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【トップの発信力vol.9】佐藤綾子のパフォーマンス心理学

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ユーモアで注目させようユーモアは一流の証

(企業家倶楽部2012年4月号掲載)
 

 欧米のビジネストップや文化人と会うと、初対面のうちから連発されるユーモアによって、ビックリしたり笑い転げたりします。これで相手との距離がグンと縮まります。

 「ユーモアのある会話ができること」。これは、母国語や外国語をきちんと話すことができるのと同じように、欧米トップには必須の条件です。日本人の場合は、「内容を正確に伝えたい」という思いが強いせいか、なかなかユーモアのセンスを磨くところまでは頭が回らないのが実情でしょう。

 パフォーマンス心理学から言えば、元々私たちのスピーチやプレゼンテーションには、3つの明確な目的があります。

①何かを伝えたいのか(information)

②楽しませたいのか(entertainment)

③説得したいのか(persuasion)

 3つの目的すべてをねらう場合もあれば、1つだけをねらう場合もありまが、どれひとつとして満たされなければ、スピーチは失敗に終わります。

 情報の告知や説得ねらいのスピーチは、日本のビジネスパーソンの得意とするところです。論理性に基づくスピーチトレーニングも多々あります。

 ところが、最も困るのが「ユーモア(entertainment)」のスピーチなのです。心理学的には、その時に一番の妨げになるのは、いくつかの調査でも報告されている通り、日本の40 代から50代の男性に特に強い「自己顕示欲求」と「自尊欲求」です。簡単に言えば、「知識を披露したい」という欲求です。それは、何かしらの劣等感を持っている男性にことに多く、皆がふつうの話をしているにもかかわらず、その会話の中のひとつの単語を捉えて、それに関するウンチクを妙に長々と語るタイプです。

 話題が最近の事件だったりすると、例えば途中で「インサイダー取引」という単語だけに引っかかって、「インサイダー取引とふつうの取引の違いはですね……」などと、誰も尋ねてもいないのにとうとうと始まる人です。日頃から「自分は人からバカにされているかもしれない」と思い、常に虎視眈々と自己アピールのチャンスをねらっているような「ウンチク男」です。これではユーモアのかけらもありません。「自意識過剰のウルサイ男だね」と嫌われるだけです。

ユーモアの基本

 では、ユーモアのお手本を何人かの著名人の言葉に見てみましょう。

 「20歳までに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。20歳を過ぎて左翼に傾倒している者は知能が足りない」

 これはユーモアの名人、ウィンストン・チャーチルの言葉として、彼の名言集に入っているサンプルです(ただし、異説あり)。

 現代の和製チャーチルは、お正月にある会でお目にかかった、なでしこジャパンの佐々木則夫監督です。

 「皆さん、今年の目標は“金が信念”です」 
 (自分は)「いつも女子寮の檻に入っているようなものです」と言って、まわりを笑わせます。

 また、読者の皆様がよくご存じのソフトバンク株式会社の孫正義社長。彼は、私の知っている30年間だけでも、そうとう髪の毛が薄くなりました。

 ある時、自社の社員に活を入れる際には、「君たち、がんばれ。がんばらないと坊主にするぞ」と言ってみたり、あるプレゼンテーションでは、自社の携帯電話を取り上げて、「当社の携帯は、私の髪のと同じように薄いと覚えておいてください」と言ったりします。

 これらの例は分類上、「自虐ネタ」に入るもので、自分を貶めて、大いにまわりの人を楽しませようというユーモアです。欧米では、きちんとした話ができること、収入があること、文化人であることなどが、人々に評価される条件ですが、それらと同じく「ユーモアがある」ことが、尊敬の対象となっています。

 特に、ドイツはそうです。私の友人であるアルフォンス・デーケン神父は、「ドイツ人で最も尊敬されるのは、ユーモアのある人だ」と言っていました。彼の祖父がナチス・ドイツの迫害に遭って殺されたことなどを考えると、「つらい歴史の中にあるからこそ、ユーモアが自分たちを救ってきた」と言いたかったのでしょう。

 このように、ユーモアのセンスを日頃から鍛えるには、さてどうしたらいいのでしょうか?

失敗しないユーモアの技術

 急に「ユーモアのセンスを」と言われも、小さい頃からそのトレーニングを受けてこなかった日本人には、なかなか大変なことです。

 中には、人を笑いの対象にして、例えば「あいつはバカだ」とか「背が低い」だとか「デブだ」と言って、笑いをとる人がいます。でも、その対象となった人がその場にいない時に言えば陰口になり、その場にいる時にはそうとううまく言わないと、単に相手を傷つけるだけでロクなことにはなりません。

 そこで、先の佐々木監督や孫社長のように、最も身近な自分自身を「笑いの材料」にしてみましょう。そうすれば、まわりの人々は皆、安心して笑うことができます。ユーモアの初歩的ステップは、読者の皆様の誰もが使えるスキルです。「自虐ネタ」は、自分にまつわるおもしろいことや失敗したこと、もの忘れをして困ったことなどを明るく話せばいいわけですから、最も手っ取り早く使える手段です。

 ことに、その人の高い地位や高所得、辣腕ぶりなどをまわりの人々が警戒したり、畏怖の念を持っていたりする時には、この自虐ネタで相手との距離をグンと縮めることができます。「うちの社長は、キレ過ぎていて恐ろしい」などと思っている部下をお持ちのようでしたら、ちょっと自虐ネタで笑わせてみることもおすすめです。

 その他に、言葉のゴロ合わせで笑わせる、いわゆる「オヤジギャグ」も、その名称の軽々しさとは反対に、いつも頭を使っている人の特権でしょう。ギャグを言うためには、常に身のまわりの真実の中にある「可笑しみ」に注目するといった習慣をつけておく必要があります。何かを見たり聞いたりした際に、「この音に似た同音異義語はなんだっけ?」

 「これを逆さに考えたらどうだろう?」「これを裏から見たら何に似ているのかしら?」というように、絶えず頭の体操をしましょう。

 これは実は、ビジネストップには格好の「脳トレーニング」にもなります。常におもしろいことを考えているので、表情筋もイキイキと活発に動いて若々しく見えます。こうして、「成功者」であり、かつ「ナイスパフォーマー」が誕生します。

 さらに、日本の落語によくある手法に倣って、常に笑いをとることを意識しましょう。

笑いによる脳の「脱抑制」効果

落語における「三段オチ」のスキル

注) 茂木健一郎、2009、『笑う脳』(アスキー新書)を材料として、筆者がまとめたもの

「向こうから僧侶が来たよ」

「そう」

「向こうから僧侶が2人来たよ」

「そうそう」

「向こうから僧侶が1万8500人来たよ」

「そう、そうそうそうそう… … … … 」

Profile 佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。連載月刊誌8誌、著書164 冊。「あさイチ」(NHK)、「教科書にのせたい!」(TBS 系)他、多数出演中。18年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、4/7、14、28(土)新宿にてオープンセミナーあり。
詳細:http://spis.co.jp/seminar/
佐藤綾子さんへのご質問はi n f o @ k i g y o k a . c o m まで

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