豊富な人材や資金が手に入った後は、一気呵成にM&Aや世界展開を加速し、グローバル企業へと飛躍を遂げるのです。 
 例えば、ジンガは2007年の設立ですが、たった3年で世界最大級のソーシャルゲーム会社に成長しました。マーク・ピンカスはこれまでの成功で得た自身の資金などで米国内でもソーシャルゲーム会社を次々と買収し、急速に規模を拡大しています。2010年7月にはソフトバンクから約137億円の出資を得て、両社で合弁会社のジンガジャパンを設立、日本展開の基盤を固めました。クーポン購入サイトのグルーポンなども同様の展開で、一気に規模を拡大し、グローバル・ベンチャーへと飛躍するのです。 
 そして大成功した企業家はその後、エンジェル投資家になり、次世代のベンチャー企業に投資します。彼らは元々、自分自身がリスクを取ってゼロから生み出してきた人たちなので、ベンチャーに対する理解も深い。企業家の志とアイデア、そして試作品の3つを見てすぐに判断します。日本では、ベンチャー企業がVCやエンジェル投資家から資金を集めるのは時間も手間暇もかかって大変ですが、シリコンバレーではスピード感が圧倒的に速い。ベンチャーを次々と生み出し急成長させる生態系が、シリコンバレーの大きな強みなのです。 
 これからのシリコンバレーでは、どんな企業が成功するのでしょうか。次回は、シリコンバレーで高い注目を集める最先端のベンチャー企業をご紹介したいと思います。

Profile 

孫 泰蔵(そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、次世代のモバイルコンテンツやサービスのプラットホームを創るのに燃えている。

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