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【エンジェル鎌田’s Eye】TomyK Ltd.代表 鎌田富久  × Lily MedTech代表 東 志保

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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乳がんの早期発見に貢献したい

乳がんの早期発見に貢献したい

超音波を使用した乳がん用診断装置「Cocoon」

(企業家倶楽部2018年8月号掲載)

ACCESS 創業者で現在エンジェル投資家の鎌田富久氏が、投資先企業の経営者と対談する「エンジェル鎌田's Eye」。今回は、乳がんの早期発見に向けて超音波を使用した診断装置を開発しているLilyMedTech の東志保代表をゲストに迎えた。乳がんを取り巻く現状から、医療機器開発の難しさ、企業家の資質に至るまで、多岐に渡る話題に花が咲いた。

痛みも被曝も無く高精度で乳がんを診断

鎌田 まずは御社の事業内容について詳しくご説明いただけますか。

東 弊社は、超音波を使用した乳がん用診断装置「Cocoon(コクーン)」を開発しています。形状としては、丸い穴が開いたベッドのイメージです。女性はうつ伏せになり、穴の中に乳房を入れてじっとしていると、自動的に3Dで撮像されます。

鎌田 既存の超音波検査(エコー検査)は、診断する部位にゼリーのようなものを塗り、そこに技師が手のひらサイズの機器を当てて撮像しますよね。

東 その通りです。超音波を送受信する部分を振動子と呼ぶのですが、それを8つ組み合わせてリング型にしたのが弊社装置の特徴です。先ほど申し上げた穴の部分で、リング振動子が上下に動くことで3D撮像を可能としています。

鎌田 乳がんの検診としては、X線を利用したマンモグラフィーが有名です。

東 確かに、最も普及しているのはマンモグラフィーでしょう。しかし痛みを伴うため、検診を敬遠される方が多いのが実情です。また被曝するリスクがあるので、40歳未満の方には推奨されていません。

 それ以上にマンモグラフィー最大の課題となっているのが、肝心のがんを見つけにくい点です。乳房は乳腺と脂肪で構成され、乳がんは乳腺の中にある乳管内から発生します。しかし、マンモグラフィーによる撮像では乳腺とがんの両方が白く映るので、がんが埋もれて見えなくなってしまう。これでは真っ白な雪原の中に白兎がいるのを見つけるようなものです。

 特に、脂肪に対して乳腺の量が多い高濃度乳房の方は、診断精度がとても下がる。高濃度乳房は若い方に多く、40代で約7割、50代でも5~6割いると言われています。欧米と比べ、アジア人に多いのが特徴です。

 胃がんや肺がんなど、あらゆるがんは加齢とともに罹患率が増えていくのが通例です。しかし、日本人を含む東アジア人女性の場合、乳がんの罹患率のピークは40~60代となっています。したがって、一番罹患しやすい世代の高濃度乳房の割合が高いため、診断精度の低さが本質的な課題になっているのです。

鎌田 それで御社は、超音波を利用しているのですね。超音波なら乳腺は白く、がんは黒く写るため、そのコントラストでがんを見つけやすい。ただ、それならば従来型のエコー検査でも解決できるのではないですか。

東 そちらにもいくつか問題があります。まず、技師の数が足りていない。難しい検査なので技師には高いスキルが要求されるため、そう簡単に人材が育ちません。また、検診となると定期的に全く同じ部分を同じ角度から見なければなりませんが、人の手が頼りですから、かなり難しいと言わざるを得ません。再現性が低いと比較ができない。がんに罹った後で定期検診を受けようと思っても、その大きさがどれだけ変化しているかなど、定点観測が事実上不可能です。

鎌田 マンモグラフィーと従来のエコー検査、双方が抱える課題を解決するのが御社製品というわけですね。

東 弊社の「コクーン」は、超音波を使用しているので被曝しない。また、女性はうつぶせになって、乳房を穴に入れるだけですので、圧迫を伴わず、痛みも全くありません。乳房は柔らかいので、押さえつけると形状が必ず変わりますが、弊社装置は自然な状態で撮っているので、再現性の高いデータが常に撮れます。

 更に、ボタンを押すと自動で撮像、転送、保存を行うので、撮像スキルが要求されません。最終的には専門的なトレーニングを積んでいない患者様ご本人が自分で撮れるようになるでしょう。高い技術を持っている技師と同じような水準での撮像を常に行えるようにするのが目標です。

鎌田 検査の料金としては、個人負担でどの程度を考えていますか。

東 マンモグラフィーもエコー検査も医師のカウンセリングまで含めて1万~1万5000円という価格帯ですので、私たちも同等の額を想定しています。

鎌田 そこに御社独自の強みが加わりますから、同じような金額ならば有力な選択肢となりますね。御社装置の課題はありますか。

東 乳房全体を包括的に撮るため、どうしても画像診断をする際の負担は増えてしまいます。そこで現在は、機械学習による自動診断支援機能を開発し、これを軽減しようと考えています。

乳がんは早期発見が鍵

鎌田 この事業を始めたのは、お母様をがんで亡くされた経験がきっかけになっているそうですね。

東 はい。母は私が高校生の時に40代で亡くなったのですが、若い母親世代が重い病気に罹ることが、どれほど深刻な影響を家族に与えるか痛感し、このような事態を極力減らしたいと考えるようになりました。

 母の場合、10万人に1人が罹患する珍しい病気になってしまったので、とにかく運が悪かったのですが、乳がんは早期に発見すればほとんど助かる病気です。それなのに、日本だけ見ても年間で罹患者数8万人、死亡者数1万3000人と多くの人が苦しんでおり、しかもその数字は年々増加傾向にある。私たちは乳がんを早期に発見することで、罹患者の生存率を高めていきたいと思っています。

鎌田 まずは検診に行っていただけるように啓発せねばなりませんね。御社の装置であれば、痛みや被曝といったリスクが無いため、検診へのハードルを下げることができるでしょう。

東 そうですね。乳がんは若い方も罹る病気だという事実をもっと知って欲しい。確かに30代の罹患率は高くありませんが、万が一罹った際の衝撃は計り知れません。仮に命は助かったとしても、結婚、出産、育児、仕事など人生の選択肢が多い花盛りの年代ですので、本来描こうとしていた人生プランが変わってしまう可能性もあります。

 例えば、乳がんの治療に入ると女性ホルモンを抑制するので妊娠率がとても下がります。出産を終えている方であれば悩まずに選択できるでしょうが、どうしても子どもが欲しいとなると、自分の命と出産を天秤にかけるような究極の選択を迫られるかもしれません。そのように選択肢を減らさないためにも、やはり若いうちから検診に行っていただきたく思います。

諦めの悪さは企業家の資質

東 私は2016年5月に起業して、8月に鎌田さんとお会いしました。まだ起業後3カ月という段階で、よく応援してくださいましたね。

鎌田 初めてお会いした時点で既に装置の原型があり、容易にイメージが湧きました。社会貢献性が高く、技術もしっかり持っているので、面白いと思ったのを覚えています。何より、東さんに並々ならぬ突破力を感じました。私は自分を前向きな人間だと思っていますが、東さんはそれ以上です。思い切りも良いですし、諦めが悪そうだなと(笑)。でも、それは企業家として重要な資質です。今後も数々の困難が立ち塞がるでしょうが、きっと乗り越えていけるタイプだと思います。

東 そう言っていただけて光栄です。

鎌田 御社は私の支援先の中でも一番チャレンジングな部類のスタートアップです。従来、新しい医療機器の分野は大手企業しか手を付けられませんでしたが、果敢に事業化されました。しかも、装置というハードウェアと、その裏側を動かすソフトウェアの両方を開発しなければなりません。医療機器ですから薬事承認も必要となりますし、マンモグラフィーという一般に普及している装置がある中で、医療機関に浸透させるための医師との人脈作りなど、やるべきことが山積しています。

東 ハードの製作だけでも相当お金はかかっていますね。ソフトも装置の駆動から撮像、解析、診断まで一気通貫して行うため、幅広い技術が必要です。現在、社員数は20名弱。パート・アルバイトを加えても30人未満という中、ハード、ソフト両方のエンジニア、薬事承認や臨床試験の担当者、知財管理者、営業、バックオフィスとバランス良く面で押さえています。

目指すは世界への普及

鎌田 御社には良い人材が集まってきていると思います。

東 ありがとうございます。私は組織を袋だと考えています。その袋の中に、今までにいないタイプの人を放り込むと、一時的にストレスが高まってマネジメントも難しくなるのですが、最終的には組織が活性化して団結力に繋がったりする。ただ、そうなるためには共通のビジョンが大事ですので、私たちが「課題を解決するために集まった専門家集団」であることを事あるごとにリマインドするようにしています。

 ベンチャーは苦労の連続ですが、それを乗り越えるための戦略をいくつも作り、どの方向に転んでも確実に生き残れるように心掛けています。ただ、そのプランを練るためにもチーム作りが不可欠。そこは絶対に妥協できないので、苦労している最中です。

鎌田 今年の3月末に3.5億円の資金調達を行いましたが、これも大変でしたね。医療機器は製品化まで時間がかかる上、どの程度効果があるのか評価が難しいため、投資を断られることが多い。医療業界は安全性や信頼性が最重要ですから、勢いだけでは上手く行きません。ただ、これだけ難しい条件が揃った分野で成功事例が出てくると、後進にも勇気を与えられますから、是非頑張って欲しいと思います。最後に、今後の目標を伺えますか。

東 この事業の目標としてはマンモグラフィーの置き換えを目指しています。10年以内にはその流れを作りたいですね。まずは来年後半の薬事承認を目指しており、ゆくゆくはマンモグラフィーとの比較試験を実施することで、弊社装置に実力があることを証明しようと考えています。最終的には、日本に留まらずアジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカと全世界に普及させていきたい。

鎌田 発展途上国はまだ寿命が短く、感染症など他の病気の解決が急務なので、人々の意識が乳がんまで辿り着いていません。ただ、この問題は将来必ず顕在化しますから、間違いなく御社の装置が世の中の役に立つ時が来るでしょう。日本発の製品が世界で使われ、人類に貢献することになれば素晴らしいですね。是非これからも応援させてください。

東 志保(あずま・しほ)

電気通信大学卒業、アリゾナ大学修了、総合研究大学院大学博士課程中退。 2006年、日立製作所中央研究所ライフサイエンスセンターで医療超音波の研究に従事。2013年、JEOL RESONANCE 入社。2015 年マイクロソニック入社後、2016 年5月にLily MedTec h を創業し、代表取締役に就任。

鎌田富久(かまだ・とみひさ)

1961年、愛知県生まれ。東京大学大学院の理学系研究科にて情報科学博士課程を修了。理学博士。1984年、東京大学の学生時代に、情報家電・携帯電話向けソフトウェアを手がけるベンチャー企業ACCESSを荒川亨氏と共同で創業。iモードなどのモバイルインターネットの技術革新を牽引する。2001年、東証マザーズ上場を果たし、グローバルに積極的に事業を展開した。2011 年に退任すると、2012 年4 月より、これまでの経験を活かし、TomyK Ltd. にて革新技術で日本を元気にするベンチャー支援の活動を開始した。

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