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【トップの発信力vol.7】佐藤綾子のパフォーマンス心理学

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

絶対伝わるトップのスピーチ? 5つの技術

(企業家倶楽部2011年12月号掲載)
 

多くの経営者や政治家が私と会うと、「自分はかなり意識し、努力し、リハーサルをして演説をしている。しかし、人にどれだけ本気が伝わっているのか気になる」と疑問を口にします。

 トップが何かこれから新しく行動を起こそう、あるいは、現状の何かを変革しようと思う時、絶対的に必要なのは、「相手にどうやって当事者意識を持たせて、その動きに巻き込んでいくか」という目的意識を明確に持って、それをわかりやすく、しかも強いインパクトで伝えていくことです。

 野田首相を実例にとると……

 では、野田佳彦首相のスピーチはどうでしょうか?

 私が感心したのは、8月29日の民主党党首選に挑んだ野田氏のことばの選択と見せ方でした。原稿も見ずに、非常にわかりやすい。中でも第一に目った技法が、「理念のある言葉のリピート」です。私が「巻き込み話法の“we”」として、この連載の第1回目でもご紹介した、バラク・オバマ大統領の演説にいつも使われる「仲間意識」を表す言葉の繰り返しでした。下記にまとめてみましょう。

 これほど何度も、「同志、同志」と呼びかけられれば、聞いていた議員たちはなんだか嬉しくなります。自分のスピーチによって、「同志」一語で多くの聞き手の心を巻き込んでいったわけです。こうして彼は、首相の座までも手に入れました。

 このような仲間意識や連帯感づくりを、心理学では「関与」と呼びます。「あなたと私は強く関わっています」という表現です。関与表現がたくさんできる人々は、相手を味方につけていくことができます。

 さらに、「同志」という言葉は、俗世間で使われている普通の単語よりも理念の高い言葉です。これが良いのです。

 本誌連載第1回で私がご紹介したオバマ大統領就任演説を思い出してください。たった21分の間に、次の表のような言葉使いをオバマ氏はしていましたね。

 野田氏は「同志」という言葉を、見事に巻き込み話法として使ったのでした。


 しかし、その後の野田首相は?

 一方、所信表明演説では、「これまでスピーチの上手だった野田首相が急に下手になった!」とビックリした人も多かったことでしょう。私も朝日新聞、産経新聞、TBS「ひるおび!」などで取材を受けて、就任前・就任後の野田首相のスピーチの分析をしましたが、首相就任演説でまず大失敗だったのは、原稿の紙を見過ぎたことです。最初の1分間で11回原稿を見てしまったのです。さらに、内容を、あれもこれも盛り込んだために、それぞれのポイントが平板に並んだだけになりました。

 5.5秒あたり一度は、目がテーブル落ちる。このことによって、会場の皆さんに視線を合わせて巻き込んでいくことができませんでした。もちろん、テレビを観た視聴者も同じ印象を受けました。

 ■民主党党首選 野田佳彦氏演説(2011年8月29日)

 “ 同志”という言葉の使用について

 1 回目  「 1 人1 人の“ 同志”」
 2 回目  「 かけがえのない“ 同志”」
 3 回目  「今ここに集まっている“ 同志”」
 4 回目  「“ 同志愛”を感じる」

 ■巻き込み話法の主題[we]の活用について オバマ就任演説(2009年1月20日)

 we 62回
 our 68回
 us  23回
 ourselves 3回
 America 1回

 仁実夫人の涙のパワー 

 名人は、彼のすぐそばにいました。仁実夫人です。ファーストレディーとして初めてニューヨークに同行した彼女は、あまり言葉を発しませんでした。

 しかし、多くの犠牲者を出したワールドトレードセンター「グランド・ゼロ」地点に立ち、説明を受けている時に、目が真っ赤に充血したのです。涙が頬を伝ってこぼれるというような結果にはなりませんでしたが、この涙がいっぱいに浮かんだ目を、右側から多くのアメリカのテレビカメラマンや新聞記者が正確にキャッチしました。これで、「彼女は言葉は少ないけれど誠実な人だ」と評判になったのです。

 この涙は、言葉以外の表現「非言語表現」と呼ばれます。言葉を発しなくても顔の表情によって多くの人を味方につけ、巻き込んでいったのが、彼女の涙だったのです。

 トップのスピーチ 5つの心得

 トップがしゃべる以上は、「絶対相手に伝えて、相手の気持ちをこちらに巻き込んでいく」という意気込みを持つことはまず大前提として、次の5点を具体的に実行してみましょう。

 ①言葉を厳選し、「巻き込み力」のある単語を選び、その組み立てをよく考える。

 ②いつもと違う場所、違う相手に話す時は、「ブリッジング効果」を使う。

 例えば、小泉進次郎氏が愛媛に応援演説に行った時に、ポケットからポンジュースを取り出し、グイと飲んで「あぁ美味い」と言って、愛媛の人々を喜ばせてからスピーチを開始したような「ご当地ネタ」も、このブリッジングの一手法です。

 ③アームの動き

 印象的なのは、あまり良い人物としての評価はないのですが、ドイツの独裁者、アドルフ・ヒトラーです。彼は、「ドイツの美しい青年よ」と呼びかけながら、どんどん「巻き込み話法」を使ったことでも有名ですが、それを言いながら動かす腕の動きが実に巧妙でした。まるで音楽の指揮者のように、アームをいったん前に大きく伸ばし、次にその腕を招き猫のように自分のほうに巻き返す。聞き手は、まるで音楽の指揮をされているような気分になって、巻き込まれていったのです。

 日本でアームの動きが上手な政治家としては、小泉純一郎氏がダントツでしょう。

  経営者でも、大きな会場で話す時などは、このアームが、言葉の力をさらに後押ししてくれます。

 ④仲間意識のある単語

 昨今の若者は、内向性の度合いが高くなり「自分だけ給料をもらえればいいや」と考える人も増えてきました。「君たちは仲間だよ」ということを伝えるために、トップは常に「我々は」とか「私たちは」という言い方をして、「私は○○、君たちは××」というように、自分と相手をまったく別の人だと感じさせないような“we”の使い方に気をつけたいところです。

 ⑤原稿を見ない

 これは、所信表明演説で野田首相の迫力がグンと落ちてしまったことの第1理由でした。紙を見れば、どうしても会場とのアイコンタクトが取れなくなります。紙を見ながら叱る社長などいないことを考えれば、やはりここぞと言う時に紙を見るトップは落第です。

 私の実験データですが、1分間あたり32秒以上、つまり話す時間の半分以上は絶対的に相手の目を見る必要があります。会場に多くの人がいれば、同じ1人の人ではなく、全員に向かって視線をデリバリーしていこう、という「視線の分配」が必要になるということも覚えておきたいものです。

 トップが話す以上、自己満足では時間の無駄です。「なんとしてでも伝える工夫」が必要です。そのためには、意欲と共に、以上5つの技法を駆使してみませんか?

Profile 佐藤綾子

 日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。連載刊誌8誌、著書162冊。知的バラエティ番組「教科書にのせたい!」(TBS 系)他、多数出演中。18 年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰(体験)も好評継続中。

 詳細:http://spis.co.jp/seminar/

 佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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