MAGAZINE マガジン

【緑の地平】12 千葉商科大学名誉教授三橋規宏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

京都議定書の削減目標ぎりぎり達成できそう

(企業家倶楽部2013年4月合併号掲載)

日本、6%削減を約束

 3・11の東電福島原発事故の後、人々の関心は原発の是非など原発問題に集中し、最近では、地球温暖化対策は、はるか昔の出来事として忘れ去られてしまったような印象さえ受ける。ひと時、鳴り物入りで新聞やテレビで取り上げられた地球温暖化対策のための京都議定書への関心も薄れがちだが、その約束期間が3月末で終わる。
 
 97年12月に京都で開かれた気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で、気候変動に悪影響を与える温暖化を抑制するため、CO2を中心とする温室効果ガス(グリーン・ハウス・ガス=GHG)の排出を削減するための話し合いが行われた。

 その結果、GHGの排出は、先進工業国の経済発展に起因する部分が大きいため、日米欧が率先してGHGの排出量を削減するため、90年を基準にして、12年末(日本は12年度末)までに、GHGの排出量をそれぞれ、6%、7%、8%削減することを決めた。

 この約束を記載した条約が京都議定書だ。京都議定書からは、その後、当時最大のGHG排出国のアメリカが「温暖化対策よりも、経済成長が大切だ」と言って、京都議定書から離脱するなど曲折があったが、05年2月にアメリカ抜きで発効し、日本は12年度末(3月末)までに6%削減の義務を正式に負うことになった。

 6%削減は、約束期間である08年度から12年度までの5年間の平均値で示す約束になっている。日本の場合は、6%削減の中に森林の吸収分 %、外国からの排出権(量)購入分 %(政府ベース)、さらに民間の電気事業連合会の排出権購入分も算入に組み入れることができることになっている。

リーマン・ショックが削減に貢献する皮肉

 果たして、日本の6%削減の約束は達成できるのだろうか。約束期間の5年間には、削減がうまくいった年、逆に排出が増えてしまった年などばらつきがある。

 5年間を振り返ってみよう。GHGの排出削減に大きな効果があったのが08年秋に起こったリーマン・ショックだった。リーマン・ショックが引き金になって世界同時不況が発生、日本もその影響を受けて、08年度、09年度と2年続けて、マイナス成長に落ち込んだ。このマイナス成長がGHGの排出削減に大きく貢献したのは、皮肉としか言いようがない。

 日本は化石燃料依存型の経済発展なので、経済成長がプラスの時は、成長率を上回って、石炭、石油などの化石燃料の消費が増える。化石燃料の消費が増えれば、CO2の排出量も増える。逆に経済成長がマイナスに転ずると、化石燃料の消費が落ち、CO2の排出量も大幅に減少する。

 図は環境省が作成しているGHG排出量の推移である。約束期間の08年度、09年度は2年連続のマイナス成長になったため、両年度のGHG排出量も減少し、90年比それぞれ %、13・8%の減少になった。
 10年度はプラス成長だったので、GHGの排出量は前年度よりわずかに増えたが、それでも90年比10・1%減を達成した。この結果、約束期間前半の3年間の平均排出量は、90年比10・9%減となり、公約の6%減をかなり下回った。このため、環境省では、この調子でいけば、後半の11年度、12年度がプラス成長でも、楽々6%削減の目標は達成できると考えていた。

 ところが、3・11の東日本大震災の影響で、すべての原発がストップするという異常事態が起こり、楽観論は一気に吹き飛んでしまった。

 事故前は、発電電力量の約26%を原発が占めていた。原発は発電段階で、CO2を発生しない。だが、原発が止まってしまったため、必要な電力量を補うためには、石炭や石油、LNG(液化天然ガス)などの化石燃料に依存しなければならなくなった。火力発電による発電量を増やせば、CO2の排出量は当然増加する。だから原発が担ってきた26%を火力発電で賄うと、6%削減が達成できなくなるかもしれない。事故後、環境省内部には逆に悲観論が台頭してきた。

大きかった節電効果

 政府は、原発停止によって減少した電力供給不足を補うために二つの対策を実施した。ひとつは夏場の電力需要の思い切った抑制だ。11年度は主に東京電力、東北電力管内の企業、住民に対して、前年比15%の節電を求めた。二つ目がこれまでストップしていた火力発電の稼働である。このうち、節電は節電革命と言っても過言でないほど大きな効果をあげた。7、8月の電力消費量は、需要が大きい月曜日から金曜日までのウイークデーで2割を超える節電に成功した。東京電力管内では、原発約10基分の節約が実現したことになる。12年度の夏場は、電力不足が懸念される関西電力管内で、政府は住民や企業に対し10年比10%の節電を求めた。終わってみれば、11・1%の節電ができた。他の電力管内でも大きな節電効果が確認された。節電で足りない部分は火力発電で賄い、なんとか需給をバランスさせることができた。

12年度の低成長に救われる

 問題は約束期間後半の11、12年度のGHGの排出量がどの程度になるかである。このうち、11年度については昨年12月に速報値が発表になった。懸念されたように、GHGの実際の排出量は前年度よりも %増となり、森林吸収量と外国からの購入分を差し引いた京都議定書ベースの削減量は、90年比 %減にとどまった。この数字を加えた08?11年度の4年間のGHG排出量平均は、90年比 %減になり、かろうじて6%減を下回った。

 残るは最後の12年度のGHGの排出である。同年度の経済成長率についは、当初政府見通しでは実質2.2%を見込んでいた。ところが震災特需が一段落した12年4-6月期、同7-9月期と二・四半期連続でマイナス成長に落ち込んでしまったため、同年度の成長率は1%前後がやっとの状態だ。景気減速はエネルギー需要、電力需要の減少をもたらし、GHGの排出量の抑制につながる。このため12年度のGHG排出量は前年度並み、多くても90年比1?2%減で落ち着きそうだ。

 このシナリオが当たれば、12年度を含めた5年間のGHG平均排出量は、約束期間の前半で稼いだ削減量に支えられて、なんとか約束の6%削減を下回り、目標を達成することができそうだ。

 もっとも、12年度のGHGの排出量が正式に分かるのは、来年の4月頃になる予定なので最終的な決着は、それまでお預けだ。

プロフィール 三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

一覧を見る