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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第22回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

トップには謎めいた“エニグマティック・アイ”が必要

(企業家倶楽部2014年6月号掲載)

プーチン大統領vsオバマ大統領

 ウクライナやクリミアの問題をめぐって、このところプーチン大統領の顔がテレビに映し出される機会が多くなっています。

 日米欧の常識から考えると、とんでもない暴挙に見えるクリミアの編入ですが、プーチン大統領の目つきを見ていて、ふと感じるパワーがあります。恐らく私以外に多くの人々も感じていることと思いますが、彼の見つめ方はどうも、自分の考えを隠す「ポーカーフェイス」のような意図的な意味がありそうで「何を考えているかわからない」「とんでもない威力がありそうだ」「絶対譲らない意を持っている」といったメッセージを発信しています。

 そして、見る者の心を射抜ような謎めいた眼光があります。これをひと言で言えば、「エニグマティック・アイ」です。「enigmatic」は「謎」を意味します。モナリザの絵を思い出してください。見る者に対し斜めに構え、目線は日本流で言えば、「流し目」のような方向です。口元は軽く笑っていますが、その目はまったく笑っていない。口元の微笑と頬の筋肉の収縮だけに注目すると、少しの「余裕」と少しの「ゆとり」を感じさせます。これが「アーカイック・スマイル(archaicsm i le)」とか「オリエンタル・スマイル(oriental smile)」と呼ばれる「謎めいた微笑」です。

 演説やスピーチにおけるトップの目の使い方の重要性については、本連載で度々お伝えしてきました。広い会場での視線のデリバリー、2者間の対話中での1分間あたり32秒(53%)以上のアイコンタクトの重要性など、これらはいずれも「相手に自分の意志をはっきり伝える」ための目の使い方でした。

 目については、両目の外側のラインと、鼻の長さの2分の1を結んだ「扁平二等辺三角形」の中に視線を向けていれば、瞳をじっと見つめなくても、相手とのアイコンタクトは成立しています。

 プーチン大統領はこの逆で、意思を読み取らせないための目、謎を残して脅しをかける目なのです。当然、記者会見でも質問者の目をまっすぐ見たりはしません。そのため、「プーチン氏は何を考えているのか」と見ている人は気になります。彼の立場としては、EUやアメリカの非難に対してもびくともせず、自分のやっていることが正しいのだと主張しなくてはなりません。そのためには、明るくまっすぐな目で相手を見つめるというよりも、多少謎めかせて「自分は手強い人間なのだ」ということを、目つきでも示す必要があるのです。

 一方、支持率の下がっているオバマ大統領は、自説をはっきり強くわかりやすく主張するために、聞き手の顔をまっすぐ見て、長時間のアイコンタクトを保っています。説得のためには、正面から強く相手を見る必要があるからです。

 しかし、意思が見え見えであるがゆえに、謎めいた印象を残すことはできません。不快感も含め、「こいつは只者ではない」という手強さでは、プーチン大統領の目つきのほうが、オバマ大統領よりも上ということになります。

変貌甚だしい安倍晋三首相のプレゼンの目つき

 アイコンタクトは、次の表の3点で構成されます。これを元にいえば、視線の方向性は相手と正対せず、見つめる長さは短くして視線をそらし、目の上の筋肉のハリだけを強くすると、謎めいた不思議な目つきになります。時には、チラリと盗み見たようにも、流し目のようにも見えます。視線は正面に向けず、斜め横、前方に向け、考えを目に表さず、ポーカーフェイスで口元だけ少し微笑む。こんなトップの目つきを見ると、人はゾッとしたり、なんだか目で脅しをかけられているような圧迫感を覚えます。

 ここで、安倍晋三首相の例を見ていきましょう。平成18年の第1次内閣時では、安倍首相のアイコンタクト時間は短く、所信表明演説中の視線の方向に偏りがあって、会場全体を見回すことができていませんでした。

 ところが、現在はまったくの別人のようなアイコンタクトの強さです。TPPや経済政策で自説を主張する時には、相手の目やテレビカメラをまっすぐ見つめ、強い口調でガンガン言うのです。一方、憲法改正や特定秘密保護法案など微妙な問題となると、相手から目線を外した状態で、かつ目つきをいっさい変えずに話しています。これぞポーカーフェイスとエニグマティック・アイの両使いです。

 まっすぐに相手の目を見つめて、自分の意見を言うだけでは、単純すぎて凄みが出ません。このように、真のリーダーは意外にも「すべてを目に出さない」工夫も必要だということがわかります。

坂上忍氏のまだら模様の目つき

 先日テレビ局からの依頼で、俳優でタレントの坂上忍氏が出ているバラエティ番組を観て、彼の目の動きを徹底的に分析することになりました。彼は、悪ぶったイメージを売りにしているため、例えば「自分は女性と歩いても、買い物袋は絶対に1つも持たない。4個以上だったら1つ持ってやる」というわけです。「特に女性に優しくする必要がない」などと言ってのけて、今まさにブーム到来の40代です。この坂上氏の目の変化が実におもしろいのです。

 正面ではなく斜めから目線を送り、「そんなくだらないことを俺に聞くなよ」「歳とった女とはつき合わないから構うもんか」などと毒舌を吐きながら悪ぶった目つきだったのが、よく見てみると、ふと目尻が下がってにこやかな目になり、口元も微笑んでいます。悪態をついている時とはまったく別人の「良い人」が現れます。この変貌ぶりがおもしろいのです。この二面性、「まだら模様」に、人々は思わず惹かれてしまうのでしょう。彼の目の使い方は、まさに変幻自在なのです。

 トップの話はわかりやすくなければなりません。そのためには、相手の目をまっすぐ見て説得することが必要です。広い会場なら、まんべんなく視線を届けることが欠かせません。

 しかし、時によって「君たちよりも自分はもっと奥の手がある。すべてを問うてくれるな。私に任せなさい」といった大物ぶりを発揮するためには、そのすべてを目で示してしまってはだめです。むしろ、わかりにくい部分、時々斜めに視線を落としたり、下から相手の顔をにらみ上げたりして、「きっと奥の深い、何か特別な極意があるのだ」と思わせる目の使い方も必要です。

 ベア交渉、合併話など開けっ広げにはいかない場面では、トップにはすべてをクリアに見せる時と、見せない時の使い分けが肝心です。

Profile 佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『プレジデント』はじめ連載9誌、著書170 冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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