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企業家と未来を語る【骨太対談】経済学者 竹中平蔵 VS アイスタイル社長 吉松徹郎

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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ビューティー×ITで世界を変える

ビューティー×ITで世界を変える

(企業家倶楽部2017年10月合併号掲載)

■2017年4月ワールド・ビジネス・チャンネルにて放送

ITビジネスの先駆者

竹中 御社が手掛ける美容クチコミサイト「@cosme(以下アットコスメ)」は20~30代の女性を中心に人気を博し、社会に大きな影響を与えていますね。こちらについて詳しくお聞かせください。

吉松 アットコスメは、ユーザーが使っている化粧品に関して評価点数や感想を投稿するクチコミサイトです。買いたい化粧品の使用感を調べたい時や、どんな化粧品を買うか迷った時、参考にしている方が多いですね。

 弊社としては、ユーザーの声をもとにEコマースや店舗運営をすると同時に、輸出のお手伝いもしています。化粧品の流通を変える仕組みだと自負しております。

竹中 1999年創業とのことですが、まだインターネットが普及する以前ですよね。その頃からネット事業を手掛けられていた御社は、まさにITビジネスの先駆者だと思います。創業の経緯を教えてください。

吉松 私は理系の大学を卒業して、96年コンサルティング会社に就職しました。ウィンドウズ95の発売によって、世の中にパソコンが広がっていった時代です。99年と言うと、インターネットが徐々に世の中に浸透し始めた頃になります。コンサル業界に身を置いていると、クライアントから「インターネットって何?それでうちの会社はどう変わるの?」とよく聞かれたものです。実際にインターネットを使ってみると、これこそ社会の仕組みを変えるモノだとひしひしと感じました。

竹中 御社のようなサービスは当時としても全く新しい発想だったと思います。参考にしたビジネスモデルはあったのでしょうか。

吉松 当初はデータをビジネス化することを考えていたので、必ずしも化粧品に関するビジネスを志向していたわけではありませんでした。当時、大赤字を計上していたアメリカのアマゾンを調べていると、インターネットを利用したビジネスモデルは可能性があるとはいえ、価格破壊が進むだけで儲けるのは厳しいかもしれないと思いました。

 一方、価格を維持するための再販制度がある出版のような業界ならば話は別。そうして着目したのが化粧品業界です。出版業界には集英社、小学館、講談社といった大手3社を中心にたくさんの企業がありますが、実は化粧品業界も資生堂、カネボウ、コーセーといった多くの会社がひしめいています。この二つの業界は共通点が多いと思いました。

竹中 参入障壁がある業界は、飛び込んでしまえば得です。そうした所にビジネスの鉄則性があって、目を付けていたのですね。

吉松 最初は誰にも理解されませんでした。多種多様なインターネットビジネスが生まれた現在であれば、「食べログ」や「アマゾン」のようなものだと簡単に説明できますが、当時はそうした指標になるようなサービスは無かったのです。

 それでも当初はネットバブルと呼ばれるようなワクワクする時代だったので、仲間も増えて資金調達も容易でした。しかし、創業の翌年にネットバブルが崩壊。その瞬間、ベンチャーキャピタルの方もお金を貸し渋るようになりました。みるみるうちに手元の資金が無くなり、債務超過にまで陥ったこともあります。

禅問答の末手にした1億円

竹中 そのような危機的状況から浮上するきっかけは何だったのでしょうか。

吉松 あるエンジェル投資家との出会いでした。「九州の投資家がファンドを立ち上げる予定で、優良なベンチャーを探しているから話を聞きに行かないか」と知人から誘われたのです。私は藁をも掴む思いで九州へ飛びました。

 その方と会う前には、「時間を気にすると失礼だから時計を外すように」と知人から助言されました。他にも様々なルールがあって戸惑いましたね。床には赤い絨毯が敷かれていて、鉄でできた厚い扉の奥から、その方は出てきました。

「お前らの会社は何をしているんだ」と聞かれたので、事業計画を説明しようとすると、彼はそれを遮り、「それはビジネスとして成り立つのか」とまた質問をしてきます。そこで、再び私が説明しようとすると、それを遮って更に新しい質問を投げかけてくる。

 まさに禅問答です。コミュニケーションが取れないのならば諦めて帰ろうかとも思いましたが、私にとって最後のチャンスだったので残りました。すると、彼は最後に「分かった。いくら欲しいんだ?」と仰ったのです。そして、その場で約1億円の小切手を渡してくれました。まさに会社を救ってくれた恩人です。

竹中 そして12年の上場に至るのですね。企業にとって上場は大きなイベントだと思いますが、いかがでしたか。

吉松 実は何度か上場の機会はありました。証券会社から認可を受けながら取り止めたこともあります。リーマンショックの前には投資銀行を辞める人が増えるなど、なんとなく不景気の匂いがありました。そんな中、背伸びして上場しても後が厳しいだけだと思ったのです。当時は売上げ20億円、営業利益2億円くらいだったので、これを倍にしてからにしようと決めました。

竹中 止める勇気も時には必要ですね。地に足をつけて、着実に成長されることでしょう。もはや従業員は500名を超え、マインドセットや意思決定も創業時とは変わっていることと思います。組織作り、人材育成に関してはどうお考えですか。

吉松 私はよく船に例えます。創業時はジェットスキーのようなものでした。それがモーターボート、クルーザーへと大きくなってきました。昔は自分で舵を切っていたのが、徐々に船長として指示を出すようになりました。今はたくさんの人を乗せて海を航海するフェリーのようになっています。仕事も役割も変わってきます。しかし、私は社長経験があるわけではなく、初航海です。確固たる正解があるわけではない中で「一緒に会社を作っていこう」と呼びかけながら、試行錯誤を繰り返していました。

データで流通を変える

竹中 なぜデータビジネスに目を付けられたのですか。

吉松 ユーザーの声が集まる場所ができて、ユーザー同士が情報交換できたら、世の中の流通が劇的に変わるだろうと思ったからです。

竹中 現在は第四次産業革命の時代と言われ、ビッグデータの存在が重要視されています。しかし、日本には大きなIT企業が無いため、重要だと分かっていてもこれを活用するイメージが沸かないのが現状です。部分的なビッグデータはあっても、これをどのように駆使すれば多くの人がメリットを享受できるのかは未知数です。

 御社としてはどのようにお考えですか。

吉松 これまで化粧品業界は有名な女優さんを起用してイメージ戦略で売ってきました。いわゆるマスマーケティングです。しかし今後は、各ブランドがユーザーの「逆引き」をできるようになります。

 例えば、自社のライバル商品を買ったお客様が、アットコスメでどのページを見て、どういった商品に、どのような口コミを書き込んだか分かる。従来のマーケティングとコミュニケーションはガラッと変わりますね。

竹中 情報そのものに価値があるので、様々な発展が期待されますね。日本で個人情報を保護しながらそうしたビジネスモデルを展開するのには高度なテクニックが必要となりますが、更に人工知能(AI)など絡ませて分析できたら面白いですね。

日本一の売上げを誇るアットコスメストア

竹中 クチコミというデータを取り扱う御社が、情報業界に位置しているにもかかわらず、リアルの店舗を手がけたその想いを教えてください。

吉松 創業して1、2年が経ち、弊社サービスを使うユーザーが100万人を超えても、なかなか世の中の仕組みは変わりませんでした。そんな時にメーカーの方から「アットコスメで人気になっても売上げは変わらない」と言われたのです。

 それもそのはず。化粧品を実際に使う消費者がいくら評価をしていても、小売店の人が仕入れを変えなければ、売れ筋が変化するわけがありませんでした。そこで私たちは、ネット上のデータを反映させたリアル店舗として、「アットコスメストア」を始めたのです。

 目標はユーザーの声を反映させ、日本一売上げの高いお店を作ることでした。お陰様で達成することができましたが、インターネット的な考え方を店頭に入れていくことを意識しました。

 これまでは、いかにお店に来てもらい、しっかり買ってもらうかが重要でした。しかし、アットコスメストアでは買わなくてもいい。買う前に来てもらう回数を含め、お客様の訪問自体を一定量増やすことに重きを置いています。お客様は行っても買わなくていいので、気軽に立ち寄ることができますし、お店も買ってもらわなくていいので余計なプレッシャーを与えずに済みます。実際には、来店回数が増えると、ちょっとした機会に買っていただけるので問題はありません。


竹中 百貨店は不況であり、実際の商品を店舗で見た後にネットで買う消費者が多くなりました。そういう中でリアルの店舗をお持ちになった理由は何ですか。

吉松 やはり買うという行為だけではなく、誰かに相談したり、モノと出会ったりする場所は必要です。本屋でも、気になるタイトルを見つけて、つい買ってしまうような楽しみがある。アマゾンでは1500円の本を買うか悩むにもかかわらず、本屋では気付いたら何冊も買ってしまうことだってありますよね。

 それくらいリアルが持っているパワーは変わらず大きいと思います。リアルで出会った商品をそのお店自身のサイトで買う仕組みさえできれば、お店ももっとリアルからネットに繋げる努力をするのではないでしょうか。

竹中 順調に店舗数も増やされていますね。

吉松 日本はようやく「北海道から九州まで」と言えるようになりました。行ったら楽しいと思える店舗として、ベンチマークしているのはプラザや東急ハンズです。

台湾のアットコスメストア

竹中 17年2月には海外一号店となる台湾へ出店されました。グローバル戦略を教えてください。

吉松 まずはアジアにアットコスメストアが何店もあり、グローバルな化粧品のデータベースがある状態を作っていくことです。アットコスメの名前を冠したメディアやアプリを作ることで、日本発の「ビューティー×IT」を冠したナンバーワン企業になりたい。

 ビューティーは日本がアジア先進国としてリードできる貴重な領域です。しかし、日本の化粧品は中国のマーケットが大きくなっているにもかかわらず、商品を流す流通ができていません。

竹中 中国も潜在的なマーケットだと考えておられるのですね。ヘッドクォーターはどこになりますか。

吉松 人口が多い中国をターゲットから外す理由はありません。苦労しながらでも真摯に取り組んでいくつもりです。韓国のブランドも中国を見ているので、良いライバルになるのではないでしょうか。私たちはシンガポールにも拠点を置きました。ここを中心にM&Aなども進めていきます。

竹中 最後に吉松社長の夢を教えてください。

吉松 実はあまり考えたことがありません。しかし、今振り返ってみると恵まれた世代だったと感じます。IT革命の時に社会人になり、40代で第四次産業革命に突入しました。これから10~20年で大きな変化がある時代にプレイヤーとして参加できるのです。先輩方とは違う日本のキャリアの作り方、世界の中での新たな日本人の在り方を作っていきたいです。

竹中 恵まれているというポジティブな受け取り方も大事だと思います。かの有名なアインシュタインは「私たちに重要なのは知識ではなく空想力」だと言っていました。ワクワクするような空想を絡めながら、ポジティブな発想力で乗り切ってください。今後のご活躍をお祈りしております。

吉松徹郎 (よしまつ・てつろう)

1972年茨城県生まれ。東京理科大学基礎工学部卒業。96年アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。99年7月アイスタイル設立。 日本最大級のコスメ美容の総合情報サイト@cosume(アットコスメ)の企画・運営。第6回ニュービジネスプランコンテスト優秀賞受賞、99 年12月アットコスメオープン。12 年3月東証マザーズ上場、同11月東証一部へ市場変更。13年第15回企業家賞ベンチャー賞受賞。

竹中平蔵(たけなか・へいぞう)

1951年和歌山県生まれ。経済学者。73 年に一橋大学卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に入行。ハーバード大学客員准教授などを経て、2001年、小泉内閣に民間人として初入閣。04年には参議院議員に初当選。郵政民営化を本丸に掲げる小泉政権の実質的ブレーンとして活躍する。06年に参議院議員を引退後、慶應義塾大学教授・グローバルセキュリティ研究所所長に就任。16 年4月より慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授に就任。

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