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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレスvol.4】MOVIDA JAPAN 代表取締役兼CEO  孫 泰蔵 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

混沌たるインドに広がるビジネスチャンス 今こそベンチャー精神の発揮を

(企業家倶楽部2011年8月号掲載)

本連載では、ベンチャーの本場・米国シリコンバレーの最新情報や、世界中の魅力的なベンチャー企業を紹介していきます。第4回目となる今回は、今急激な成長を遂げつつあるインドのベンチャー市場について、その生態系から具体的な企業まで幅広くご紹介します。

■インドにベンチャー時代が到来する

 インドのベンチャー企業に目を向けると、ナスダック上場企業は3社しかありません。ベンチャー文化がまだ始まったばかりで、インドにおけるベンチャーの第一世代にあたる人たちはエネルギッシュです。誰もが流暢に英語を扱い、一度話し始めると口が挟めません。

 彼らは、ユーザー数にして3000万人を持っていても、客単価が小さすぎて年商4から5億円で止まってしまいます。インドでは1ルピー(約2円)で水が買えますから、ネット上の課金と言っても微々たるものです。感覚としては、日本の約100分の1の物価と考えていいでしょう。

 そうした中でも面白い企業は出てきています。まずは、ibiboという会社をご紹介しましょう。社長はアシシュ・カシャップ。彼も流暢な英語を喋ります。元々グーグル・インディアの支社長でしたが、2007年にibiboを創業しました。南アフリカの有名なベンチャーキャピタルのナスパーズと、中国最大のインターネット会社テンセントから出資を受けています。

 事業内容は、ソーシャルゲーム、航空チケット予約サイト、Eコマースの3つです。現在は航空チケット市場でインド最大となる9割のシェアを持っており、また、展開しているソーシャルゲームのユーザーは約1億人で、ゲーム業界では最も成功していると言われています。

 もう一つ、ハンガマという会社があります。社長はニーラジ・ロイ。インドにはハリウッドとボンベイ(ムンバイの旧称)が融合した「ボリウッド」という言葉があり、映画産業が盛んで、作られる映画の本数はハリウッドを上回ります。インド圏内でしか見られませんが、ボリウッドの映画スターや歌手はインド国民にとても人気があるのです。ハンガマは、彼らの映画やインタビュー、音楽ビデオなど、エンターテイメントの情報とコンテンツを集約したポータルサイトを運営しています。

 また、映画も配信しています。パソコンでも視聴が可能ですが、ケーブル会社と共にセットトップボックスを使いテレビ向けに提供しています。そこからコンテンツを流して、テレビで見たいと思った時に見たい作品が見られる「ビデオオンデマンド」をインドで行っている唯一の会社です。

■最大の英語圏に集まる世界最高のエンジニアたち

 インドとシリコンバレーは地球の逆側に位置しており、昼夜が正反対です。アメリカの様々な会社のサービスも、カスタマーサポートなどはインドで行われていることが多くあります。確かに、コストが安いというメリットもありますが、24時間稼働できるのが強みなのです。すでに、アメリカの中にインドは組み込まれています。

 そうしたことが可能なのも、インドの公用語が英語だからです。義務教育の段階から英語ですので、基本的に全員英語を話せます。英語圏と思った方がいいでしょう。インドのサイトもフェイスブック、ツイッターと連動しています。インドの方々は英語のサービスを使うのに何の抵抗も無いのです。一般人や若者も含め、コミュニケーション能力が高いのも特徴となっています。

 インドには論理的な思考回路を持つ理数系が多く、沢山のエンジニアが輩出されています。世界最高レベルのIIT(インド工科大学)は、ハーバード大学やスタンフォード大学より競争率が高く、飛び抜けて優秀な人しか入学できません。エンジニアとして大成したい人がその狭き門をくぐり、IITに行けない人がスタンフォード大学やMIT( マサチューセッツ工科大学)に行くという位置付けです。

 IITを卒業した中には、ヨーロッパやアメリカに行って、ベンチャーを起業する人もおります。シリコンバレーのベンチャー企業に行くと、インド系の顔立ちの方が必ずいるはずです。

 Play Spanという会社があります。モバイルやインターネット上における決済を、仮想通貨という仕組みを使って行っている世界的なベンチャー企業で、創業者を含む経営陣は全員インド系です。CTO(最高技術責任者)のアンドリュー=マグルーダーは、IIT卒業後アメリカに来た人物ですし、創業者兼CEOのカール=メータもインドで育ち、大人になって渡米してベンチャーを起こしました。急成長して先日VISAに買収され、現在はその会社の社長として引き続き同じ業務を担っています。今後グーグルの発表したお財布携帯とも接続されることになるという状況で、重要な人物となっていくでしょう。

■二つの顔を持つ国インド

 シリコンバレーに本社を置く企業でも、インドに開発センターがある事例は少なくありません。その中心であるムンバイやバンガロールはインド南部ですので暑く、最高気温は50度にも達します。近代的なビルもありますが、昔ながらの汚い家々も並んでおり、その中を改造して最新のアンドロイドのアプリやネットのサービス作っていたりもするのです。

 もう一つの中心地は、首都ニューデリーです。ニューデリーは北部なので比較的涼しく、気候的にも過ごしやすいでしょう。郊外のグルガウンは現在IT特区になっており、マイクロソフトやグーグル=インディア、インド最大の通信会社エアテルなどの本社が集結しています。

 現在、インドの人口は15億人ともはや中国を抜いており、20年後には20億人に達するとも言われています。ただ、現地のフェイスブックユーザーは2000万人を超えているにもかかわらず、15億人からすれば10%も無いので、普及しているとは言えません。日本とは規模の桁が違うのです。

 また、インドは二つの国がある感覚がします。一方は、日本やアメリカと全く変わらない先進国で、約1億人しかおりません。彼らはベンツに乗り、8から10万円もするスマートフォンを買って使いこなしています。イギリスやアメリカに留学経験があり、ものの見方も欧米的です。残りの13から14億人はまだ発展途上の段階と言わざるをえません。日本で1999年にiモードと共に開始された3G(第三世代)の携帯が、2011年4月に出現したばかりです。

 さらに、約30の言語区分があります。文化も気質も言語も違う30ヵ国が集まっているインド連邦のようなものです。

■チャンスの芽溢れるインド

 このように、現在のインドは混沌としておりますが、裏を返せばそれはチャンスの芽が豊富だということです。もちろん倫理的に良くないことをしてはいけませんが、チャレンジ精神溢れるインドの野性的な部分は、ルールに固く縛られた日本にとって見習うべき点が多いのではないでしょうか。

 インドの企業家は、日本のことをよく知っています。インターネットの普及と共にどのようなベンチャーが立ち上がり、どのようなサービスが始まったのかをつぶさに研究していて、今後必ずインドにも来るであろう流れに乗ろうとしているのです。そのため、日本は少なからず尊敬されています。インドは中国と違って市場が開放的ですし、アジアの中で組むなら中国より日本を選ぶという親日的な方が多いので、日本企業もビジネスをしやすいはずです。日本とインドのベンチャー企業交流会など開催できればと思います。

Profile 

孫 泰蔵(そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、次世代のモバイルコンテンツやサービスのプラットホームを創るのに燃えている。

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