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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレス】 MOVIDA JAPAN 代表取締役兼CEO孫 泰蔵 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ブルペンキャピタル(中継ぎ)の登場

(企業家倶楽部2012年1・2月合併号掲載)

VCのメッカ「サンドヒルロード」を知らない最近の起業家

 以前は会社の名前に関わらずベンチャーキャピタル(VC)のメッカ・サンドヒルロードにいるだけで皆が崇めていました。しかし最近の若いスタートアップの人達は「サンドヒルロード」を知らない人が増えました。「サンドヒルロード」や「シリコンバレー」に行かないのでしょう。

 実は彼らはコワーキングスペースといったカフェのような場所で働いています。そこをスポーツクラブの会員のように月200ドルくらいで借り、会議をする場所を確保します。昔はインキュベーション施設というとパーティションされたレンタルオフィスでしたが今は違います。

 コワーキングオフィスには仕切りがなく、会社ごとに借りる場所はありません。広いオフィスでカフェのような場所ですね。皆それぞれ空いている場所に座り仕事します。こうした形態を取るのはそれほど場所を必要とせず、もっと言えば家でも仕事ができるからです。

 しかし家でばかり働くと行き詰まってしまいネットワーキングも出来ません。そこでコワーキングオフィスで様々なイベントを開催し企業家を呼んで講演したり、ワークショップをしたりしています。そこに自由に参加することで人脈も広がるのです。これはレンタルオフィスでは出来ないことでしょう。企業ステージの違いもありますが社員10人くらいまでならコワーキングスペースで十分でしょう。

シリーズB専門VCブルペンキャピタル(中継ぎ)の登場

 シリコンバレーの最新の動向を紹介しましょう。エンジェル投資家が以前にも増して非常に活発です。エンジェル投資家は500万円程の少額しか投資しませんが、その代わり面白いと思えばスタートアップ企業でも20社ー50社と数多くの企業に投資し若い企業家にチャンスを与えます。アクセラレーターはもう少し様々なプログラムを持っており募集をかけ何十社かを取り上げます。

 この間ワイ・コンビネーターのCEOが応募締切の最終日は45秒に1社のメールがあったとツイートしていました。駆け込みの応募でその日1日で1000社くらいの応募が来たのではないでしょうか。その中からピックアップし、その後3ヶ月くらいの間でメンタリングをします。メンタリングでは先輩企業家の話を聞いたり法務、財務、資本政策、起業のことについてプロフェッショナルの方が週に1回講義をします。

 さらに個別に担当が付き資本政策を組んでプレゼンの内容を練習し最終的に3ヶ月後くらいに投資家を集めてデモをさせ、次の投資家を付けます。良いビジネスモデルは沢山ありますが、まだまだ荒削りなのでメンタリングすることでよりビジネスモデルやテクノロジーを強化します。この傾向は最近日本でも生まれ始めています。

 シリコンバレーの最新の動きはサンドヒルロードにいる巨大なベンチャーキャピタルではなく、中間のシリーズBを専門に投資する会社が登場しました。その一例がブルペンキャピタルです。

 まさに野球のブルペンに由来しており、試合に勝つための中継ぎセットアッパーです。中継ぎを専門にやることに焦点を当てたVCはこれまでありませんでした。このニーズは非常に高く1000社近く見て欲しいという会社があります。

 かつてはサンドヒルのいわゆる大手VCは駆け出しの企業へ投資せず、起業のチャンスは少なかったのです。今ではエンジェルインベスターやアクセラレータがいるのでアイディアさえあればどんどん起業できます。さらにブルペンキャピタルのようなシリーズBを専門とするVCの登場でますます起業が活発になるでしょう。

 今起こっていることは起業の大衆化、カジュアル化です。アメリカでは数の世界になり大量生産の状態です。起業の絶対的なハードルは下がり絶対数が増えています。昔は上場しなければリターンは得られませんでしたが、今はどこかに作って売却できればそこでエグジットできるようになりました。

 つまりサイクルが速くなっています。いくつかのアメリカの会社は創業して15ヶ月で8倍になりエグジットしましたという人がごろごろいます。それはバブルだという人もいますが僕はそうではないと思います。世の中のスピードが物凄く速いので、自分たちの中で立ち上げるより、動きの速いベンチャーを買収し、素早く自分たちのサービスの中に取り込んでリリースしなければ世の中のスピードに追いつきません。今、世界のベンチャーシーンで主流となりつつある、少ない資本で起業するリーン・スタートアップに注目しています。

東ベルリンのベンチャー事情オファー広告の「スポンサーペイ」

 欧州東ベルリンでも投資活動が活発です。ベルリン東西冷戦が終わり、旧東ドイツの古い建物がたくさん残っています。安いのでそこをお洒落に改装しベンチャーやアーテイストが集まっています。ここにスポンサーペイという会社があります。ここはモバイル広告の会社ですが最大の特長はオファー広告です。ただ一つの会社のバナー広告が出てくるだけではありません。

 たとえば化粧品の通販のサイトを見ている美容や健康に興味がある女性には彼女たちが興味を持ちそうな商品を「今ならあなたの友達を紹介してくれればサンプルをお付けします」というような広告を載せ紹介します。「何かすれば見返りがある」成果報酬型の広告を専門に統計データを綿密に集め科学的に客を獲得するソリューションを作っている会社です。

 ヨーロッパで最も席巻しておりアジアや日本への進出も目指しています。ここまで本格的にデータ分析をしている会社は日本にはありません。適当に調査し適当に露出するのでも、何人クリックしたからいくらという話でもない。クリックしたから客につながるのではないのです。認知度を高めるだけでなく顧客獲得まできっちりやらなければ意味がありません。ビッグデータを高精度で解析が出来るニュータイプの広告会社です。いかに商品を買ってもらうかが大切で、クリックをいくらされても仕方ありません。おそらく世界的にも広告の世界は統計重視の方向に向います。

 そうなるとレコメンデーションも変わってくるでしょう。「これを買った人はあれも買っていますよ」というレベルではなくなります。知らず知らずのうちに買っている、誘導されているような感じですね。これまで店側はそこの客しか見ていませんでした。この客が今まで何を買ったかにより客の趣味・志向を予想し商品を勧めていました。

 しかし新たな動きとして「あなたのすごく仲の良いこの人はあれを買った、これを買った」という情報を提供するなど横のつながりのデータを利用するようになりました。

 何人たりとも自分の意思決定に影響を及ぼすものはいないという人はいません。美味しそうに食べている人を見ると食べたくなるでしょう。様々な要素が影響し人間の心理は変わっていくというロジックを含めて紹介します。そうなるとWeb上での人間関係を表すソーシャルグラフがカギとなるでしょう。その素材となるデータの揃うフェイスブックは大きな可能性を秘めています。

Profile 

孫 泰蔵(そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、次世代のモバイルコンテンツやサービスのプラットホームを創るのに燃えている。

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