会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2013年10月号掲載)
日米欧自動車メーカーの合従連衡
究極のエコカーとして、燃料電池自動車への期待が高まっている。それを象徴するかのように、今年に入り、日本の自動車メーカーと欧米の有力メーカーとが、燃料電池車の開発をめぐって提携する動きが加速している(図参照)。
今年1月下旬、トヨタは独BMWと燃料電池車の開発で合意した。具体的にはトヨタがBMWに対し燃料電池車の基幹部品の技術供与をする一方、2020年までに両社は共同して燃料電池の基本システム全般を新たに開発する。トヨタは単独で15年に燃料自動車を販売、BMWも20年の販売を目指している。
その数日後、日産が、独ダイムラーと米フォードと連携して燃料電池車の共同開発に合意した。日産が燃料電池本体の開発、ダイムラーがスタックやモーターを最適化させる燃料電池システムの開発、フォードが共同開発計画の全体を取りまとめる。3社は17年に量産化に踏み切る予定だ。一方、7月初めにはホンダが、米GM(ゼネラルモーターズ)と、同様の技術開発で提携することが明らかになった。20年を目標に量産モデルを発売する。
これで、世界の主要自動車メーカーが3つのグループに分かれ、燃料電池車の開発で競い合う新たな時代を迎えたことになる。
水素と酸素がエネルギー源廃棄物は水
エコカーといえば、日本生まれのハイブリッド車が有名だ。ハイブリッド車は、エンジンとモーターを動力源として組み合わせた低燃費車だが、ガソリンや軽油を使うため、温暖化の原因になるCO2(二酸化炭素)を排出する。
このため、ハイブリッド車の後継エコカーとして電気自動車と燃料電池車の開発が同時並行的に進められてきた。ある時期には燃料電池車が本命と言われ、別のある時期には電気自動車が有望と言われてきた。08年秋のリーマンショック以降は、エコカー開発による自動車産業の復活が日米欧自動車メーカーの主要目標になった。この段階で先陣を切ったのが電気自動車だった。ニッケル水素電池を使った電気自動車は重量、容積が大き過ぎるうえ、走行距離が短いなどの難点があった。しかしリチウムイオン電池が自動車用に開発、使用されるようになると、電気自動車が本命と見なされ、09年には三菱自動車と富士重工が世界に先駆け電気自動車の販売に踏み切った。翌10年には日産自動車が続いた。
しかし、電気自動車はガソリン車と比べ、一回の充電による走行距離が短く、充電時間も長いなどの問題があり、期待したほど販売が伸びなかった。
代わって、今年に入りエコカーの本命として注目を集めてきたのが、燃料電池車だ。燃料電池車のエネルギー源は水素と酸素だ。車載タンクに充填した水素と大気中の酸素を化学反応させて生みだしたエネルギーで電気をつくりモーターを動かして車を走らせる。廃棄物は、無害な水だけだ。電気自動車は走行過程ではCO2を排出しないが、電気をつくる過程で、石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料が使われるので、間接的にCO2を発生させていることになる。太陽光発電など再生可能エネルギーを電気自動車の電気として利用できれば、間接的にもCO2離れが可能になるが、まだそこまで至っていない。
その点、究極の燃料電池車は、必要な水素が水の電気分解で得られるので、製造段階でもCO2を一切排出せず、環境に優しい車である。
一回の水素充填で500kmの走行が可能
電気自動車と比べた燃料電池車の長所は、一回の水素充填で走れる距離が約500kmで、電気自動車の2倍以上。充填時間も電気自動車が約30分から8時間かかるのに対し燃料電池車は約3分程度と短く、ガソリンの給油並みの時間で済む。
逆に短所は、1台当たりの価格が高額なことだ。10 年程前に燃料電池車が注目された時期があった。その時は1台1億円を超える価格で、とても商業ベースに乗る車とは言えなかった。燃料電池車とはこういうものだというデモンストレーションの意味合いの方が大きかった。現在でも製造コストは、1台1000万円以上と言われている。
燃料電池車は、世界的に見て、トヨタやホンダが先行してきた。両社は90年代初めから燃料電池車の開発に力を入れてきた。ホンダは2002年に、日米の官公庁向けに世界初の実用車を納入するなど開発競争を先導するなどこの分野の実績を積み重ねてきた。
燃料電池車の優位性に着目したトヨタは、2年後の15年に500万円程度の燃料電池車の発売に踏み切る方針を明らかにしている。ホンダも15年発売を視野にいれているようだ。
良質、安価な燃料電池車開発で競争を期待
世界の主要自動車メーカーが燃料電池自動車の開発に注目してきたのは、これからの世界市場で生き残るためには究極のエコカーとして、燃料電池車が本命になるとの判断を強めてきたためである。同じエコカーである電気自動車は、小型車向き、短い走行距離に向いている。これに対し、燃料電池車は、中、大型車、長距離走行向けだ。世界の主要自動車メーカーは、このような棲み分けを視野にいれ、燃料電池車がこれからの本命と見ているわけだ。
しかし、燃料電池車の早期実用化のためには、膨大な開発コストがかかるうえ、インフラ整備などが必要だ。単独で取り組むには資金がかさみ危険が大き過ぎる。そこで、燃料電池車の開発で先行する日本メーカーと組む「合従連合」がここにきて一気に進んだと言えるだろう。3グループは、遅くとも20年までに本格的な実用化にこぎ着けたい方針だ。
燃料電池車の基幹部品の中核は、電気自動車のバッテリーに相当する燃料電池本体だ。この本体を「セルスタック」と呼ぶ。セルは板状の形をしており、燃料電池を作る単位で、単電池とも言われている。セルを何枚も積み重ねて電気を作る仕組みになっている。たとえば、1kw(キロワット)の電気を作るためには約50枚のセルを積み重ねる。
共同開発に当たっては、スタックの小型化、水素と酸素の反応を高める触媒の開発、搭載する水素タンクの小型化・本数削減など技術的に乗り越えなくてはならない問題が山積している。この他水素ステーションの建設もある。日本には現在17カ所の水素ステーションがある。建設費は1か所当たり約5億円とガソリンスタンドの5倍もする。インフラ整備のための投資も巨額になる。
究極のエコカー、燃料電池車の普及は歓迎だ。低価格で良質の燃料電池車の開発で大いに競争して欲しい。
プロフィール
三橋規宏 (みつはし ただひろ)
千葉商科大学名誉教授
1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。