MAGAZINE マガジン

【編集長インタビュー】アイリスオーヤマ 会長 大山健太郎

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ユーザーインの体現者

ユーザーインの体現者

(企業家倶楽部2020年4月号掲載)

海外メーカーとの勝負に敗れ斜陽産業と言われる日本の家電業界で快進撃を続けるアイリスグループ。「生活者の不満や不便を解決するモノづくりをしていけば、まだまだ成長余力はある」と大山健太郎会長は意に介さない。消費者目線に立った商品開発力は他社の追随を許さない。逆境がある毎に事業拡大のチャンスに変えてきた稀有な企業家に迫る。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

消費者目線の商品開発

問 アイリスオーヤマといえば代名詞ともなりました半透明の「クリア収納ケース」が有名ですね。ホームセンターで扱われている園芸やペット用品などの生活雑貨から、今ではLED照明、ふとん乾燥機や炊飯器、家電にも進出しています。

 いくつものヒット商品を抱えているのにも関わらず、毎年新商品をどんどん開発していますね。売上げに占める新商品の比率が60%以上ということですが、それはなぜですか。

大山 我々の目線から見ると生活の中にはまだまだ「不満」や「不便」、「不足」することがあります。アイリスオーヤマの商品開発は、既存メーカーのモノづくりである「プロダクトアウト」や「マーケットイン」と違って「ユーザーイン」の発想で作っています。

 家電に関していうと、2012年頃に大手家電メーカーが海外勢に負けて大規模なリストラをされました。日本のエンジニアは優秀なので彼らの技術力とアイリスのノウハウを融合させたらいい商品が作れますので、家電事業に注力しました。

 新商品を開発するというのは会社の一つの大きな方針ですが、お客様に喜んでもらえる商品がまだまだ揃えられると思っています。

問 最近ではテレビコマーシャルもよく見かけるようになりました。

大山 売上げに対する広告予算の比率を組んでいますので、特別に多くしている訳ではありません。どれだけ新商品を作っても最終的に消費者に認知して頂かないと売れません。ユーザーインであればあるほど、コマーシャルは重要となってきます。

問 大山会長はよく「ユーザーイン」という表現を使われますが、「マーケットイン」とはどのように違うのでしょうか。

大山 マーケットとはすなわち市場ですから、仕入れて売るということです。しかし、我々はそのマーケットに買いに来るエンドユーザーに焦点を当てています。

 一般的にほとんどのマーケティングはまさにマーケットインなのです。つまり市場のニーズに合わせて競合がどうなっているかを見ています。どこもそういう品ぞろえになっていますね。商品価格も他社が10万円であればうちも10万円で売ろうとなる訳です。

 ところがアイリスは他社がどうであるかはこだわらない。20万円の洗濯機もありますが、アイリスは10万円の値段を付けます。生活者を見ずに、競合を見るマーケットインの発想で値段をつけると20万円になります。ユーザーインの発想は、あくまでエンドユーザーの視点で考えます。消費者として何を望んでいるかが重要で、他社がどうであるかは気にしません。

問 なるほど「ユーザーイン」と「マーケットイン」は全然違う発想なのですね。競合との戦いではなく、あくまで消費者目線で商品開発をされていることがよく分かりました。

 大山会長は、さらに「ストーリー」のある商品開発が重要だと仰っていますね。

大山 商品一つひとつが単発ではありません。人々の生活シーンを考えた中で商品を開発しています。ということはストーリー性が出てこないといけません。作りたいからとあれもこれもとつまみ食いでは商品は生まれません。

 ほとんどの家電製品は機能的にはもう充実しています。その上で家庭の中の不便とは何だろうかと考えると、音声でテレビや照明のスイッチを切り替えたり、あるいはサーキュレーターを動かせると便利になるなと考えます。生活をより便利に快適にできたらという発想が、まさしくストーリーがあるということです。

値ごろ感がポイント

問 御社の商品は生活のシーンを反映したものなのですね。「見える収納」を定着させたのも大山会長が寒い日に釣りに行こうとして、冬服を探すという苦労から生まれたアイデアと伺いました。

大山 はい、不満や不便を解消し、快適で満足できる生活をしてほしいと思っています。

問 毎週月曜日に開催されている「新商品開発会議」を拝見させていただきましたが、今日一日だけでも70商品ほどありました。担当者の発表のどこにポイントを置かれているのでしょうか。

大山 2年前に社長を交代したので、今は一番後ろの席でアドバイスをしているだけです。私が以前から言っていたのは、消費者の皆様は、原価はいくら掛かっているかは分かりません。企業がいくら儲けているかも分からない。

「この価格なら欲しい」といった値ごろ感を見ています。決して他社より安いかどうかが値ごろ感ではありません。

問 日本の家電メーカーは競合との戦いで機能ばかり多機能で高額な商品が多くなっています。携帯電話もオーバースペックに陥り、結局海外のメーカーに勝てませんでしたね。アイリスの商品が支持される理由はどこにあるとお考えでしょうか。

大山 例えば洗濯機ですが、昔は5万円程でした。今は20万とか30万円します。はっきり申し上げて、下着を洗うだけですよ。我々は3分の1の価格で世に出せます。日本はこの30年間、所得はほとんど増えずに家電価格だけが上がっています。世界から見たら日本だけです。これを「ガラパゴス」というのです。

 生活の中で必要なものは足して、無駄なものは取ろうということです。消費者がモノを買うときの一番の判断材料は「用途・機能」です。そして、次に「価格」です。納得する価格でないと買いません。我々は単に安売りしているメーカーではありません。世界と比べて日本だけ特殊ということはありません。世界一所得が高ければいいのですが、格差が広がり、一世帯の人数も一人か二人が増えている中で誰がそんなに高価な家電を買うのでしょうか。

 いかに今まで消費者を見ずに作っていたか。メーカーは高く売りたい。お店も高く売りたい、それは分かります。しかし、それが原因で客離れしてしまうのです。

 アイリス信奉者は、一度買って、使ってみて安心するとまた買ってくれます。要するにコストパフォーマンスが高いかどうかが、消費者が購入する際には重要な判断材料なのです。

逆境をチャンスに

問 大山会長は19歳で家業を継いだそうですね。現在、グループ総売上高は5000億円になるまで成長させてきました。色々とご苦労があったかと存じますが、転機となった出来事は何でしょうか。

大山 一番大きな転機は1973年に起こったオイルショックでしょう。業態転換をしました。我々は製造業ですからプロダクトアウトでずっと経営してきました。製造業というのは、自社の技術・素材・機械・設備、それにお客様を中心にモノづくりをしてきた訳です。

 それがオイルショックでパラダイムシフトが起こってしまった。それまでの常識では通用しなくなりました。価値観が180度変わってしまったのですから。

 そこで考えたのですが、プロダクトアウトやマーケットインにしても結局は好不況の波にさらされる訳です。しかし、不況だって我々は日に三食は食べます。国産和牛なのか海外産の牛肉なのかは別として食材が違うだけです。

 不況に強い会社というのは好不況に左右されないビジネスをしています。つまりマーケットではなくて最終消費者が重要なのです。生活者の目線に合っていれば、景気が良い悪いにかかわらず一定水準の成長が可能です。そこで生活者の不満を発見し、解決して一歩一歩ですが確実に我々は伸びてきました。

問 オイルショックの際には御社も倒産の危機があったのですか。

大山 まさしくその通りです。当時は大阪と宮城に工場がありました。宮城の方が新しく大きかったので残して、古い大阪の工場を閉鎖し、リストラをしなければならなかった。

 だから二度とリストラはしたくないという想いがあり、家電事業を始めるときに大手メーカーをリストラされた優秀なエンジニアを受け入れました。

問 大手メーカーから採用したエンジニアはどうされていますか。

大山 リストラと言ったらよくないかな、希望退職してきた人を採用しましたら喜んでもらえました。先ほど見学してもらった「開発会議」でも、テレビ会議で東京や大阪の心斎橋にある開発拠点とつないでいます。

 所得がどうとかよりも仕事のやりがいがあるかどうか。前職ではトップの判断までに行くのに関門があり、時間ばかりかかりなかなか商品化できなかったが、当社の場合はアイデアがあればすぐ商品化できます。アイリスは「決定」が速いだけです。

問 本当に月曜日の開発会議で全てを決めてしまうのですか。

大山 社長はじめ関係者が皆いて、オープンにして見ていますから、翌日やり直しはありません。翌週までに改善する。とにかく、年間50回ウィークリーで回しています。

問 開発会議の中で、「ハンドクリーナーのカップが小さいのでは?」という指摘があり、担当者は「他社と比較しても相場ではないか」と回答していました。会長は、「ユーザー目線ではどうなのだろうか?」と提言していましたね。

大山 どうしても技術者というのは自動車で例えるとサイドミラーを見てしまうのです。我々は前を見ないといけません。常に消費者の方を見ていないといい商品は作れませんね。意識するのは、業界ではありません。

日本文化を海外へ

問 欧州のオランダ工場など早くから海外に進出していますが、日本人向けの商品は海外でも売れるのでしょうか。

大山 海外に行くときも「ユーザーイン」の発想で考えます。日本人だけが快適な生活をしたい訳ではありませんね。欧米の方も中国の方も皆さん快適な生活を望んでいます。好き嫌いの好みはありますが、収納ひとつ取っても中身が見えて探す収納があったら便利ではないですか。我々が日本で確立した収納文化がアメリカやヨーロッパでも受け入れられ、世界を変えました。

 アメリカの住宅は日本に比べて広く、「しまう」という側面では不満はありませんでしたが、探す不便がありました。アメリカは室内で靴を脱ぐ習慣がないので下駄箱がありません。しかし、アメリカの女性は服に合わせて靴を50足ほど持っています。今までは紙箱に入れて積んでいましたが中が見えません。アイリスの収納ケースに入れると何が入っているか見えます。24個入りのケースで売れます。

問 「しまう」から「探す」収納とコンセプトを変える提案は画期的でした。生活者の不満や不便を解決し、どこの家庭にも必ず収納ケースがありました。生活シーンを一変させましたね。

 園芸事業を始めた際も「育てる」から「飾る」と視点を変えて大ヒットが生まれました。目の付け所が他社と違うのでしょうか。

大山 消費者目線で考えることはその通りなのですが、そこに「ストーリー」があるかどうかが重要です。単なる思い付きではダメなのです。しっかりと人々の生活の中でストーリーを考えながら、モノづくりをしていきます。

 ペット事業であれば、犬や猫は家族同様です。子供たちが自立し巣立っていくと、残った夫婦は長年連れ添って来ただけに会話がなくてもお互いのことは大体分かってしまう。老夫婦二人だけではコミュニケーションも少なくなっていきます。そこにペットがいるだけで会話が増えるものです。子供と同じように大切に育てる訳です。

永遠に存続する組織

問 現在、注力している事業は何ですか。

大山 食品事業に力を入れています。「簡単・便利・おいしい」をキーワードに精米事業から現代に合わせた提案をしています。いくらおいしくても手間がかかっては大変でしょう。単身赴任の人は炊飯器を買わなくてもいいのです。うちは炊飯器メーカーですが、関係ありません。私は生活者の目線で考えると、朝はパックご飯で充分です。

 お米の鮮度とおいしさを保つ独自の「低温製法」を確立しましたので、多様化するライフスタイルに対応した小分けで便利なパックご飯でお米の消費量を増やし、日本の食生活を変えたいと思っています。

問 「ピンチはビッグチャンス」という本も出されていますね。経営者として心掛けていることは何ですか。

大山 会社は何のためにあるのかと常に自問自答しています。社員があっての会社です。健全な成長を続けることで社会貢献ができます。

 会社の目的は永遠に存続することです。どんなに時代の変化があっても対応できる組織運営を目指しています。いつ想定外のことが起こるか分かりません。ですから、最悪なケースを想定し、悲観的に考えてポジティブに行動しようと心掛けています。

p r o f i l e

大山健太郎(おおやま・けんたろう)

1945年大阪府生まれ。64年、19歳で父親の経営するプラスチック成型品を作る大山ブロー工業所代表者に就任。91年アイリスオーヤマに社名変更。グループ国内工場14カ所。92 年アメリカ、96年中国、98年オランダなどに現地法人を設立し、現地生産、現地販売で事業を展開。地方から世界で展開するグローカル企業に成長させ、現在に至る。2009 年に藍綬褒章受勲、17 年に旭日重光章受勲。18 年7月から代表取締役会長。

一覧を見る