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【緑の地平vol.21】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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温暖化ガス削減 米中が新たな目標 日本はどうする?

(企業家倶楽部2015年1・2月合併号掲載)

IPCC第5次総合報告書

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化に関する第5次報告書の仕上げとなる統合報告書を昨年11月、コペンハーゲンで開かれた総会で承認・発表した。それによると、温室効果ガス(GHG = グリーン・ハウス・ガス)の排出をこれまで通り続けると、最悪の場合、今世紀末には地上温度は4.8度、海面水位は82センチ上昇するとの試算結果を明らかにした。

 それを避けるためには、温度上昇を18世紀後半から始まった産業革命以前と比べて、2度未満に抑えることが必要だと指摘している。そのためには、思い切ったGHGの排出削減が必要になる。具体的には50年までにGHGの排出量を現在(2010年)と比べ、40?70%減らし、今世紀末にはゼロかそれ以下にすることが必要だと指摘している。

 かなり達成困難な目標だが、これを乗り越えることができれば、人類は破滅につながるような温暖化リスクを回避できると強調している。逆に達成できなければ、異常気象が世界中で荒れ狂い、干ばつ、洪水、巨大台風の発生、水、食料不足などの被害が日常化し、海面水位の上昇で太平洋やインド洋上の島嶼国の中には水没、国家消滅の悲劇にみまわれるところが出るかもしれない。

 CO2換算の世界のGHG排出量は11年現在、313億トン。現状のままで推移すると、2050年には7割近くも増え528億トン(地球環境産業技術研究機構調べ)まで拡大する見通しだ。温暖化リスクを避けるためには、50 年の排出量は現在の約半分、150億トン程度まで削減しなくてはならない。果たしてそれは可能だろうか。

 GHGの排出量削減を目指した国際的枠組み、京都議定書の約束期間は08年から12年末までの5年間だったが、すでに終わっている。13年以降の世界のGHG排出量は京都議定書の約束期間よりも大幅に増えることが予想されている。日米EU加盟国など先進工業国の排出量は横ばいが見込まれているが、中国、インド、ブラジル、さらに東南アジア、アフリカなどの途上国を合わせると、排出量は大幅に増加してしまう。世界のGHG排出量は、2010年以前は先進国の方が多かったが、10年頃に先進国と途上国の排出量がならびそれ以降は途上国の排出量が急増している。50年には世界排出量の約3割が先進国、7割が途上国と見込まれており、途上国の排出削減が大きな課題になる。

20年の削減目標値は紳士協定
 13年以降の排出削減のための新しい国際的枠組みづくりは国連のCOP(気候変動枠組条約締約国会議)が進めているが、各国の利害が複雑、かつ激しく対立し、中々合意が得られない状況が続いている。この間、中国やインドなどの発展途上新興国の急速な経済発展もあり、世界のGHG排出量は加速している。

 危機感を強めたCOPは、09年12月にコペンハーゲンで開いたCOP12で、次善の対策として20年のGHGの排出削減目標は主要排出国が自発的に提示し、その達成に努力するよう呼びかけ、各国の合意を得た(コペンハーゲン合意)。もちろん紳士協定であり、法的拘束力がないため、達成できなくても罰則を課せられるわけではない。あくまでそれぞれの国の品位、名誉に関わる問題だ。

 当時、日本は民主党政権だったが、「90年比25%削減」の目標を提出した。この目標達成のため、政府は発電中にCO2を排出しない原発依存で乗り切る方針を固め、当時建設中の4基に加え、新たに20年までに原発11基を新設する計画だった。ところが11年3月の東日本大震災とそれに伴う深刻な福島原発事故の発生でこの計画は白紙に戻ってしまった。事故以前に稼働していた54基の原発もストップしてしまった。目標達成が難しくなった政府は13年11月にポーランドのワルシャワで開かれたCOP19で、「90年比25%削減」を撤回、新たに「05年比3.8%減(90年比3.1%増)を提出した。あまりに低い目標値にたいしCOP参加国の多くから批判の声が投げかけられた。

 これに対し政府はこの数値はあくまで「原発依存ゼロ」を想定した場合の暫定値で、改めて20 年の目標値を提示する方針だ。

20年以降の国際的枠組み COP21(パリ開催) で来年決定へ
 20年以降については、法的拘束力のある新しい削減のための国際的枠組みを発足させる方針で、今年(15年)末、パリで開かれるCOP21で決定をする計画である。

 京都議定書の時と違って、今回は温暖化対策に消極的だったアメリカや中国が新枠組みへの参加に積極的な姿勢を見せている。

 京都議定書に参加し削減義務を負った国はEU、日本、ロシアなどだったが、これらの国の排出量は世界全体の30%以下である。これに対し中国とアメリカだけで世界排出量の40%以上を占めている。

 主要排出国は、今年3月末までに20年以降の約束案(2020?2030年の目標値)をCOP事務局に提出することになっている。温暖化対策に熱心なEUは早くも昨年10月のEU首脳会議で2030年までにGHG排出量を90年比40%削減することで合意したと発表した。

 続いて11月には、北京で開かれたアジア太平洋経済協力会議で、オバマ米大統領と中国の習近平国家主席が会談し、温室効果ガスの新たな目標で合意した。

米国25年に26?28%削減を表明、日本は出遅れ感が強い

 米国は25年までに05年比でGHGを26?28%減らすと公表、中国も30年ごろまでをCO2排出のピークとし、国内の消費エネルギーに占める化石燃料以外の比率を約20%にするとの目標を明らかにした。

 京都議定書に背を向け続けてきた世界の2大排出国が、目標値を公表したことで20年からスタートする新たな削減のための国際的枠組みづくりは一気に現実味をおびてきた。特に世界最大の排出国である中国が30年以降は、排出量を削減させるとの見通しを表明したことは朗報である。中国が削減目標を掲げた背景には、社会問題になっている大気汚染改善のためにも、石炭を中心とする化石燃料の削減を急がなくてはならないとう国内事情も大きいと思われる。

 EU、アメリカ、中国など主要排出国が20年以降の目標値を相次ぎ打ち出すなかで、日本はいまだに目標値を発表できないでいる。なんとか原発を稼働させ、それによって排出削減目標値を引き上げたいという下心が見え見えである。だが原発稼働については国民の厳しい批判の目が光っている。このジレンマが目標提示を遅らせている最大の原因だ。

 この際、原発依存なしで野心的な削減目標値を公表し、「日本もやるじゃあない」と世界にサプライズを与えるような発信をして欲しいものだ。 

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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