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【世相を斬る!】SBIホールディングス 代表取締役執行役員社長 北尾吉孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

オムニチャネル化に見る「変化への対応」

(企業家倶楽部2014年6月号掲載)

 過去三回の連載では日本や世界の経済について所謂マクロ的な話をさせて頂きましたので、今回は経営者の立場よりどちらかと言えばミクロ的な話をさせて頂ければと思います。

IYグループの伊藤さんと鈴木さん

 以前ある雑誌の取材においてこれまでお会いした中で高い志を持っていると感じた経営者を問われたとき、私はご存命の方では稲盛和夫さんの他、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊さんと、そのもとでコンビニエンスストア事業を立ち上げられた鈴木敏文さんのお名前を挙げさせて頂きました。米国でセブンーイレブンの店舗を見て、これは日本でも流行すると見抜き、工夫をこらして日本に定着させたのは鈴木さん。そして、コンビニエンスストア事業に出資をし、鈴木さんに業務の一切を任せたのが伊藤さん。このお二人が世界に冠たる日本のコンビニ文化を築いたといっていいと思います。お二人のお陰でどれほど私達の生活が便利になったか、計り知れません。

 此の両氏に何時も感心していることを述べさせて頂きますと、私が野村證券時代にニューヨークで勤務していた際、伊藤さんは訪米されホテルに着かれるとすぐに様々な小売店の見学に向かわれ、そこで色々なものを見て、勉強したこと全てを紙にメモされるといった具合で、常に紙を持ち歩き全部メモ書きして行くという、ある意味恐ろしい程の学びの姿勢を有する人が伊藤雅俊という御方です。

 他方の鈴木さんに関しては、人間の心理を考えた細かなものの見方から仮説を立て、正確なデータによって検証していくことを継続的にやっていくと言われている通り、仮説を立て検証するという姿勢を何時も徹底されてきた人で、あれ程までにそれを貫く人は少ないのではないかと思います。

 また、私にとって最も印象深いことは、私は野村證券の事業法人部長として担当者とイトーヨーカ堂グループ(現セブン&アイ・ホールディングス)を訪問させて頂いていましたが、会社には何時も「変化への対応と基本の徹底」という1982年以来の経営スローガンが掛かっていたことです。此の言葉の意味というのは、先ず「基本とは何か」「何を基本にすべきか」といったところから始まって、その基本を決めた後は何時の時代においても手を替え品を替え、それを徹底的に貫き通すというスタンスだと私自身は認識しています。例えばあのバブルの最中みなが土地を買えば儲かるという時に、茹だる程の余剰資金を抱えながら本社ビルを借りていたということで、これは正に一つの基本の徹底ということだと思います。

 そしてまた、オフィスでは蛍光灯全てに紐をぶら下げ、社員は自分のデスクの上だけ電気を点け他は消すようにしていたとか、あるいはセブンーイレブンで鈴木さんが継続されてきたのは、毎週全国から幹部をざっと呼び集め商売のやり方や御客様への対応を教え込むということであって、こうしたスタンスによって基本が貫徹されてきたというわけです。

「変化への対応」としてのオムニチャネル化

 「変化への対応」ということでは、現在セブン&アイ・ホールディングスの代表取締役会長兼CEOの鈴木さんは昨年「ネットで買い物をする消費者の増加を受け、ネットとリアル店舗の融合、オムニチャネル化を推進することが最優先課題」と宣言され、実際に通販大手のニッセン、高級衣料を扱うバーニーズ ジャパン、インテリア・雑貨店フランフラン等を運営するバルスなど、計4社の株式を取得した他、オムニチャネルサービスの構築に5年間で1,000億円の投資を行うことを発表されました。

 鈴木さんは予てより此の「オムニチャネル」の必要性を説かれていたわけですが、やはりセブン&アイ・ホールディングスにしてもイオンにしても或いはローソンにしてもそうかもしれませんが、巨大な店舗網を有する所が本格的にオムニチャネル化を推し進めて行くことで、楽天やヤフーといったところとの競争が激化するのだろうと思います。セブンーイレブンをはじめとしたコンビニやスーパー、あるいはドラッグストア等が取り分けプライベートブランド商品をどんどん開発しながら、ネット企業との戦いに入って行くということで、そういう意味で私は大変な挑戦になると見ており、ネット企業としても極めて恐しい競争相手が誕生していくと思っています。

生命保険進出で感じたネットの限界

 流通・小売業界ではネット対リアルという構図から、前記したようにネットとリアルを融合させるオムニチャネルへ向かっていますが、金融の世界においてはどのようなチャネル戦略が取られているのでしょうか。

 欧州の大手ITサービス企業の報告書によりますと、2010年にはスウェーデン人の88%が銀行に行かなかったという現状があり、また米国のコンサルティング会社では2015年までに銀行の窓口業務は56%減少すると予測しています。このように銀行や証券などの金融サービスでは支店などで行われる対面による取引を、ネット等を使用した取引が侵食しているという趨勢があるようです。

 しかし、私は金融サービスの中で生命保険に関しては基本的にネットチャネルだけでは無理と考えております。その証左としてインターネット専業生命保険会社2社(ライフネット生命、アクサダイレクト生命)の新規契約数は2011年度にピークを迎え、2012年度には減少しているという現状があります。

 私が代表を務めるSBIグループでは以前アクサジャパンホールディングとパートナーを組み、両社のジョイントベンチャーとしてインターネット専業生命保険会社SBIアクサ生命を運営しておりましたが、2010年2月にSBIグループが所有する株式持分をアクサジャパンホールディングにすべて譲渡し、生命保険から撤退したという経緯がございます。あの時私の直観では此のネット生保へ進出するにはtoo early だというふうに思いました。なぜ私がtoo early と思ったかと言えば、生命保険業に関しては基本的にネットチャネルだけでは無理で、それまでの証券・銀行・損保とは全く違った世界の対応が必要だと感じられたからであり、私の直観的判断で之は撤退するに如くは無しというふうになりました。

ネットとリアルの融合による生命保険再進出

 しかし生命保険への参入に関して今は別の考え方で、生命保険業に再進出すべく関係当局の認可を前提に英国プルーデンシャルグループ傘下の日本法人、ピーシーエー生命の全株式を約85億円で取得するということで同グループと合意し、後は当局の認可を得れば生命保険業に再参入出来るという体制構築をこれまで様々な面から行ってきました。ただ先ほど生命保険業はネットチャネルだけでは基本的に無理ということを述べましたが、現在でもやはりネットだけでは中々難しいと私は読んでいます。

 故に私どもは保険比較サイトやSBI証券、住信SBIネット銀行等のグループ内代理店を最大限活用してシナジー効果を図って行き、更に保険ショップといったものをフル活用して行くという形でなければ、生命保険業に進出しても早期に利益を上げて行くことは難しいと考え、スタート時からネットだけでなくコールセンターやリアルチャネルも活用して展開することを想定しております。

 2001年以前と最近の生命保険への加入手続き方法を比較しますと、所謂生保レディや勤務先での保険加入が激減する一方、ネットやコールセンター、或いは保険ショップ等へのチャネルシフトの進行が進んでいるようです。これまで我々はこうしたネットチャネルやコールセンター、保険ショップ等伸びているチャネルを全て押さえに掛かり、今ようやく生命保険業への再参入が準備万端整いました。

 ピーシーエー生命の株式取得につきまして先に述べたように後は当局の認可待ちといった状況で、ある程度の規模を有するピーシーエー生命というのは既存のビジネスがあり、収益を出している所でありますが、今度はそこに私どもが有する各チャネルを効果的に加え、新たな生命保険を創って行こうと思っております。

 4年前、苦労して金融庁から生命保険業免許を取得したにも拘らず、何ゆえSBIアクサ生命を売却するのかという声も一部あったように思いますが、上記したインターネット専業生命保険各社の現況等を見るに、一時撤退というあの時の私の直観的判断は正しかったと確信しています。

 経営者には柔軟性が求められる

 セブンーイレブンの進化の秘訣について鈴木さんは「世の中が変化すれば、我々も変えていかなければいけない。変化するからチャンスがある」と言われていました。何の事業を行う場合でもそうですが、あらゆる関連事項を徹底調査し非常に広く押さえ確実にして行きながら、世の変化を洞察し臨機応変に方向転換もして行くということでなければ、今という時代に成功を収めるのは中々難しいのだろうと思います。ただし試してみて初めて結論が出るということもあるわけで、誤りを認識したその時に直ぐに代替案に移行出来る柔軟性こそが経営者として大事なのではないでしょうか。

P R O F I L E
北尾吉孝(きたお・よしたか)
1951年兵庫県生まれ。74 年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78 年英国ケンブリッジ大学経済学部卒。87 年第二事業法人部次長。91年野村企業情報取締役(兼務)。92年野村證券事業法人三部長。95 年ソフトバンク入社、常務取締役管理本部長に就任。99 年ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、SBIホールデイングス代表取締役 執行役員社長。

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