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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第20回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

リーダーの人間味の伝え方

(企業家倶楽部2014年1・2月合併号掲載)

「コンシート技法」の劇的効果

 昨年11月3日、私が理事長を務める社団法人パフォーマンス教育協会主催の「ベストパフォーマー賞」授賞式が執り行われました。

 この時の受賞者が、リブセンス社長の村上太一氏でした。

 彼のプロフィール紹介として、「小学生の頃、社長になろうと決め、高校時代には起業の勉強をしていた。大学1年で会社を設立し、26歳で東証一部上場。現在27歳になったばかりだが、創業から6年間で、売上げ22億6400万円、経常利益11億1300万円(2012年度)を達成」と参加者に伝えました。

 この紹介内容は前もって謳っていたため、そう聞いていれば、「壇上に現れるのは、きっと辣腕の経営者だろう。アルマーニの高級スーツに身を固めているか、スティーブ・ジョブズのようにジーンズにTシャツでカジュアルに決めているか。いずれにしても、なんだか怖い印象で目つき鋭く、隙がないだろう」と誰もが思ったに違いありません。

 ところが、いざ当人が目の前に登場した瞬間、会場がワアッとざわめきました。

 村上社長はごくスタンダードなスーツ姿で現れ、隙がないどころか満面の笑みを浮かべ、それは計算された「社会的微笑み」というよりは、本当に素直に自然な笑顔でした。しかも、この笑顔が登壇から降壇までずっと続いたのです。これは参加者にとって嬉しいショックでした。

 これが、実はパフォーマンス心理学でいう「コンシート」という技法を、はからずも実行した形となりました。

 「コンシート」は「あざむき」です。「あざむき」という言葉には悪いイメージがありますが、「話法」(discourse)としては、良い意味で使われています。前もって相手に対して持っていた固定観念が、その場で大きなコントラストをなして反転されることを示す、自己表現としては素晴らしい技法のひとつです。

 例えば、いつも偉そうにしている真面目な上司が、突然ジョークを言って周囲を驚かせるのも、「コンシート」の効果です。

 この効果が明らかに示されたのは、受賞スピーチ中も笑顔だった村上社長が、途中でさらに劇的に変わった瞬間です。

 大学時代、困難を乗り越えながらなんとか続けてきた会社だったけれど、ある時、信頼していた創業時のパートナーが辞職。悩みに悩んだというくだりのところで、村上社長は今でもそのことを話すのが辛くて悲しい、というような顔をしました。先ほどまで浮かべていた笑顔がさっと消え、今にも涙がこぼれそうな、悲しみの声と表情だったのです。

 会社の業績がなかなか上がらず、大事な仲間も去ってしまったという彼の悲しそうな顔と、先ほどのニコニコ顔とのギャップが大きいために、ここで参加者は一層彼に惹きつけられました。

 実際、授賞式後に参加者アンケートを見ると、多くの人が予想外の彼の笑顔に魅了され、また、失敗や落ち込みから立ち上がったという再起の話に感動し、励まされたと書いていました。「まったく隙がない若者で、トントン拍子でうまくいったラッキーな成功者」という予測に反し、見事そのコントラストによって、参加者全員の心を奪ってしまったのでした。

 この失敗談には、「コンシート」とは別のもうひとつの素晴らしい効果があります。それは、聞き手への「親近感」と「安心感」の醸成効果です。

 若くして成功し、今もうなぎ上りに業績を上げているという話だけだったなら、「自分たちは、そんなにできっこないから……」と聞き手は話し手との距離を感じてしまったことでしょう。時に、「なんだ、結局は自慢話か」とシラケることもあります。

 ところが、村上社長は失敗も通過し、苦しんだ末の成功だと明かしてくれたため、聞き手は素直に受け入れることができたのです。

「自己開示」の物語をする

 先の村上社長の例でも、彼自身の体験談が聴衆の胸を打ちました。人間同士のコミュニケーション場合、話し手がある程度、「自己開示」をしてくれないと、聞き手も心を開く気になりません。

 これをパフォーマンス心理学では、自己表現の「返報性」(reciprocity)と呼び、「相手が自分のことを聞かせてくれたから、こちらもお返ししよう」と思う心の動きです。

 「自己開示」をする内容は、表組の3点です。

 「自己開示」のポイント3 点

 1)事実の開示

 数字・固有名詞などを入れて、「ファクト」を述べる

 例:「この新製品は、現在アメリカなど世界30ヶ国で使われています」

 2)価値観の開示

 ある事柄に対して、自分がどう「判断」するかを述べる

 例:「あなたの会社は伸びる会社ですね」 

 3)感情の開示

 喜怒哀楽などの自分の今の「気持ち」を述べる

 例:「今ちょっと落ち込んでいますが、がんばりたいです」 

 村上社長の場合は、「会社の業績が上がらず、パートナーも去って、自分は悲しかった」という「事実」と「感情」の開示です。

 創業社長で偉くなった方たちがよくやる「自己開示」は、創業期の苦労話ですが、これを聞いた社員たちが経営者に親しみや尊敬の念を抱くのも、このいい例でしょう。

わかりやすく庶民的に

 さて、この「自己開示」の技法を使って、最近、特に支持率が上がっている人がいます。安倍晋三首相です。昨年10月15日の彼の発言を、そのまま引用します。

 「私は、毎日官邸で、福島産のお米を食べています。折り紙つきのおいしさです。安全でおいしい福島の農水産物を、風評に惑わされることなく、消費者の皆さんに、実際に味わってほしいと願います」

 この日の所信表明演説の大半は、もっと難しい内容でした。財政や景気の話など、聴衆の「感情」に訴えるというよりは、「情報」として知ってもらえれば十分だという内容でした。

 ところが、この福島産の米を毎日食べているというくだりになると、聞き手はきっと大いに「感情」を揺さぶられたはずです。少なくとも、他の難しい話より心に残ったに違いありません。後日、この内容を新聞記事などで読んだ人も、なんとなくホッとしたことでしょう。

 官邸で食事を摂るのは当然としても、毎日食べている福島産の米を、おいしいから実際に味わってほしいという言い方は、なんと庶民的でしょうか。トップになればなるほど、きっと食事は高級ホテルだとか高級料亭ばかりだろうといった具合に、人々は勝手に想像をふくらませます。そのため、その想像と大きなコントラストをなして、庶民的な「自己開示」をするリーダーは親しまれるのです。

 読者諸氏も人に話をする時は、安倍首相のように「福島産のお米を炊いて食べたらおいしかった」といった具合に、庶民的で気軽で肩のこらない「自己開示」をぜひ織り交ぜてみてください。「実はこんな失敗をしたんですよ」という自らの失敗談も笑いを誘い、効果的です。 自分の立場が高ければ高いほど、このような「自己開示」は相手に人間味を感じさせて、よいコミュニケーションを作るために有効です。

Profile 佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『プレジデント』はじめ連載9誌、著書170 冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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