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【世相を斬る!】第2回 SBI ホールディングス 代表取締役執行役員社長 北尾吉孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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2014年の日本経済を占う/

(企業家倶楽部2014年1・2月合併号掲載)

2013年の日本経済

 今回のテーマは「2014年の日本経済を占う」ということですが、まずは日本経済の現状について簡単に述べたいと思います。
 
 11月14日に発表された13年7ー9月期実質GDP速報値が年率換算で1.9%増だったわけですが、3.8%増(年率換算)だった4ー6 月期の実質GDP改定値に比して伸び率は縮小しました。此の1.9%という伸びに寄与したのは公共投資と住宅投資でありますが、前者については2月に成立した緊急経済対策に伴う公共事業が本格化し、7ー9月期は前期比6.5%増と4ー6月期の同4.8%増から一段と拡大しました。

 また、後者についても大きな買い物ですから、消費増税を前にして駆け込み需要が当然出てくるという中で、7ー9月期は前期比2.7%増と4ー6月期の同0.4%増から拡大を見せました。

 他方、1.9%という数字にブレーキを掛けたのが個人消費と輸出であって、個人消費については4四半期連続のプラスであるものの7ー9月期は前期比0.1%増ということで、どうも消費は尻すぼみの状況になってきているようです。

 また、輸出についても途中少し円高になった部分もあって前期比0.6%減と、3四半期ぶりにマイナスに転じました。更に設備投資も0.2%増と3四半期連続のプラスとなったものの伸び率は1.1%増だった前期に比べ鈍ったということで、先行きに若干の不安を覚える7ー9月期GDP速報値の発表となりました。

 来春からの消費増税判断が下された後に一番大事になるのは、如何にして消費を増やして行くかということですが、消費を増やすためには賃金の上昇ということが必要不可欠になります。

 之に関して言うと、10月1日時点での来春卒業予定の大学生の就職内定率が64・3%と3年連続で上昇したり、好業績を背景に賃上げを検討する企業が増加しているという報道があります。また、経団連の発表では大手企業の冬の賞与・一時金が5・79%増とバブル期以来の上げ幅を記録するようです。あるいは雇用者が受け取る賃金の総額にあたる名目雇用者報酬は前年同期比0.5%増と2四半期続けて増えたという形で労働需給を見ても割合堅調です。

 もっとも、日本の労働環境ということでは企業数の99・7%、雇用の約7割を中小企業が占めていますから、此の中小企業にまで賃上げが波及して行くか否かが非常に大きなポイントになります。

 それから今後を占う上でもう一つ大事になるのは、オリンピック特需に向けて設備投資がどう動き出すかという部分ですが、之については例えば50年前の東京五輪の頃に建てられたホテル等で20年の五輪開催前の建替えを検討するといった活発な動きが見られるということもありますし、あるいは設備投資に先行する機械需要を見ても比較的底堅く推移しています。

 そしてまた、原油価格を見ても8月下旬に110ドル強にあったWTI(米国軽質原油)期近物先物価格は、10月下旬に入り、100ドルを割れたということで、恐らく100ドル程度で安定するのではないかと見られています。

 更に言うと、米連邦準備制度理事会(FRB)議長のバーナンキ氏の後継予定であるイエレン氏が随分ハト派的なスタンス、つまり現状維持のスタンスというものをはっきりと全面に打ち出しつつある中、QE3(量的緩和第三弾)の縮小開始は暫く延びるという観測の下で、世界の株式市場も堅調に推移しており、日経平均も5月22日の年初来高値を伺う動きとなっています。

 従って、資産効果もある程度期待できるのだろうというふうに思われますし、また10ー12月以降は消費増税前の駆け込み購入が本格化する公算が大きいということもありますから、上記してきた事柄から総合的に判断するに、10ー12月期のGDP指標については結構良いものが出てくるのではないかと今のところ考えています。

2014年は外的要因が強く影響

 そうした状況の中で14年の日本経済や如何にということですが、11月15日の日経新聞に載っていた「民間調査機関11社が14日まとめた実質成長率」見通し(前年度比)を見ますと、例えば超強気派の野村證券1.6%や強気派のSMBC日興証券1.3%に対して、ニッセイ基礎研究所は0.2%と非常に弱気です。

 上記11社平均では0.9%ということで私自身は1.0%近辺を予想していますが、此の1.0%近くになるかどうかは欧米の景気動向というもの、そしてまた、中国を中心としたアジアの景気動向がどうなるかという外的要因が強く影響することになると思います。

 先ず中国については、11月1日に発表された10月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は51・4となり、9月の51・1から上昇し(中略)1年6カ月ぶりの高水準となりましたし、先日も「SBIー復旦日中バイオテクノロジーセミナー」参加のために上海に出張し、現地で色々な人の話を聞きましたが、先行きに対して強気な人が結構多くいました。

 また、「シャドーバンキング(影の銀行:融資規制のある銀行を介さない金融取引全般)」の問題について言うと、解消していないことは勿論事実でありますが、それ程大きな問題にならず収束に向かうのではないかと見ています。

 そして金融市場改革ということでは、11月12日に閉幕した三中全会(党中央委員会第三回全体会議)では大規模改革が打ち出されるのではという期待感が盛り上がっていましたが、決定事項は非常に曖昧模糊としており、その実行性に関して余り評判は良くありませんが、金利の正常化ということをある程度進めて行こうという意思は表れているように思います。

 上海自由貿易試験区(FTZ:中国政府が経済のグローバル化に合わせて積極的な対外開放政策として開設した特別地域)に関しては、私が代表を務めておりますSBIグループが中国国営の金融・不動産大手の上海陸家嘴集団、金融事業も手掛ける中国最大の農牧民営企業の新希望集団の2社と上海市の自由貿易試験区(特区)に合弁会社を設立することで基本合意したように、此の試験区に対して私は非常に強気です。

 中国における金融市場として、今後は香港のプレゼンスが低下して行き上海の役割が高まってくるのではないかと思われますが、私どもとしては出来るだけ早くに上海の証券市場で株式を公開したいと考えています。

 次に欧米について簡単に述べますと、欧州については11 月7日、非常に有り難いことにECBが予想外の利下げを行ったわけですが、このように日欧が緩和強化に動く中、未だ力強さを取り戻していない米国は量的緩和縮小を先延ばしせざるを得なくなるでしょう。

 仮に予想に反し米国の雇用を中心とする経済指標が強く縮小することになったとしても、次期FRB議長に就任予定のイエレン氏はそれ程ドラスティックに縮小して行かないと思われます。また、すでに過去何回かのQE3縮小報道の中でBRICsの国々やアジア諸国からの米国資金の還流も起きてきたので、アジアの株式市場もそれ程弱くならないでしょう。欧米の経済が回復すれば世界経済も全般的に一応上昇という形になるのだろうと思います。
 11月17日の日経新聞記事にもあるようにリーマン危機後、日銀の総資産は08年4月から5年間の白川前総裁時代に、113兆円から164兆円へと、51兆円増え、国内総生産(GDP)比の総資産残高で見ると、実は日銀はFRBやECBを上回っているものの「小出しの緩和」との印象がぬぐえず此の間殆ど緩和の効果が無かったわけですが、その一方で今春総裁に就任した黒田東彦氏は2年で130兆円増やすと公言しており、10月末の会見でも「2%の物価安定目標に向けた道筋を順調にたどっている」と語っているように、日本経済について私は然程心配していません。

 それから財政についても、日本政府は企業業績の上振れに伴う法人税収の増加により、消費増税に対する5兆円規模の経済対策の財源確保にほぼメドがたったが故に、消費増税に伴う経済対策を柱とした2013年度の補正予算案で、国債を追加発行しないというふうにしているわけで、税の自然増収に弾みがついてきた現況において、財政の健全化に向けて本格的に動いて行くでしょう。

 もちろん消費税率の引き上げは大変なネガティブインパクトを齎すことになるのは言うまでもありませんが、消費増税による国民負担増が9兆円と言われる中、それを自然増収でどう埋めて行くかということに加え、オリンピック効果およびアベノミクス「第三の矢」の構造改革によって如何に埋めることが出来るかがキーになります。

「第3の矢」の成否がキーポイント

 今回の東京オリンピック招致による経済波及効果については、3兆円でも期待し過ぎという声がある中で、観光も含め日本全体に及ぶ広い意味で7年間で100兆円を超えるという声もあって、兎にも角にも之がプラスに作用することは確かです。

 他方、アベノミクス「第三の矢」の構造改革では安倍首相が当初意図していたであろう改革の姿が、どんどん後退して行っているように思います。先日も医薬品のネット販売を巡って、一般医薬品になって原則3年以内の薬や、劇薬5品目については、インターネット販売を禁止する薬事法改正案が閣議決定されたことに対する抗議として楽天社長の三木谷浩史氏が一時は産業競争力会議の民間議員辞任を表明しましたが、あのような形で薬一つで大幅な改革の後退が見られ、中途半端な形でしか為し得ないということでは御話になりません。

 また、国家戦略特区における解雇規制の緩和や法人税率の引き下げ等についても何かまた全て中途半端になってきているわけですが、「こんなことまでやるのか!」というぐらい諸外国を圧倒して踏み込んで行かねば、「2020年までに海外勢による対日投資倍増という目標達成」は間違いなく不可能です。

 もっと思い切って大胆な改革に踏み切るという覚悟なくして、来年の日本経済見通しはそれ程明るいものとなり得ないでしょう。

 上記したように外的な不安定要因は様々ありますが、結局のところ成長政策というものにおいて、どれだけ大鉈を振るうことが出来るかに全て掛かっているのだと思います。5%の消費税率引き上げを実施しようとしている中、十二分な政策対応がなければマーケットは直ぐに売りに掛かります。安倍内閣には是非その覚悟で成長戦略に取り組んでいただきたいと思う次第です。

P R O F I L E
北尾吉孝(きたお・よしたか)
1951年兵庫県生まれ。74 年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78 年英国ケンブリッジ大学経済学部卒。87 年第二事業法人部次長。91年野村企業情報取締役(兼務)。92年野村證券事業法人三部長。95 年ソフトバンク入社、常務取締役管理本部長に就任。99 年ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、SBIホールデイングス代表取締役 執行役員社長。

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