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【世相を斬る!】SBIホールディングス 代表取締役執行役員社長 北尾吉孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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第三の矢を成功に導くには

(企業家倶楽部2014年4月号掲載)

 今回のテーマにつきまして、今後の日本経済の持続的成長の鍵は「アベノミクス第三の矢」、具体的には、「1.企業の活力を引き出す法人税改革」、「2.新産業育成のための制度作り」、「3.TPPを機にした農業改革」、「4.オリンピック開催を背景とした観光立国」、「5.ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF:対外資産を主な投資対象とする政府が直接的・間接的に運営するファンド)の創設」という5つが重要になると考えます。

企業の活力を引き出す法人税改革

 「1.企業の活力を引き出す法人税改革」につきまして、私は此の法人税改革こそが「アベノミクス」の「第三の矢」と言われる成長戦略の中でも、第一の柱になって行かねばならないものだと認識しています。法人所得課税の実効税率は現在35・6%となっておりますが、この数字は他国と比べて高くなっております。(図- 1)グローバル化の時代、一国だけが高い法人実効税率を維持できるほど世の中は甘くないのは言うまでもなく、之が国際競争力の低下に結び付くことに繋がって行き、地方経済は空洞化してしまうことになるでしょう。

 従って私は基本的には法人税率の引き下げについては賛成ですが、経済財政諮問会議や日本経済再生本部といった経済政策の関連会議において、今漸く税制改正の議論が前に進み出した模様です。安倍首相も1月のダボス会議で法人税改革に着手することを表明し、いわば国際的な公約として宣言されたということでしょう。では此の法人税減税を実施するとした場合、どのようにしてその財源を確保すべきでしょうか。私はやはり課税ベースの拡大によって確保すべきだと考えます。より具体的には租税特別措置、特定の企業行動について課税を軽減・免除している特別措置、の抜本的な整理縮小があげられます。今一度租税特別措置を徹底的に見直して行き、そしてその中でタックスベース拡大による税収増を図ると同時に、一方で本格的な法人税改革を実現することが重要であると考えます。

新産業育成のための制度作り

 「2.新産業育成のための制度作り」につきまして、日本のベンチャーキャピタル投資額対GDP比は先進国の中で低水準に留まっており、制度改革を通じた新産業育成の活性化が求められます。そしてそれは、税制・公的資金・国家戦略特区といった面から為されねばなりません。

 これに関して最近ベンチャー投資促進税制の制定やクラウドファンディングの利用促進等、ベンチャー企業投資が後押しされる取り組みが続いております。ただ、公的資金を通じた活性化については、ベンチャー企業育成において公的資金が積極活用されている韓国のように、所謂「ベンチャー企業」を創成すべく国や地方がベンチャーキャピタルに成長資金を注ぎ込みサポートして行く、というメカニズムを一刻も早く具現化せねばなりません。さらに今後はより踏み込んだ規制緩和によって、国家戦略特別区に世界中の有力ベンチャーを呼び込むという方策も考えられます。

TPPを機にした農業改革

 「3 . TPPを機にした農業改革」ということでは、他産業と比して著しく生産性が低い農業について、生産性を高める上で規制緩和を推進することが有意なのだと考えます。そういう意味ではTPPを一刻も早く決着させ、そしてそれを農業分野等の生産性向上に結び付けて行くことが大事なのです。

 此の農業とTPPということについては、まず農地法を大幅に見直し、抜本的改正に踏み切るというところからスタートすべきだと思います。そしてその上で農業の株式会社化や、加工食品輸出の拡大などによって農業を活性化させると共に、生産性を高めていく必要があると考えます。

オリンピック開催を背景とした観光立国

 「4 . オリンピック開催を背景とした観光立国」に関しては、2013年の訪日観光客数は政府目標の年間1000万人を突破したものと思われますが、政府が成長戦略の中で掲げる中長期目標「訪日客数を東京五輪のある20年ごろに年2000万人、30年に3000万人に増やす」というところからは大きく乖離した状況です。(図- 2)

 観光産業振興のための対策としては、観光ビザの取得を容易にする、出入国者数の大幅増加に備え入管や税関の体制整備をする、様々な言語の通訳を養成する、一定のグローバル・スタンダードに準拠した公的な宿泊施設を整備する、等々が考えられます。また、地方自治体も観光客の地方経済に対するインパクトを十分に認識し、スキー施設や温泉などの観光資源の開発、地域の食材を使った料理の工夫等々、地域住民あげて行うべきでしょう。

 その上で中期目標を達成するためには、アジア各国で急増する中間層を取り込む必要があります。特に中国の中間層は2020年までに9億2000万人、富裕層(世帯年間可処分所得が3万5000ドル以上の所得層)が、1億8000万人になる見込みで、日本の総人口より多くなると思われます。その中国人を如何にして取り込んでいくかというと、中国人は政府が本土からマカオへの渡航規制を掛ける程昔から無類のギャンブル好きですので、カジノは中間層の取り込みに大きく寄与すると思われます。そして同様に中国人からの人気がある北海道でのウィンタースポーツと組み合わせることにより、北海道は多くの中国人観光客を呼び込める他、当該地域が現在抱える過疎地の問題等々を解決する一つの方策となるのではないかとも思います。

ソブリン・ウェルス・ファンドの創設

 「5.ソブリン・ウェルス・ファンドの創設」ということでは、まず貿易収支の巨額赤字が定着し、経常収支が赤字になっているという日本の現状を押さえておく必要があります。(図- 3)その中で今後日本は所得収支を如何に増やして行くかということを真剣に考えねばならないわけですが、その方策の一つとしてSWF創設があります。これまで日本が溜め込んできた巨額の外貨準備高を使って投資をして行き、その結果として金利や配当あるいはキャピタルゲインを得て行くというのも、所得収支の黒字幅を拡大する上でプラスになることの一つだと考えます。

 SWF創設に当たって、相手先の選別とファンド運用開始後のモニタリングが重要になることは言うまでもありませんが、仮に運用する者がいないというのであれば、米国人をCIOに雇って運用体制を整えれば良いだけのことで、ある程度のお金を支払えば出来ないことはないと思います。実際に私が訪問した韓国や中東アブダビのSWFではそのような体制を敷いており、これまた他国を見習って一刻も早く創設すべきだと思う次第です。

国家戦略特区の活用がポイントに

 以上長々と述べてきましたが、これら三本目の矢が折れて行くというような状況にでもなれば、異次元緩和の後遺症ばかりが出てき、近い将来日本経済は大変な副作用に悩まされることになりましょう。その一方で昨年と同じように今後策定される此の新成長戦略を骨抜きにしようと、あらゆる分野に蔓延る抵抗勢力が彼方此方から出てきて、旧態依然とした既得権益を守るべく必死に抵抗してくるであろうことが懸念されます。

 その抵抗に対して、規制改革を国家戦略特区で取り敢えず始めて行くということが一つの考え方になり、此の特区を活用して行くということは、改革に抵抗する勢力をある意味少し弱体化させる上でも非常に有効だと私は考えます。

 第1回国家戦略特別区域諮問会議にて、有識者議員の一人である竹中平蔵・慶大教授は特区と同会議の運営原則についてスピード重視、特区間の競争促進、中期の展望と短期の目標を明確にすること、という3点を挙げておられましたが、私も全くその通りだと思っています。

 何れにしても今後この特区を如何に活用して行くかが、日本経済の行方を左右する上で非常に大事なポイントになるものと認識しています。

P R O F I L E
北尾吉孝(きたお・よしたか)
1951年兵庫県生まれ。74 年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78 年英国ケンブリッジ大学経済学部卒。87 年第二事業法人部次長。91年野村企業情報取締役(兼務)。92年野村證券事業法人三部長。95 年ソフトバンク入社、常務取締役管理本部長に就任。99 年ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、SBIホールデイングス代表取締役 執行役員社長。

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