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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレスvol.2】MOVIDA JAPAN 代表取締役兼CEO  孫 泰蔵 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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シリコンバレーを支えるエンジェル投資家たち

シリコンバレーを支えるエンジェル投資家たち

(企業家倶楽部2011年4月号掲載)

本連載では、ベンチャーの本場・米国シリコンバレーの最新情報や、世界中の魅力的なベンチャー企業を紹介していきます。第2回目となる今回は、現在シリコンバレーで増えつつあるエンジェル投資家たちと、シリコンバレーにおける経済構造の変化に焦点を当て、来たるベンチャー2.0時代を垣間見ます。

若いエンジェル投資家の出現

 現在、シリコンバレーでは創業したてのスタートアップ企業に投資をするエンジェル投資家が増加しています。ベンチャーキャピタル(VC)がファンドから何億円単位で投資をするのに対し、エンジェル投資家たちは個人で投資をします。従来は、元々事業をやっていた年配の方が、後進を育てるために個人資産の中から1000万円や2000万円を投資するのが普通でした。

 しかし、近年はエンジェル投資家の低年齢化が目立ちます。30から40代の彼らは、自身がシリコンバレーで起業し育んだ会社をIPOもしくは売却したことで資金が入ってきた人たちです。

 前号では資金ができると次の事業を連続して起業するシリアルアントレプレナーを取り上げましたが、最近ではエンジェル投資家となる人が増えているのです。

 そうしたエンジェル投資家の中でも注目を集めているのが、デイヴ・マクルーです。彼はエンジェル投資家同士の繋がりを生かして、「500スタートアップス」というエンジェル投資家だけのファンドを作ろうとしています。まさにその名の通り、500社のベンチャー企業を立ち上げようという企画なのです。

 VCの投資家の多くは運用が目的ですが、500スタートアップスは真にベンチャーを育てたい投資家だけでお金を出し合います。総資金の約30 億円は通常のVCからすると小規模ですが、創業して1、2年の芽が出るか出ないか分からないようなベンチャー企業に、1社当たり1000から2000万円だけ投資するのです。

 500社に投資しても、成功するのは10数社でしょう。それでも、その10数社が大成功すれば、それでいいのです。500スタートアップスは、デイヴ・マクルーが主宰者ですが、メンバーにはグルーポンやフェイスブックといった成功したベンチャー企業の中堅社員たちがひしめいています。ウェブサイトには彼ら全員の顔写真が掲載されており、この企画に出資もしているのです。

 ただし、ベンチャー企業にとって価値があるのは、お金より人脈やノウハウです。デイヴが500スタートアップスでやろうとしているのは、資金提供だけでなく、新しく起業する人々に通常アクセスできないような人物を紹介することなのです。

ジンガ急成長の裏側

 また、最近では、起業家とエンジェル投資家を交互にやる人も出始めています。その成功事例が、ジンガの創業者兼CEOのマーク・ピンカスです。彼は、起業、投資、また起業ということをこの約10年間で繰り返してきました。

 実はマークはフェイスブックが登場する以前に同じようなSNSサービスを立ち上げていたのです。しかし、先進的すぎるあまり大成功とは行かず、売却してしまいました。そして、その資金を基に、エンジェル投資家となったのです。

 彼はSNSの分野は伸びると確信し、初期のツイッターやフェイスブックに投資しました。こうしてフェイスブックやツイッターの株主となった彼は、貴重な生の情報を聞くことができ、SNSの成長や反響を知ることができたのです。

 しかし、フェイスブックやツイッター自体のビジネスモデルはまだ確立しておらず、ユーザー数は多くても、うまくマネタイズ(事業収益化)できていませんでした。その現状を見た彼は、SNSの上で儲かるのはゲームだと考え、ジンガを創業したのです。当然、エンジェル投資家として株主でもあったフェイスブックとの関係は深く、完成したゲームをフェイスブック上に乗せてもらえたことで、ジンガは一気にユーザーを増やしました。

 ただし、2007年創業のジンガが急成長した理由は他にもあります。それは、次々に買収を行ったことです。具体的には、創業2年でソーシャルゲーム分野の会社を31社も買収しました。こうした買収時にM&Aの優秀な専門家を連れて来ることができたのも、彼がエンジェル投資家だった時代に構築した金融機関や投資関係の人たちとの繋がりが生きていたからこそなのです。

ベンチャー2.0時代

 そもそも、ベンチャー企業はどのように育つのでしょうか。ベンチャー企業の誕生は、創業者達が2、3人集まって事業やサービスの原型を作るところから始まります。エンジェル投資家がその型を見て、面白そうな事業なら何の担保も無しに1000万円から3000万円のお金を投資するのです。家族や友人以外の外部から受ける初めての投資となります。これをラウンドAまたはシードラウンドと言い、必要ならばさらに約5000万円調達します。

 そのお金を元に実際のサービスを開始し、会員やユーザーが増えてきたところで次の投資を入れます。それがラウンドBです。ここで、ブティックVC(小規模のVC)が1億円から5億円投資します。

 ユーザーが拡大して何百万人となると、ラウンドCに進みます。セコイアやクライナーパーキンスといった大手のVCが10億円から最近だと100億円という巨額の投資を行い、IPOの準備に入ります。

 滅多にありませんが、その先にあるラウンドDの例としてはフェイスブック、グルーポン、ツイッターなどがあります。

 この中でも、現在最も注目に値するのはシードラウンドです。シリコンバレーに次々とベンチャー企業が誕生し、その売却によって多くの若い資産家が生まれたので、エンジェル投資家の数も増えてきたのです。少しずつですが無担保で投資をするので、ますます沢山の小さなベンチャー企業が生まれるようになってきています。フェイスブックやジンガまでとは行かずとも、将来有望なベンチャー企業が誕生しています。

 若いベンチャー企業家は、大手のVCからの出資を受け、業界で名の通った、キャピタリストが役員として入ってくることで、収益を最大化するために事業が縛られるのを嫌う傾向があります。本当は様々なことをしたくて起業したのに、儲かる分野だけに集中するよう言われる弊害を知っているのです。

 むしろ現在は、何か良いサービスを作ると、フェイスブックやツイッターの口コミで瞬く間に広がります。従来のようにプロモーションのコストがかからなくなっているのです。また、昔なら立ち上げに何億円もかかったサービスが、クラウドを借りると約3000万円で出来ます。つまり、成功するスピードが早くなり、かつ掛かるお金も少なくなってきたのです。

 エンジェル投資家の側としては大金を出さない代わり、あまり縛らず、自由にやらせます。例え失敗しても、それでいいのです。少しの額で投資をすると、瞬く間に成長して成功するか、または失敗するか、たった1年半や2年で結論が出てしまうというリーンインベスターモデルが出来つつあります。

 このように、エンジェル投資家による小額投資の意義は日に日に増しているのです。この変化を先のデイヴ・マクルーは「ベンチャー2.0」という言葉で表現しています。シリコンバレーの経済構造は移行の途上にあるのです。

Profile 

孫 泰蔵(そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、次世代のモバイルコンテンツやサービスのプラットホームを創るのに燃えている。

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