会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2014年4月号掲載)
プレゼンテーションは、次の順序で成り立っています。
①相手を説得する
②相手に理解させる
③相手を納得させる
④相手に実行してもらう
この時、誰もが前もってよく考えて組み立てるのが、「言語表現」(言葉による話の内容)です。
ところが、表情やしぐさなどの「非言語的表現」については、つい忘れてしまいがちです。非言語的表現の中でも最有力のメッセージは、視線の使い方、つまり「アイコンタクト」です。これは34年もの間研究を続けてきた、私の専門分野でもあります。
ここで、読者諸氏の記憶にも新しい2020年オリンピック招致プレゼンの際の日本のトップリーダー・安倍晋三首相のアイコンタクトを例にとって見てみましょう。
安倍首相の演説の全時間312秒(5分12秒)のうち、顔がモニタに映っていたのは224秒(3分44秒)。この中で彼は、どれくらいIOC委員たちに目線を合わせていたのか?
その時のアイコンタクトの長さは、207・5秒(図1参照)。これは1分間あたりに換算すると、55・6秒。言葉を発している間の92・7%もの時間、相手の顔を見ていたことになります。
私の実験室で長年計測している、日本人2者間の対話中のアイコンタクトの平均時間は、1分間あたり32秒(53%)です。それと比べると、安倍首相がどれだけ長い時間、まわりの人々に視線を合わせていたかがわかるでしょう。
この時のプレゼンの主張は、「東京でオリンピックを開催してほしい」です。聞いた相手がその主張の意味を理解し、納得し、実際に東京に投票してくれれば、このプレゼンは成功です。
そのためには、強くて長いアイコンタクトが重要です。今回は、安倍首相を分析した中でも顕著に変化が見られたアイコンタクトの長さに注目して、これから詳細をお伝えしていきましょう。
トップリーダーのアイコンタクト 安倍vsオバマ日米比較
全体の92・7%の時間、相手の顔を見つめっぱなしで、「東京は優れている」「東京はオリンピックに最適である」「ぜひ投票してほしい」と主張した安倍首相のプレゼンは、強いインパクトを持って伝わりました。
それと比較して、プレゼン王国アメリカではどうでしょうか。ここでは、バラク・オバマ大統領のプレゼンを例にとりましょう。これについても、私が大学のゼミ生と共に1年がかりで計測した精密なデータがあります。
2009年、オバマ大統領の就任演説の全時間1160秒(19分20秒)のうち、顔がモニタに映っていたのは864秒(14分24秒)でした。
その時のアイコンタクトの長さは、全体の435・6秒(図2参照)。1分間あたり30・2秒(50・3%)になります。これは、先の日本人2者間の対話時間での平均とだいたい同じです。つまり、オバマ大統領もしっかりと聴衆の顔を見て話をしていたことがわかります。
さて、このオバマ大統領の就任演説と安倍首相のオリンピック招致プレゼンを比べてみると、とんでもないことがわかります。なんと安倍首相のアイコンタクトの長さは、プレゼン王国のトップであるオバマ大統領のアイコンタクト量をはるかに凌いでいるのです。
この違いは次の棒線グラフでご覧ください。安倍首相のほうが倍近く長い時間、聴衆を見つめていたことがわかります。
アイコンタクトは訓練で鍛えられる
オリンピック招致プレゼンで全体の92 ・7%も聴衆を見つめていた安倍首相。これまでの安倍プレゼンよりも随分とパワフルになり、顔つきも明るく元気になったと、読者諸氏の多くはお気づきでしょう。
それもその通り、2006年の第1次内閣時代と2013年の第2次内閣発足時のアイコンタクト秒数(1分間あたり)と比較してみても、今回のオリンピック招致プレゼンのほうが、ぐんと右肩上がりに増えているのです(図2参照)。折れ線グラフからも、初めからアイコンタクトが長かったわけではないということがよくわかるでしょう。
2006年、「美しい国をつくる」という大きなビジョンを掲げ、小泉純一郎氏の5年5ヶ月の長期政権のあとを引き継いだ安倍首相には、大きなプレッシャーがありました。「小泉首相のあとだから、相当なことをしなければ……」、このプレッシャーが就任演説中のアイコンタクト秒数に表れました(図1参照)。
しかし、2013年の就任演説では、アイコンタクトの長さが3割増となりました。その背景として、民主党政権の行きつ戻りつの不手際にうんざりしていた国民は、「安倍さん、何とかしてくださいよ」と危機感を持ち、国中が彼に期待を寄せていました。その中での第2次安倍政権のスタートですから、国民の応援に支えられて、自分の自信も増し、アイコンタクトも長くなったわけです。
それをさらに徹底訓練した結果が、オリンピック招致プレゼンのアイコンタクト秒数に、如実に表れています。
こう考えると、リーダーやトップだからといって、最初からアイコンタクトがたっぷりとれるとは限りません。しかし、訓練さえすれば誰もが身につけることが可能な重要なスキルだということが、安倍首相の成功例からもよくわかるでしょう。
アイコンタクト以外にも、実はぐんと良くなった安倍プレゼンのポイントがまだまだあります。これについては、私の最新刊『安倍晋三プレゼンテーション 進化・成功の極意』(学研教育出版)をご覧ください。
読者の皆様には、ぜひぜひアイコンタクトを長くする練習とリハーサルをおすすめします。それこそが、インパクトのあるプレゼンの最後の仕上げになるからです。
Profile
佐藤綾子
日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『プレジデント』はじめ連載10誌、著書176冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。20年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。
詳細:http://spis.co.jp/seminar/
佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで
Profile 佐藤綾子
日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『プレジデント』はじめ連載9誌、著書170 冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで