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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレス】 MOVIDA JAPAN 代表取締役兼CEO孫 泰蔵 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ソーシャルサービスの普及に伴い新しいタイプのベンチャーが誕生する

(企業家倶楽部2011年10月号掲載)

5回目となる今回は起業が極めて安上がりに出来る話をしましょう。5年、10 年前に比べると、特にITソフト系企業の立ち上げコストが下がっています。この要因の一つとして、安価なクラウドの登場による「設備投資費の低下」が挙げられます。

「ベンチャーの大衆化」が始まった

 以前はウェブサービスを始めるにあたり、高額なサーバー代が必要で、スタートアップのベンチャーには大きな負担でした。しかし現在では多くの会社からクラウドが安く提供され、電気やガス代の様に使った分だけ支払うことができます。1億円していた同じ性能のサーバーが、今や5千円ですので、スタート時にまとまった資金を確保しなくてもよくなりました。

 もう一つは、ソーシャルメディアの普及による「広告宣伝費の低下」です。以前は何かサービスを始めるには、新聞や雑誌、ネットなどの広告宣伝が必要でした。それが今やフェイスブックやツイッター、ミクシィなどの口コミで、百万人が一日で集まるまでになっています。このため少人数でスタートし、あっという間にユーザーを集めて黒字化してしまう新しいタイプのベンチャーが生まれています。並々ならぬ起業家でないとできなかった資金調達のハードルが下がり、法制度の面でも1円から起業できるようにもなったので、プログラミングのアイデアや技術があれば、4、5人の若者で成功できる時代になってきています。誰もが起業しやすくなり、「ベンチャーの大衆化」が始まっていると言えるでしょう。

 それら新しいタイプのベンチャーは大きなVCを必要としないため、お金持ちの個人が個人資産の一部を使ってエンジェル投資家となるケースが増えています。IT企業の先輩で既に上場した人たちが、自分たちの子会社でVCを作るケースも出てきました。彼らは500万円程の小額しか投資しませんが、その代わり20社から50社と数多くの企業に投資をし、若い起業家にチャンスを与えます。ですから日本で第4、5次となる大きなベンチャーブームが来るような、とてもいい傾向にあると思います。

家を貸し借りするユニークなベンチャー「airbnb」

 その一つの例として、一風変わったサービスで急成長する「airbnb」という企業をご紹介しましょう。airbnbは2008年8月にサンフランシスコで設立され、「部屋を貸したい人と宿泊したい旅行者をネット上でマッチングする」サービスを展開しています。日本の宿泊予約サイト「一休」や「じゃらん」と同様、トップページで行き先や日付を検索し、さらにWifiや喫煙・禁煙など他の条件を絞ることも可能です。豊富な宿泊施設の写真は家主自らが撮影した物もあり、宿泊後のレビューやホストの友人からの推薦コメントも手軽に見ることができます。

 普通のホテル宿泊と違うのは、部屋を貸すホスト側が、普段使っていなかったり、旅行や出張で長期間空けている自分の家や別荘を貸し出すことでお小遣いが稼げることです。一方ゲスト側は、ホテルなら宿泊費1から2万円しますが数千円程度で抑えることができる上、旅先に滞在しているのではなく、実際に住んでいるかのような体験もでき、両者にとって嬉しいサービスなのでリピート率も高いのでしょう。宿泊施設の種類やランクはバリエーションに富んでいます。アパートや一軒家、一風変わったデザインの別荘から、海上の船舶や中世の城、中にはモロッコのサハラ砂漠のテントまで、世界中から投稿されます。

 収益構造は、仲介手数料としてホスト側から取引金額の3%、ゲスト側から6から12%をもらう仕組みです。

 airbnbの名前の由来は、アメリカのホテルなどで使われる「Bed and Breakfast(朝食付き宿泊)」という言葉の頭文字からきています。更に本物のホテルではなく「誰かの家」ですので、“ エアー”ギターなどの様に、なんちゃってという意味で「air」が付けられています。創業者は工業デザインのショップを経営していた人を始めとする3人で、IT系出身ではではありません。

誰もが反対したアイデアが世界中で喜ばれるサービスに

 以前、サンフランシスコでカンファレンスが開かれた時、大勢が一度に押し寄せるので空き部屋が全くない状態。そこで彼らは自分たちの家の部屋を、格安で全く知らないカンファレンスの参加者に提供しました。カンファレンスの参加者は、宿泊料が安いだけでなく、家主のホスピタリティを感じながら、サンフランシスコをその街の住人であるかのように体験でき好評を得ました。この成功体験を経て、彼らは「こんな便利なサービスがあったらみんな使うのではないか」と確信して事業を起こします。しかし彼の話を聞いた投資家はみな口を揃えて、「見ず知らずの人間に自分の家を貸す人なんているわけがない。お前のアイデアは最悪だ」と相手にする人はいませんでした。それが今や世界中に利用者が広まるまでに成長しているのです。

 創業者の一人は自身のアパートメントを引き払い、airbnbを使って泊まり歩いているそうです。自宅をなくしてしまうなんて徹底していますよね(笑)。そんなairbnb ですが、創業2年半で累計100万泊、全世界188カ国、1万7000都市と、急速な広がりを見せています。11年5月には、VCからなんと約百億円もの資金調達に成功しました。一千億円の時価総額で百億円です。09年1月に調達した約200万円で事業のプロトタイプを作り、同年4月に約6千万円、10年11月に約7億円と、すごいスピードで資金調達に成功し、年間800%の成長率を誇っています。今後はナスダックなどへ上場していくでしょう。

 日本の宿も見受けられます。実際に「Kyoto」で検索してみますと、学生の生活感あふれる部屋から、町屋を改造したオシャレな宿までありました。例えば秋の京都の温泉宿や、F1シーズンの鈴鹿は大勢の人で溢れるため、ほとんどが満室になります。そんな時にairbnbで宿を提供してくれれば、より多くの観光客が旅を楽しむことができます。また世界中から大勢の人が集まるワールドカップや、日本全国のお祭りの時期もチャンスがありますね。

ソーシャルネットワークによる「産業革命」

 airbnbの利用者の多くは、フェイスブックを関連付けして利用しています。予約成立にはゲストが申し込みを終えた時点ではなく、ホストがゲストを信用できると承認する必要があります。その時点でホテルのチェックインの代わりに、ゲストとホストが個人で待ち合わせをして直接鍵を渡します。ヤフーオークションと同じように、ホストとゲストの両方がお互いのレビューを公開して相手を信用するかどうか判断されるので、そこへフェイスブックを関連付けることで相手の信用を得やすくなる訳です。

 インターネットが発達して10年程経ちますが、更にフェイスブックなどのソーシャルネットワークが普及したからこそ、このようなサービスが成り立つのです。これを「ソーシャル革命」と呼ぶ人もいます。欧米では殆どの人が全員実名で登録しています。実名を晒すのに抵抗があるとされてきた日本も最近になり、やっとフェイスブックの利用者が増えてきました。社会全体から見ると、このようなサービスは財の有効活用になるので、自治体からも歓迎されるのではないでしょうか。

 例えば、繁盛期の京都などは、行きたくても宿が取れない客に宿を与えることで、より多くの消費が発生し、地域を豊かにしてくれます。今後このようなサービスによって、富の再分配が民間や個人同士でも進められ、「眠っている」物などが上手にマッチングされていく世の中になっていくのではないでしょうか。

Profile 

孫 泰蔵(そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、次世代のモバイルコンテンツやサービスのプラットホームを創るのに燃えている。

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