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【エンジェル鎌田’s Eye】TomyK Ltd.代表 鎌田富久 × ThinkCyte 代表取締役 勝田和一郎

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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細胞の分類で医療分野に革新をもたらす

細胞の分類で医療分野に革新をもたらす

(企業家倶楽部2018年10月号掲載)

ACCESS 創業者で現在エンジェル投資家の鎌田富久氏が、投資先企業の経営者と対談する「エンジェル鎌田’s Eye」。今回は、高速で細胞を分類し、それを物理的に採り出す装置を開発しているThinkCyte 代表の勝田和一郎氏をゲストに迎えた。細胞の分類による社会貢献、現状の課題、起業のきっかけ、未来展望といった多岐に渡る話題に花が咲いた。

細胞を高速かつ精確に分類

鎌田 まずは御社の事業内容についてご説明いただけますか。

勝田 弊社は、細胞を高速で分類し、その細胞を採り出す装置を開発しています。この装置では従来の細胞の分類方法と比較して、より細かい分類ができるようになりました。

鎌田 どのような装置なのでしょうか。

勝田 顕微鏡で細胞を観察する時、細胞一つひとつの形を目視するので情報量は多いですが、スピードは非常に遅いですよね。これをスピーディーに分類できるようになったのが、50年ほど前に登場したフローサイトメーターです。ただ、この装置では細胞の形状や、レーザーを当てた際に光る部位といった情報が失われていました。つまりスピード重視だと、取れる情報が少ないのです。そこで私たちは、顕微鏡とフローサイトメーターの良いところを併せ持った技術を開発しました。

鎌田 フローサイトメーターでもレーザーを当てて分類していましたが、細胞のどこがどうして、どのように光ったのか分からなかったわけですね。それによって、どのような弊害があったのでしょうか。

勝田 例えば、すい臓がんと乳がんの細胞にフローサイトメーターを使うと、それぞれの光る強さが同じくらいなので、両方同じ分類となってしまって識別できません。これを分類できるのが、私たちの装置です。

鎌田 御社の装置では、何を基準に分類しているのですか。勝田 形状です。機械学習によってコンピュータに細胞を覚えさせ、学習経験を元に分類します。少し難しい話ですが、私たちは二次元で得た細胞の形状情報を一次元の波形に変換しています。人間の目で見ても、その波形の違いは分かりませんが、コンピュータが判別するには十分な情報なのです。

装置の用途は無限に広がる

鎌田 細胞を判別できることで、何が可能となるのでしょうか。
勝田 肺がんに罹った際、血液中にもがん細胞は流れ出すのですが、細胞量が肺に比べて少ないため、血液からはがんを発見することがなかなか出来ませんでした。ただ、がん細胞は特徴的な形をしており、形をベースに見分ける弊社装置ならば、高い確率で見分けることができます。

鎌田 この装置は用途に応じて様々な使い方があるのですか。

勝田 これによって、がん細胞や新しい細胞を発見できるようになります。例えば、iPS細胞は皮膚から細胞をとって、幹細胞の状態に戻します。細胞を一度初期化して、その後また分化させるわけですね。それを患者さんに投与する時、そこにはがん化する可能性のある悪い細胞や死んだ細胞が混じっていることがあるのです。これまでは、そのような細胞を選り分ける技術がありませんでした。これに私たちの装置が使えるのではないかと考えています。

鎌田 現状では装置の販売というメーカー寄りの事業をメインとされていますが、こうしたことができるのであれば、血液だけでがんの早期発見をするようなサービス寄りの事業に打って出ることも可能ですね。

勝田 その通りです。この装置には、再生医療、がん細胞の検出、白血病のような難病の早期発見、新しい薬の発見など、ありとあらゆる可能性が詰まっています。

鎌田 汎用性があまりにも広く、どこにフォーカスしていくのか悩ましいですね。血液に染み出しているがん細胞を発見できるということは、血液検査の際、半ば自動的にがんを発見することができるようになるのでしょうか。

勝田 長期的にはそのようにしたいと考えています。細胞を分類して採ることで、個別化医療にも繋がるでしょう。がん治療の現場では、抗がん剤を投与しても効かず、副作用が出るばかりという患者さんもいます。そうした方には「この薬が効きやすい」というような組合せがあるのですが、がん細胞を採取し、DNAなどの分子情報が分かれば、そうした最適な抗がん剤を提供することができるようになるはずです。

鎌田 血液検査による早期診断で、患者さんに負担の少ない、正しい治療に繋げられるところも御社の大きな社会貢献ですね。

世界的科学雑誌に論文掲載

鎌田 2018年6月号の科学雑誌「サイエンス」に御社の論文が掲載されましたが、その後の反響はいかがですか。

勝田 ありがたいことにアメリカや中国、シンガポールから沢山の問い合わせをいただいております。サイエンスに掲載されたことで、確実に知名度が上がりました。

鎌田 研究レベルの高さを証明出来ましたね。掲載に至るまでに、苦労されたことはありましたか。

勝田 掲載までに時間がかかってしまったことです。最初のレビューで、サイエンス側から研究の実証が必要不可欠との指示を受け、その条件を満たすのに1年半を要しました。ただ、せっかく載せるのであれば、やはり世界一と謳われるサイエンスが良かったですし、自信もありました。

鎌田 サイエンス以外の雑誌に掲載する手もあったのでしょうが、そうするとサイエンスに載るという選択肢を失うことにもなりますからね。

勝田 おっしゃる通りです。鎌田さんのように、私たちの研究レベルの高さを理解してくれる方ばかりなら良いのですが、投資家の方にとっては論文掲載こそ私たちのレベルを証明する一番の材料でしたので、それまで耐えられるのかという葛藤がありました。

 非常に苦労しましたが、大きな目標を達成できたので良かったです。また、投資家の方々からは「サイエンスに載ったということは、技術面は大丈夫ですね」と認めていただけるようになりました。

鎌田 サイエンスへの掲載は大きなプロモーションにも繋がりますね。しかも、御社の手掛けられているような分野での掲載となると、なかなか珍しいので注目度も高い。本当に素晴らしいことです。

紆余曲折の上で起業

鎌田 勝田さん、共同創業者の太田禎生さんと出会ったのは、2016年2月頃でした。東京大学の隅にある小さな部屋で装置のプロトタイプを作っていて、とても驚きました。

勝田 当時は論文も出ていない状況ながら、応援していただきました。

鎌田 あのように狭いところからスタートして頑張っておられ、勝田さんと太田さんのお二人からは凄まじいやる気と情熱が伝わってきました。もし御社の装置が実用化できれば、最終的には難病の早期発見や予防医療に繋がります。そのような未来が是非実現してほしいと純粋に感じ、わくわくするような気持ちになったのを覚えています。

勝田 10年後には、私たちの装置が様々な研究機関や医療現場に配備されるようになると、信じています。

鎌田 勝田さんは元々東大法学部の出身だそうですね。現在の事業領域とはかけ離れているように感じますが、なぜこのような研究をするに至ったのですか。

勝田 東大法学部と言えば、官僚や法曹の道に進む人が多いのですが、自分はそのような道が向いていないと入学後に気付きました。大学卒業後、やり甲斐と好奇心を感じてバイオベンチャーに入社し、その後経営コンサルティング会社、ビジネススクールで経営について学びました。そんな時、大学の後輩である太田に「今の研究を研究のまま終わらせたくない。ビジネス化するにはどうしたらいいか」と相談を受けました。そして一緒に起業することとなったのです。現在は彼が研究、私が経営を担当しています。

鎌田 必ずしも順風満帆というわけではなかったのですね。

目指すは日常生活への普及

鎌田 実用化後はどれほどの市場規模を想定していますか。

勝田 この装置を単体で売ろうとすると、1台5000万~6000万円程度になると想定していますので、数百台単位で売れれば100億や200億円は目指せるのではないかと考えています。更に新薬の開発といった別の分野にまで進出すると、数兆円という規模は目指せるのではないでしょうか。

鎌田 用途が広がれば広がるほど、市場規模も大きくなりますからね。細胞の振り分けという御社のコア技術は、iPS細胞やゲノム編集とも相性が良いので、これらの分野にもビジネスを広げられそうですね。

勝田 はい、様々な分野で活用できると考えています。ただ、一手に多くの分野に広げると、装置のメンテナンスが大変になるだろうと懸念しているのが現状です。

鎌田 様々な分野に広げていくためには、どこかでアクセルを踏む必要があると思いますが、そのタイミングは難しいですね。各業界の企業とも連携しながら解決していかなければならない。装置を売ると同時に、サービスとして提供する方向性も両立させた方が良いかもしれません。

勝田 それについても真剣に考えています。装置は、少なくとも最初は、世界トップレベルの研究機関等にしか設置しないつもりです。そのような研究機関が、研究の際にこの装置を使用して輝かしい成果を出してくれるのではないでしょうか。それがまた良いプロモーションになります。

鎌田 確かにそうですね。競合他社はあるのでしょうか。

勝田 技術としては違うのですが、細胞の分類を手掛ける企業であれば2~3社あります。ただ、分類した細胞を物理的に採る技術を実現しているのは私たちだけですから、技術的には優位性があると感じています。

鎌田 最後に今後の目標を伺えますか。

勝田 装置の販売以外にも、新しい可能性を模索している段階です。将来的には、この装置や技術が、形を変えて生活の様々なところに入っていくでしょう。装置の販売に加え、ソフトウェアサービスを提供することも考えております。実際にこの機械自体を使用する方は限られますが、装置を使っていると意識することなく、実は人々の生活に浸透している。そんなサービスを目指していきたいです。

鎌田 国内だけに限らず、世界を目指して一直線に頑張ってほしいです。

勝田和一郎(かつだ・わいちろう)

1983 年、福岡県生まれ。東京大学法学部卒、INSEAD 経営大学院経営学(MBA)修士。医療機器・医薬品開発を行うバイオベンチャー企業にて経営企画・事業開発を経験後、経営コンサルティング企業にてヘルスケア関連企業へのコンサルティングに従事。2016年に東大で研究者をしていた太田禎生らとともに、シンクサイト株式会社を共同創業。

鎌田富久(かまだ・とみひさ)

1961年、愛知県生まれ。東京大学大学院の理学系研究科にて情報科学博士課程を修了。理学博士。1984年、東京大学の学生時代に、情報家電・携帯電話向けソフトウェアを手がけるベンチャー企業ACCESSを荒川亨氏と共同で創業。iモードなどのモバイルインターネットの技術革新を牽引する。2001年、東証マザーズ上場を果たし、グローバルに積極的に事業を展開した。2011 年に退任すると、2012 年4 月より、これまでの経験を活かし、TomyK Ltd. にて革新技術で日本を元気にするベンチャー支援の活動を開始した。

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