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【トップの発信力vol.11】佐藤綾子のパフォーマンス心理学

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

スティーブ・ジョブズの圧倒的スピーチ技法目の覚めるスピーチはトップの実力

(企業家倶楽部2012年8月号掲載)
 

 私はこれまで、多くの素晴らしいトップのスピーチをご指導する中で、特別な「ASコーディングシート」を使って、1秒ごとの「言葉」と「声」と「顔の動き」を分析してきました。

 その中で近年、私が最も素晴らしい経営者のスピーチだと思っているのが、あのスティーブ・ジョブズ氏です。

 2001年、iPod発売発表のため、ステージに颯爽と現れたジョブズ氏のプレゼンは、目にも鮮やかです。そこには、理想のスピーチ技法と話法(ディコース)がすべて使われています!

 その技法のいくつかを、具体的にここで紹介しましょう。

ジョブズ・スタイルはSSSN

 ジョブズ・スタイルは、ひとことで言えば「SSSN」です。「Speak」、「Stage」、「Slide」、「Non slide」、これらを手順を追って説明しましょう。

 まず横に長い演壇に上がり、彼はできたてのiPodについての説明をしました。

 第1に、「原稿なし」で話すだけ。これでグイグイ引きつけます。

 第2に、話し方の中に「連辞」という技法がいくつか使われています。

 アピールする内容について、接続詞の「アンド」や「バット」でつながずに、点だけで次々と言葉を連ねてリズムをつくっていくのです。例えば、「インミュージック、ノー マケットリーダー、ノー ワン ハズ レシピ」。この場合は、「音楽ではマーケット・リーダーがいなかった、処方箋もなかった」と、リズムよくたたみかけています。

 第3に、「レペティションの技法」です。「こんな小さなiPodの中に、たくさんの曲が入るんだ」と思わせるための極めつけの名文句、

 ホール ミュージック ライト イン ユア ポケット

 ホール ミュージック ライト イン ユア ポケット「すべての音楽は、まさに(ライト)あなたのポケットの中にある」という、まったく同じ文章を2度繰り返して強調しています。

 民主党党首選で、野田佳彦首相が「同志」を4回繰り返したことは、この連載で以前ご紹介しましたが、古くは小泉純一郎氏の「郵政改革」「聖域なき構造改革」の「改革」の繰り返し。そして、もっと古くはマーティン・ルーサー・キング牧師の「アイ ハブ ア ドリーム」の繰り返しが有名でしょう。

 ジョブズ氏も「ホール ミュージック ライト イン ユア ポケット」という、この覚えやすい文章を2度もそのまま繰り返したのです。

 第4に、さらに彼は言いまわしを、だれでも覚えやすい言葉を使って強めています。例えば、「スーパーシン」という言い方です。今の若者なら「超薄い」という言葉になるでしょう。「ベリーシン」ではなく「スーパーシン」が強く響きます。

 第5に、彼は動作、ジェスチャーの達人です。

 ステージ上でこの言葉を使う時の彼の動作にも注目してみましょう。

 それは、彼のステージ技法です。「サウザンド ソングス」(数千もの歌、たくさんの曲)と言う時には、右手を握りしめゲンコツをつくって、「たくさんの曲」の意味を強調します。そして、「スーパーシン」と言う時には、同じように右手の親指と残りの4本の指を使って、ちょうど薄い紙をつまむようなジェスチャーをステージ上で繰り返します。これで、本当に薄い感じがします。

 第6に、彼のダイナミックな動き方です。

 その動きはフルステージです。話しながら、ステージの隅から隅までくまなく動き回り、大きな歩幅で移動しながら、しかし顔は聴衆のほうを向けて、しっかりと話を続けていくわけです。また、話によどみがなく、聞き手の顔を見ているので、注目度も上がります。

 これが「Speak」「Stage」の最初の2つの「S」です。

 第7が、超シンプルなスライドの使い方です。

 相当話してからやっと3番目の「S」、「Slide」が出てきます。しかも、それは「シンプル」で、なんととてもとても短いスライドなのです。やたらゴチャゴチャしたデザインやイラストは、一切入っていません。ただ既存の音楽デバイスやUSBとの比較を、エクセル表でわかりやすく示している数行だけ。また、iPodの重さを示すために「6.5Oz(オンス)」と書いてあるだけです。

 しかも、そのエクセルのラインを、そのまま直線では使いません。メモ用紙に手書きしたという本当に「手書き文字」です。おそらく一度エクセルで作成したものを、パワーポイント用にもう一度、手書き風に直していると思われます。

 第8が、さらに極めつけで、彼の専門力と暗記力です。

 彼のように話しながらステージをフルに動き回るためには、原稿を暗記していることが不可欠です。話す内容について「原稿を見ない」、この鉄則を彼は守っているのです。

 iPodが「ウルトラポータブル」(これも彼の造語で、「超持ち運びやすい」と表現したらよいでしょうか)、「トランプと同じなんだ、6.5Ozなんだ」と言いながら、スライドに映し出されたのはトランプの箱が1つだけ。これもまた、実際のトランプではなく、やさしい曲線のラインで描かれたトランプのイラストです。

 このステージの使い方、話し方、そして、ほんのちょっとしかスライドを使わない「simp leslide」で、「SSSN」の最初3つの「S」が構成されています。

最後は自分自身を見せる

 さて、いよいよ彼のまとめは「Non slide」です。

 プレゼンのためのすべてのスライドはあっという間に消えてしまい、最後にはステージをフルに動きながら話し続ける彼の姿だけがあります。もはやスクリーンには何も映っていないので、観客は否応なしに彼の顔だけを見ることになります。

 そこには、ステージ狭しと動き回り、すべての数字を頭に叩き込み、自社製品を熟知したトップセールスマンで、かつトップ経営者であるスティーブ・ジョブズが、生き生きとステージを動き回っているのです。これほどの説得力が他にあるでしょうか。

 どうか読者の皆さんも、本当に重要な記者会見、あるいは株主総会や社員への説明会、クライアントへのプレゼンの時は、原稿を捨ててください。

 そして、説明上どうしても使わなくてはならないスライドは、最小限に留めるのです。しかも、あまり機械的な感じがしない手書きスタイルにしましょう。

 これから私は、人の心を打つ話し方を1冊にまとめて出版するつもりです。でも、それを読む前に今はとにかくこの連載に書いたことを守るだけでも、ご自身のスピーチ力やプレゼン力が別人のように力強くて引力のあるものに変わっていくことを、スピーチ指導のプロとして保証します。 

Profile 佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。連載月刊誌8誌、著書168?冊。「あさイチ」(NHK)、「教科書にのせたい!」(TBS 系)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はi n f o @ k i g y o k a . c o m まで

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