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【編集長インタビュー】バリューマネジメント代表取締役他力野 淳

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

文化体験を通じ観光立国へ

(企業家倶楽部2018年1・2月合併号掲載)

「歴史的に価値あるものを後世に残したい」オーナーや周辺住民、自治体など想いは様々であるが、その目線を一つの高い目標に上げ、古い建造物に新たな価値を与えて蘇らせるプロ集団、それが他力野淳率いるバリューマネジメントである。日本列島は地政学的にも歴史的建造物の宝庫である。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催に向け国内外からの注目が集まる中、同社への期待は大きい。今後の展望について聞いた。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

新たな価値を再生するビジネス

問 他力野代表は大変ユニークなビジネスをされていますね。

他力野 私たちは歴史的建造物の再活用を主力事業としています。今は遊休施設であるけれども価値のあるものを復活させる、施設再生を一貫して手掛けてきました。平たく話すと、経営代行をして、赤字を黒字にするということです。

問 現在、あらゆる産業で構造変化が起きていますが、他力野代表はどのように今の時代を見ていますか。

他力野 私は団塊ジュニア世代ですから、人口でいうと一番ボリュームが大きく伸び切った世代です。これは逆に、その後人口は減っていくわけですから、何もしなければ全て右肩下がりになるということです。

今後は「必要とされてきた時代」から「必要とされない時代」になるでしょう。私たちの業界は建物なので、「空家・空きビル問題」となっているわけですが、人口が2割減になると、建物の2割分も不要になります。では、反対に何が必要か考えなければなりません。全ての建物が等しく2割価値が下がるのではなく、要るものと要らないものが取捨選択されていくはずです。

問 それでは必要とされる条件は何でしょうか。

他力野 国内で考えると人口が減ることによるインパクトは全産業にあります。その中で我々は建物や町並みが事業ドメインになります。そこで必要なものの定義が大きく2つあります。

 1つは町の中核となる施設です。経済の中心で町を発展させる力のある建物かどうか。

 2つ目は文化的な建物であるか。これの最たるものは神社仏閣でしょう。千年単位で続いているわけですから、今後もずっと必要とされていくでしょう。

 日本は木造建築が多いので、建造から100年が一区切りだと思いますが、必要なものはずっと残っています。文化や歴史といった背景を担っているものに着目し、後世に残していこうというのが我々の想いです。

問 篠山にある古民家をリノベーションして宿泊施設にされているようですが、随分と人気があるそうですね。

他力野 文化財や古い施設、歴史的建造物を扱っています。以前から泊まれるところはありましたが、旅館営業の許可が必要でした。最近では、法律が変わってきているので建築基準法の適用除外に基づいて、弊社は行政と一緒になり事業を展開しています。

 歴史的建造物を宿泊施設に変える場合、用途変更になりますので、許可を取り直すことになります。日本は地震の多い国ですから、阪神大震災や東日本大震災があるたびに耐震基準が高められ、どんどん厳しくなっています。耐震基準は、古い建物も新しい建物も関係ありません。一律に設けられますから、大変です。

 中でも宿泊事業はもっとも規制が厳しい。理由は人が24時間滞在するからです。古い建物をそのまま使用する訳には行きません。具体的には不燃の材料を使う、消防施設を完備する、24時間人を配置するといった様々な条件があります。全て条件を満たしていくと、古い建物を使う意味がなくなってしまいます。

 我々は歴史や文化を残すために、価値ある古い建物を活用することを前提にしています。そこで自治体と組んで、法律に則り、条例の枠内で事業を進めています。

問 地方自治体とのコラボも盛んですね。

他力野 春に新しく千葉でオープンするために準備を進めています。自治体にも共通の想いがあり、詳細を詰めながら全て営業許可を取得して運営しています。

 最近、宿泊施設に力を入れているのは、地方の活性化をなんとしてもやり遂げたいからです。これまでは小型の案件は事業としての収益性が足りず、残念ながらお声掛け頂いてもお断りするケースがほとんどでした。営業面積と収益性は比例するので、大型の案件しか引き受けられませんでした。

 日本は木造建築の小さな建物が連なって町並みが作られています。そこで日本の町並みを残そうとすると小さい建物に着手しなければなりません。

 最近になり法律の改正も含めて、エリアをまとめて一帯で営業許可を出してもらえるようになりました。1つずつは収益性が低くとも10個組み合わせれば営業面積が増え、損益分岐を超える。これならば、日本全国で展開出来るようになります。

竹田城 城下町ホテルEN

竹田城 城下町ホテルEN 館内

農泊で地方創生

問 最近はテレビでも地方に焦点を当てた番組が多く、見ていて面白いですよね。農村や漁村で一泊するなど、タイムスリップして疑似体験したいという欲求が高まっているように思えます。

他力野 まさにその通りです。弊社が今度農林水産省と一緒に取り組むのが、農山漁村への滞在型旅行「農泊」。泊まれる場所は少しずつ増えてきましたが、まだまだ事業化して収益が生まれている地域は少なく、篠山の農村エリアや竹田城の集落の方と共に事業を進めようとしています。

 篠山は重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、エリア自体が文化財というイメージです。これは日本中に100箇所以上あるのですが、京都府4箇所、石川県4箇所と同じく、兵庫県にも4箇所ある。そして、そのうちの2箇所がなんと篠山なのです。

問 篠山がいかに特殊な場所か分かります。

他力野 宿場町と農村は繋がっています。昔から、農家が宿場町を兼務して営んでいた地区があるのです。そこも文化財として指定されています。そこで私たちは、古民家の中でも大きな屋敷を2棟借りて修復。1つが5室、もう1つは7室もあるため、その中にフロントやレストランを設け、農泊が体験できる場所としています。

 城下町で楽しみつつ、農村での暮らしも体験できる。二つの地区を回遊しながら、広くは兵庫北部・兵庫南部・京都まで繋がる場を構築したいですね。こちらは2018年のオープンを予定しています。

問 そうした広域商圏が生まれれば、地方創生にも弾みが付きますね。

他力野 1つ収益化した事例ができれば、他の地域や事業者も絶対に真似してきます。農水省は農泊ができるエリアを500カ所作りたい考えで、何十億円という予算を付けて取り組もうと本気です。

問 農泊は、農家の方々にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

他力野 彼らがダブルインカムを得られることです。現在、農業はどんどん経営が苦しくなっているので、どうにかして収入を増やし、立ち行くようにせねばなりません。そう考えた時、「観光事業に力を入れることで収益化できる地域もあるのではないか。しかも、それが地域活性化にも繋がるのでないか」との案に行きつきました。

問 農泊では農業の体験もできるのですか。

他力野 もちろんできます。既にヨーロッパでは盛んで、オリーブ農家に行くなど、単なる宿泊より人気になっています。そうした体験はセットでなければなりません。

 ただ、農泊への趣向が高まりつつある一方、お客様は泊まる場所のクオリティも求めます。昼は農村体験をしながら、おにぎりとお味噌汁を食べて喜んでいただけますが、やはり夜の食事はその土地の特産品を使うなどした一流の料理を食べたいわけです。

問 そうですね。宿泊先に関しても、あまりに簡素だと驚いてしまうかもしれません。

他力野 農泊を楽しみながら、宿泊や食事も高レベルを維持する。この両立を図るとなると、私たちのような事業者が入ってプロデュースすることが必要となるのです。

開かれたプラットフォームを構築

問 御社の場合、オーナーだけではなく、地域の事業者や行政関係者など、多くの方との関わりがあって成り立つビジネスというのが面白いですね。

他力野 元々の考え方がオープンなので、行政との親和性が高いと思います。町を考えた時、私たちが事業を通じて再生する建物は1つのコンテンツに過ぎません。様々なコンテンツが集まり、大きな1つの価値が生まれてきます。そこで、いろんな事業者が相乗りできるプラットフォームを作っています。

 その中でも観光では宿が重要なポイントを占めます。日本人が海外旅行する際には、まず宿から調べますよね。宿が決まらないと、全体の行程も組めません。宿泊施設は最も重要です。

 こんな例があります。九州・福岡に太宰府天満宮という有名な観光スポットがあります。年間1000万人の集客力を誇ります。しかし、一人当たりの消費額は2000円とそれほど多くのお金を使っていません。理由は簡単。博多から1時間という好立地のため、日帰りできてしまうからです。

 関西地区では奈良も同様に大阪や京都に近いため、ぱっと来て宿泊せずに帰ってしまいます。宿は滞在時間を伸ばしますから、消費額が増えます。食事や買い物をする時間がたっぷりとれますからマーケットが大きいのです。食も大切な文化の一つです。

問 今後、ますます御社の存在感が高まりそうですね。

他力野 ただ、「歴史・文化」という切り口でネットワークを作り、世界に情報発信したいという発想を元々持っていますので、利益を独り占めしようなんて考えていません。

 もちろん、目の前で競争はあります。それは正々堂々競ったらいいのです。価値が高い方が選ばれるだけのこと。今は古民家に人気がありますが、日本中に約150万棟ありますから、珍しくありません。希少性はすぐになくなり、ビジネスホテルに泊まるのと変わらない日が来ます。勝負はそこではありません。

 私たちのモデルは、町全体をホテルと見立てます。旧駅舎をホテルの受付に変えてみたら鉄道ファンは嬉しくないですか。このように面で考えています。歴史・文化が切り口ですので、歴史的な建物が絶対条件ですが、そこに宿泊すること自体が文化体験の始まりであり、町の歴史、食材、今も残っている生活様式などを体験できます。

 このフォーマットは全国で同じように使えるのですが、中身がそれぞれ違うので差別化出来ると思います。問 フランスは観光客が年間8000万人来るそうですね。日本は観光立国になれると思いますか。

他力野 フランスを超えて、日本は観光立国になると思います。観光業界のデータでは、年収が80万円を超えると海外旅行に行き始めると言われています。日本も経済成長と共に、パッケージ旅行から個人旅行へと変わっていきました。

 今後はその変化がアジアで起こります。世界中で人口が増えていますが、その中でもアジアの人口増は顕著です。日本はアジアの先進国の一つで、地の利があります。物理的に距離が近いというのは旅行業にとってメリットです。このように日本にはポテンシャルがあります。

問 他力野代表の夢は何ですか。

他力野 日本の文化を残したい。どの時代でも必要とされたものが文化だと思います。

 私は長崎生まれで、偶然ですが自分も弟も誕生日が8月9日です。生まれたときから戦争の話を聞いてきました。また、神戸で育ったので阪神淡路大震災も経験しました。原爆の話や震災を通じて、昨日までの当たり前が今日の当たり前ではないという世界観になりました。

 町づくりで建物に固執するわけはそこにあります。町づくりを通して無形の物を含めた「文化」を残していけるかが私たちのチャレンジです。ビジネスを通じて残したいと思います。


p r o f i l e

他力野 淳(たりきの・じゅん)

1973年、長崎県生まれ。96年、リクルート入社。結婚情報紙「ゼクシィ」関西版を立ち上げた。2005年、バリューマネジメント設立、代表取締役に就任。文化財など伝統的建造物、行政の遊休施設の修復運用や、ホテルや旅館、結婚式場などの施設再生を行う。地域づくり活動支援組織 地域資産活用協議会(Opera)副会長。婚礼業界活性化組織 次世代ブライダル協議会代表理事。

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