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【特別リポート】

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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アートをもっと身近に!

アートをもっと身近に!

左から南條史生氏、石川康晴氏、遠山正道氏
(企業家倶楽部2020年4月号掲載)

 1月16日、マネーフォワードが主催するカンファランスで「経営×アート」と題して、大変興味深いセッションが行われた。登壇者はストライプインターナショナル社長兼CEO石川康晴氏、スマイルズ社長遠山正道氏、コーディネーターは森美術館特別顧問南條史生氏というすごい顔ぶれだ。企業家としてアーティストを支援、ふるさと岡山の街づくりに情熱を注ぐ石川氏、飲食業の社長でありながら、自らアーティストとして独創的な作品を創り出す遠山氏、美術館館長として長年アートと関わってきた南條氏と、いずれもアートに造詣が深い。3人3様のアートとの関わり方から次なる時代のアートとの向き合い方が見えてくる。

南條 テーマが「経営とアート」ですから、まずはお二人にご自分のビジネスについて語っていただこうと思います。

遠山 三菱商事のサラリーマンでしたが、10年目に絵の個展をやり、それがきっかけで、スマイルズ、スープストックトーキョーが出来て今日に至ります。コンセプチュアルな考え方で、スープを軸としたビジネスをやっていますが、スマイルズという会社自身が作家として、7年前の芸術祭から作品を出してきました。アートはコストの積み上げじゃない。キャンバス代と絵の具代は1万円ぐらいなのにそれが3万円だったり、300万だったり。その違いは価値の違いとしか言いようがない。

 4年前の瀬戸内国際芸術祭で、スマイルズという企業が作家としてやる時のコンテクストはビジネスだと。そこで自律ということをコンセプトに「檸檬ホテル」という事業体を作品として、瀬戸内海の直島の隣の豊島に出しました。昼は体験型の作品ですが、夜は1日1組泊まれる実際のホテルになります。今年4年目ですが黒字で継続しています。昨今、アートとビジネスといわれますが、一言で言うと“自分ごと”というのがアートとビジネスの結節点かなと思います。

南條 アートとデザインの違いは何かと言われますが、アートは顧客が基本的に見えていない。デザインは顧客が見えている。デザインはクライアントから発注を受けて作ることが多い。アーティストは勝手につくりたいものを作ります。遠山さんはやりたいことをやっている。

遠山 そうです。そういう意味で精神的に楽です。失敗してもあんまり失敗した感じがありません。

南條 マーケットを創ってしまうということですね。そこがアーティスティックだなと思います。石川さんお願いします。

石川 僕たちはアースミュージックアンドエコロジーをはじめとしたアパレル会社をやっております。23歳の時に会社を始めましたので、社長になって26年目です。10年前くらいから作品を買い始めて6年前から岡山の芸術祭を始めました。

 会社のビジョンが「Do good」です。30ブランドあり、ファッションテック企業が当社のイメージだと思いますが、ライフスタイル的なホテル事業、飲食業、プラットフォーム事業と領域が広いのが特徴です。さらにビジネスグッドだけじゃなくて、ソーシャルグッド、ローカルグッドにも力を入れています。

 岡山芸術交流という芸術祭を3年に一回行っています。2019年第2回目を実施、コンセプチュアルアーティストと建築家が協業のホテルを2つオープンさせました。

大原氏、福武氏に続く第三走者に

南條 石川さんはなぜアートのプロジェクトを始めようと思われたのですか。

石川 岡山には直島を創り上げたベネッセの福武總一郎さん、さらに倉敷の大原美術館を作った大原孫三郎さんがいます。大原さん、福武さんに続く第三走者として、企業家として岡山の将来、文化を創造していかなければならないと。お二人の次のバトンを握って街中を美術館にしていこうと格闘しています。

南條 森稔さんも街づくりはアートだと思っていたようです。街づくりはビル建てるとか思われがちですが、そうではなくて社会を作る、コミュニティを含めた街づくりですね。

石川 街をつくるというのは、その本質は人を作ることだと思います。後楽園の入り口に出石町という小さな町がありますが、シャッター街になっている。民間の力でギャラリーを作り、商業施設を誘致し街をつくっている。すると諦めていた住民がエネルギッシュになっています。街を作る裏側に人を作るという考え方があると思います。

南條 福武さんも直島に人がだんだん来るようになった時に、町民の意識が変わったと、それが1番大きいって言っていました。

石川 福武さんから直島やる時に住民説明会をやったら、一人も来なかったと。岡山でいろいろ試みていますが「要らんことするなー!」というような暴言が住民から飛び交ってきます。今回のホテルもそうでした。

南條 すごいホテルで長期になんてとても滞在出来ない。トイレ行くのも大変なんです。

石川 多分世界一不便なホテルだと思います。昨年の芸術祭はピエール・ユイグという方が芸術監督やってくれて、フランス人から見る岡山という視点で、かなりテクノロジーの要素を入れた芸術祭になりました。

 ホテルはコンセプチュアルアーティストと日本の建築の協業で作りましたので、お互い引かない、強い意志を持っているホテルで、かなり変わったホテルができました。リアム・ギリックという作家とマウントフジの協業ホテルで4人泊まれる、一棟貸しホテルになっています。あとジョナサン・モンクというアーティストと、長谷川豪さんという建築家の協業ホテルです。アーティストとやると攻めに攻めたデザインになるということで。

南條 利便性は考えていない。

石川 迷路みたいになっています。

南條 ホテルの中だけで十分楽しめる。遠山さんはこういうアートホテルはどうですか。

遠山 芸術祭は何処も似たような感じになりがちですが、石川さんのところは完全に一つの世界観がありますね。

石川 直島と差別化しないと世界の人が集まってくれないので、かなり尖った感じのものになりました。遠山 ある種完全にコンセブチュアルアートです。一見分からないんだけど、でも逆に何か理由がある。

「The Chain Museum」構想

南條 遠山さんの今お考えのミュージアム構想は。

遠山 今スープストックは任せていて、「The Chain Museum」なるものをスタートしています。小さくてユニークなミュージアムを世界にたくさん作っていこうと。きっかけはバーゼルのアートフェアです。作品が2億円とかで買えないし、ある種の疎外感を感じて帰ってきました。トップオブトップの集積ですが、もうちょっと我々に身近な世界もあるのでは・・・と。そこと出会える環境作りを我々がやったらどうかと。

   スマイルズの作家としてのコンセプトはビジネスで、スープストックトーキョーというチェーン店をやっているので、「The Chain Museum」という言葉がまず思い浮かびました。そこから色々形を作っていきました。2年やっていますが、ロゴも先月できました。

   佐賀県の唐津に自然電力の風車があります。80m先の風車の上に須田悦弘さんの「雑草」があるらしいと。80m上にある見えない「雑草」を目を凝らしてみるという作品です。この雑草越しに80mの風車と唐津湾と雲ががーっと広がっていると。この風車に登らせてもらいましたが、すごい体験で果たしてアートってこんなリアルな体験に太刀打ちできるのかなと。背景と雑草が目の中に収まるように作品名を極小にして雲を全部背景にしました。

   美術館を建てることにお金がかかり肝心の作品に手が回らなかったりするので、建物にはお金をかけないで日常にあるいろんなスペースを借りて、若い作家さんの作品をかける。例えば30箇所あったらその作品を30箇所巡らせて。

 若い作家にとって良いことは、まずは買ってくれること、良いところで展示してくれること、そして鑑賞者とコミュニケーションが取れることだと思います。普通の美術館ではできないようなことを日常の中に潜ませていこうと。

南條 ミュージアムじゃなくて、The Chain Museumという遠山さんの作品なんだね。遠山 そういう有り様も楽しみながらやっていけたらいいなと。

誰でもパトロンになれる

遠山 あとアーティストを直接・気軽にサポートできるプラットフォーム「Art Sticker」(アートスティッカー)を運営しています。これでドネーションが手数料引いて、作家に直接振り込まれるし、SNSでその作品に対してのいろんなコメントが見られます。元々アートはルネサンスの時代は、王様とか貴族がパトロネージュしていましたが、今は王様も貴族もいないので、石川さんのような企業家が大きなパトロンをしていたりする。我々にできるのは、下は120円から気楽に個別分散的にパトロンになれる。これが広がっていったら第三のお金の流れになるので、アーティストが食べるための作品作りをしなくて済むかも知れない。この第三のお金の流れで表現が自由になれば、非常にイノベイティブになると思うので、今は作家さんやユーザーさんをどんどん広げています。ビジネスやテクノロジーを重ねることで、よりアートをビジネス的にもアートのフィールドの中でも次のシーンに行けるのではとチャレンジしています。

南條 アートの業界って相当遅れていると言えば言えます。こういう新しいモデルも出てきている。

 そういう意味ではイノベーションの可能性はいっぱいあると思います。

遠山 春からスマホで作品が買えるという機能をつけますが、アジアではECで作品買うのが当たり前になっていて、日本では全然進まない。現物がない中で買うのは難しいので、日常の中に作品を置いて、行けば見られて買うことも出来るように。

南條 最近は、若い作家さんは自分の作品をブログに上げて、それ見た人が買うというような仲介抜きの売買が成立し始めています。遠山 若い作家もギャラリーに所属したいとは思わない。しかしECの環境が整っていないのでまだまだ難しい。

美術館で写真が撮れる!

南條 私は昨年末に館長職を降りて今顧問をしています。展覧会というのは流れがいくつかあります。いろいろなチャレンジを重ねてきました。日本人に関してはミッドキャリアアーティスト、爆発する手前にいる人を見つけ出して、紹介するということをやってきました。ル・コルビュジエ展、メタボリズム展とか、違うジャンルを取り込むことや、違うエリア、中東の現代美術、インドや中国も。テーマ展として、震災のチャリティーオークションもやりました。

   美術館で写真が撮れるようにする先鞭を付けたのが森美術館です。美術館も経営ですから戦略が必要です。コンテンツ戦略もありますが、撮影を可能にすると、広報が増え、お客さんが増えていく。美術館もビジネスセンス、経営センスがないと続かない。今、アートを取り巻くインフラやマーケットがすごく変わってきています。

遠山 美術の専門家と、企業家かがこのように壇上で交わらせていただいているように、業際をどんどん崩していっています。鑑賞者にそこに是非入り込んでほしい。よく、「私アートのこと全く分からなくて」っていいますが、その作品と自分との中に生まれた関係性こそがアートだと。例えば、ゴッホは100年以上前の当時は一枚も売れなかった、でも今は何十億にもなっている。ゴッホ自身は何も変わっていないのに、我々の見方や関係性が変化している。見ている自分たちとの関係の中に、作品を生かすも殺すもあるのです。10人いたら、10人の見方がある。鑑賞者がもっと入り込んできてくれるような関係性ができるといいなと。

南條 漢字の美術っていうと、難しいと思うようです。だから森美術館はアートとカタカナで記述することにしています。

石川 僕のアートの見方は、好きな作品の前で30分ボーッと考える。嫌いな作品は飛ばせばいい、みたいにアートを楽しむといいと思います。僕たちは生きている作家を支援することに決めています。どんどんステージアップしていく作家をパトロンとして応援して、その作家が世界に羽ばたいていくことを楽しみにしたい。

遠山 現代アートの面白いところは、作家が生きてるってことです。一緒に成長できるので、それを楽しみにして。是非アートスティッカーやってみてください。

南條 皆さん、好奇心を持ってアートの世界に入ってください。
 本日はありがとうございました。

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