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【緑の地平vol.24】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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米風力発電事情巨大な潜在能力に脱帽

(企業家倶楽部2015年6月号掲載)

サンフランシスコ郊外の風力発電集積地を訪問

 先日、サンフランシスコに出張した際、郊外にある風力発電の集積地へ視察をかねてドライブした。サンフランシスコ市から南東方向に1時間ほど走ると、テハチャピ山地に着く。ハイウエイ580号沿いのアルタモントパスには幾重にも丘がつらなり、丘の峰々に風力発電が林立しているのが見える。この一帯は14年末現在、世界最大の発電容量を持つ「アルタウインドエナジーセンター」で、合計の発電容量は1320MW(メガワット)、平均的な原発1基分に相当する。

 2010年秋から12年初めにかけて設置された最新の風力発電で、最初に1.5MWの発電機100基を設置したのに続いて、3MWの発電機が約400基設置されていた。

 実は07年夏にも同地を訪れたことがある。その時見たのは1970~80年代にかけて最初にアメリカで設置された風力発電の集積地だった。1万基はあると説明されたが、発電容量は300KW(キロワット)程度の小型のものばかりだった。当時は最先端の風力発電だったのだろうが、2、30年の歳月が過ぎており、見た目も古くさく、しかもその3割近くの風車は羽が折れ、故障で動かず、「巨大な風車の墓場」といったイメージが強かった。その頃、後発の日本では1MWを超す大型風車が各地で建設されていたため、同地の風車の老朽化が特に印象に残っていた。

 今回訪れたアルタウインドセンターは老朽化した風力発電の集積地とは別の隣接した丘陵に新しく設置した最新型風力発電だった。アメリカは日本と違って風力発電の適地が多く、古くなった場所にリプレイスするのではなく、新しい場所に短期間に巨大な集合型の風力発電所がつくれる。広大な丘陵地帯に民家はなく、騒音被害なども気にする必要がない。野鳥類は渡り鳥保護条約法やハクトウワシ・イヌワシ保護法などで守られているため、環境アセスメントも比較的簡単だ。適地はその周辺地帯に無限といえるほどあり、「さすがアメリカ」と脱帽せざるをえなかった。

2050年までに風力で電力供給の35%を賄う
 14年初めの段階で、アメリカの風力発電は、発電能力(設備容量)で中国についで世界第2位、合衆国の電力供給能力の4.5%を占めている。米エネルギー省はこの比率を30年に20%(このうち洋上が2%)、50年に35%(同7%)に引き上げる計画で、その実現に向けて着々と準備を進めている。

 温暖化対策に熱心なオバマ米大統領は、昨年11月北京で開かれたアジア太平洋経済協力会議で中国の習近平国家主席と会談した際、「25年までに05年比で温室効果ガス(GHG)を26-28%削減する」と発表した。さらに米政府は50年には80%削減という野心的な目標を掲げているが、その切り札が風力発電であることは言うまでもない。 

 米国内の風力の発電容量を州ごとに見ると、1位がテキサス州(12.4GW=ギガワット)、2位がカリフォルニア州(5.8GW)、3位アイオア(5.2GW)の順になっており、中西部に適地が多い。

東部海岸では洋上風力発電に重点

 一方、マサチューセッツ、ロードアイランド、ニュージャージーなど米東部の沿岸地域の各州ではこの数年洋上風力発電の開発に積極的に取り組みはじめている。大西洋に面した東海岸の沖合には強く、変動の少ない風が吹く適地が多い。それにも関わらず、2012年現在、アメリカには本格的な洋上風力発電は存在しなかった。洋上風力の9割以上はドイツ、デンマーク、イギリスなどの欧州にある。陸地に適地が多く、わざわざ、建設コストが高い洋上風力発電に進出する必要はあるまいとの判断が働いて出遅れてしまったようだ。

 ここにきてアメリカが洋上風力発電に積極的に取り組むようになった背景には、地球温暖化対策のためGHGの大幅な排出削減がグローバルベースで求められていること、東部沿岸地域は港や造船所などの衰退で沈滞しているため、発電機の製造や設置、メンテなどの新産業を導入し、地域の活性化につなげたいなどの理由が指摘されている。

 先ほど触れた米エネルギー省の総発電容量に占める風力発電の中の洋上発電の割合は、今のところまだゼロだが、20年20%のうち2%、50年35%の7%が洋上になっていることを見れば米政府の洋上発電にかける意気込みが伝わってくるだろう。

経済活動20兆円新規雇用4万3千人の創出効果

 洋上風力発電が軌道に乗った場合の経済効果は大きい。米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の報告書によると、東部海岸沿いの26州の沿岸沖合には豊富な風力資源が存在していること、発電機およびそれに関連した多様な製造業、建設、工学、運営、メンテナンスなどの事業が動き出せば金額ベースで20兆円相当のビジネスが生まれ、約4万3千人の高級技術者に恒久的な仕事を与えることができると指摘している。

 各州ベースでもすでに様々な取り組みがはじまっている。マサチューセッツ州ではケープコッド沖に468MW級の集合型風力発電計画を進めている。ロードアイランド州は、2020年までに同州が使う電力の15%を洋上風力で賄う目標を立てている。大西洋上のブロック島沖に最終的には385MWの発電容量を確保するため、発電機100基の設置をめざしている。

 洋上風力発電については、一部の地元住民から海洋生態系や漁業に悪影響を与える、マリンレクエーション(釣りや遊覧船観光など)を損なうなどの批判も起こっている。しかし沈滞した地域の再生に洋上風力発電設置への期待は地域住民の間では大きく、批判に対しては環境アセスメントの実施などで対処していく方針のようだ。数年後にはアメリカ最初の洋上風力発電が登場することになりそうだ。

 海陸合わせ巨大な風力資源に恵まれているアメリカでは、その気になれば50年にGHG80%削減も、不可能ではないように思えてくる。それどころか火力発電を支えている石炭産業や石油産業が反対しなければ、100%削減も夢ではない。風力や太陽光など豊富な自然エネルギーに恵まれた米国が本気でGHGの排出削減に乗り出せば、その成果は短期間に現れてくるだろう。

 GHGの大幅削減のためには「原発の稼働が欠かせない」などとみみっちい議論をしている日本から見るとなんともうらやましい限りだ。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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