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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第17 回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

<傾聴力> 成功は、聴いて9割 話して1割

(企業家倶楽部2013年8月号掲載)

 「従業員が話しやすい方法を考え、すべての人の話に耳を傾けることが重要だ。実際に顧客と接するのは販売の第一線にいる人たちだから、現場で何が起こっているかを本当によく知っているのは彼らだけである。もし彼らが知っていることを聞き出さなければ、いずれ会社は大変なことになる」 (サム・ウォルトン/アメリカの実業家・世界最大の小売店ウォルマート創業者)

「真実」は言葉に出ない

 冒頭で述べたサム・ウォルトンの言葉は、トップが「どうもうまくいかない」とイライラしている時でも、自分のその感情を制御しながら、部下の話に耳を傾けていく「傾聴」のシンボルです。

 例えば、部下に命じた仕事のことを、途中でふと気になって、「うまく進んでる?」と上司。

 「はい、うまく進んでいます」と部下。

 さて、それが本当に進んでいるのか、あるいは、まったく進んでいないのか。進んでいるけれど、実際に上司が求めているほどは進んでいないのか。

 この答えは、非常に肯定的な意味から非常に否定的なものまで、大きなバリエーションの中で受け取れます。

 部下が口にしている言葉が「すべて良くできている」ことを真実に伝えているなんて、一体どこにそんな保証があるでしょうか?

 人間の話にはすべて「意図性」があり、その意図性の上で、程度の違いを伴った「演技性」が付け加えられます。私の専門の「パフォーマンス心理学」で、常に問題にしているテーマです。

 もし、すべて真実として「いえ、まったく手がつけられず進んでおりません」と部下が言ったとしても、それで上司が喜ぶとはとても思えません。人は原則的に、「相手が聞きたいことを話す」という癖があるのです。

 そんな原則の中で、相手の気持ちをより正確に読み取っていく。これが「傾聴力」です。

 「聞く力」と一般的に呼ばれるものとは大違いの心理的レベルの作業です。

 新刊『「察しのいい人」と言われる人は、みんな「傾聴力」を持っている』(講談社+α新書)で私がお伝えしている「傾聴力」のポイントは、次の3点です。

1.相手の感情をきちんと聞き分け、さらにその感情をきちんと受け止めて、言葉の裏の真意を読み取る、徹底した「感情移入の力」

2.自分の感情に振り回されずに、相手の話に全神経を集中する「感情コントロールの力」

3.聞いた話の中から必要なことを聞き分けて、適切な質問を投げかけていく「質問力」

「感情移入」したら違う話が見える

 「感情移入」とは、相手の立場をイメージし、あたかも自分がその人と同じ場面にいるように、相手の言葉を聞くやり方です。例えば、

 Y課長「次のミャンマーでのプレゼンを、私が担当させていただくことになって、よろしいのでしょうか? もっと適任がいると申し訳なくて……」

 A部長「手にあまるってこと?そんなに難しく考える必要ないだろう」

 Y課長「……」

 A部長「きみが無理なら、別の候補も考えるよ」

 さて、Y課長が本当はこの大役を名誉と思い、ただ緊張したり、まわりの社員に気を遣っているだけだとしたら、どうでしょうか?

 A部長は、ずいぶん短絡的に結論を急ぎ、Y課長のやる気を無駄にしてしまった、ということに気づくでしょう。これが「感情移入」の失敗例です。

 もしも、A部長がY課長の真意を聞き取れていたら、「大丈夫だよ。他の者には僕から公式に説明するから」と言えたことでしょう。そして、両者の信頼関係はさらに良くなったでしょう。

「否定的感情」をどこまで抑えられるか

 誰だって嬉しいことがあれば、人といっしょに喜びたいものです。一方、「やっていられない」「理不尽だ」と感じている時は、なかなか相手の話が耳に入りません。

 「人は、『否定的感情』が心にいっぱいな時、相手の話を聞くことができない」というのは、心理学の原則です。疲れた、悲しい、落ち込んでいるといった心の状態だと、相当いい話を聞いてもちっとも内容が耳に入ってこないわけです。

 したがって、「感情コントロール」が必要なのは、肯定的感情よりも否定的感情なのです。

 自分の中の否定的感情を、コーヒーを一杯飲むなり、ストレッチをするなり、何かひとつの動作で工夫して切り換えて、まっすぐに相手の言葉を聞いてみましょう。すると、聞き逃していた真実が聞こえてきます。

 「的確な質問」で押さえる

 会議などで「何か質問はありますか?」と聞かれると、自分の存在をアピールしたいがために、自分のことを長々と語り、最後のほうに質問をちょろりと出す人がいます。これは正しい質問の趣旨から外れています。

 質問する目的は、ただ2つ。

1.不明点を明らかにする

2.その質問によって、さらに話の理解が深まる

 したがって、自分の質問がこの2つの目的に沿っているかを、発言する前に常に点検しましょう。

 自慢したくてもぐっと我慢をして、言わないほうが利口というものです。

 また、質問に答える側としては、相手から「あなたより私のほうが賢い」という「自己顕示欲求」丸出しの質問が出ても、その挑発には乗らずに、「ありがとうございます。時間の都合上、後でメールにてお答えいたします」などと、サラリとかわしましょう。

 「聞かれたことに答えられないのは、みっともない」などと、へんにそこで質問にはまってしまうと、直接関係ないまわりの人たちが辟易します。

 結論として、よく相手の話を聞き、相手の言葉の裏側にある欲求にピタリと合致したひと言を話せば、そのひと言には“千金の重み”が出ます。

 これが、「聞いて9割、話して1割」のルールです。

Profile 佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『プレジデント』はじめ連載9誌、著書170 冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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