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【編集長インタビュー】MUJIN最高経営責任者(CEO) 滝野一征

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

エンジニアを輝かせるのがCEOの仕事

(企業家倶楽部2017年10月号掲載)

滝野が軽快な関西弁で語るMUJINの歴史は、CTOであるロセンとの二人三脚の道程だ。ベンチャー企業が参入しづらい製造業で業績を伸ばし続けて来たMUJIN。それはロセンら優秀なエンジニアが良い製品を生み出してきたからこそだが、その環境作りはCEOを務める滝野の力量によるところが大きい。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

グローバル企業での経験

問 ベンチャーでありながら、製造業を選びましたね。業界特有の商慣習が有りそうですが、戦略立案のスキルは前職で学んだのですか。

滝野 そうです。元々営業は得意でした。学生時代のアルバイトでも、クレジットカード会社では1カ月目から東日本でトップセールスマンとなってボーナスをもらいましたし、アメリカ留学中も高級日本料理店のナンバーワンウエイターでした。

問 そうした性格はどのように養われたのでしょうか。

滝野 52歳で亡くなった父はIT企業の社長で、私を全く甘やかしませんでした。いつも汚い破れたジーパンにTシャツを着て、「やばい」が口癖でしたから、そもそも親に頼ろうと思ったことはありません。アメリカ留学中も、生活費すら送ってくれなかった。そんな留学生、周りにいませんでしたよ。そんな状況下で、サバイバルのために知恵が沸き、培われたと思いますが、営業力とビジネスはまた違います。ビジネスは会社に入ってから大いに学びました。

 私が就職したイスカル社は、世界的投資家のウォーレン・バフェットも投資している超優良企業。当時イスラエルで2000億円を売上げ、その60%の純利益を叩き出していました。この数字は製造業では異常です。

 会社の方針は「新製品しか売らない」。競合他社がコピー品を作る前に高値で売り、売上げの10%を研究開発に回して、次の新製品を出していく。高くても買われるのはそれだけ価値があるから。これを安く売ってしまうと利益が出ず、結果的に良い製品を生み出せなくなってしまいます。したがって、良い物を高く売るのは社会のためなのです。こうした考え方は日本人的ではありませんけどね。

 また、多国籍の人間が集まっているということを意識すらしないのがグローバル企業なのだと学びました。これらの感覚を身に付けた私に、ロセンが共同経営者として白羽の矢を立てた。直感だったと言いますから、彼は変わっていますよね。

失敗したとしてもやり直せる!

問 創業に際して、成功すると思われましたか。

滝野 ロセンは大学で技術者として有名でしたが、その技術が役に立つかどうかすら分かりませんでしたし、もちろん商品もありません。成功するかなんて見当も付きませんでした。金があるわけでもなく、私が彼に金を貸したほど。

 ただ、これだけしつこく一緒にやろうと言ってきたロセンなら、何回失敗してもまたやり直せると思いました。

 彼は一度信じたら徹底的に信じきり、不可能を認めない。それがMUJINの原動力です。猛烈に働きますしね。同窓生から聞いたのですが、カーネギーメロン大学時代、20時間トイレにもいかず、飯も食わず、プログラミングし続けたという伝説があるらしい(笑)。

問 どのようにビジネスを始めたのですか。 

滝野 ロセンは産業界ではほとんど知られていませんでしたし、その技術がどんな分野に使えるのかも分かりませんでした。そのような状態では、日本では大手メーカーの社長には会えないので、アメリカ支社のトップに手当たり次第アポイントをとりました。海外支社なら、面白い技術があれば会ってくれる。

 まだ二人とも他の仕事を持っていたので、盆休みにロセンとアメリカの工場を回って、問題点や改良点を指摘してもらいました。それを受けてデモを作るのですが、毎日夜の11時まで仕事をした後、そこからMUJ INの仕事をするので、寝るのは夜中の3時を超える。そんな生活を半年続けて「ダブルワークをあと半年続けたら、二人とも死んでしまう」という結論になりました。

 こうして2011年、ロセンとMUJ INを設立。デモ製作のために投資を得ようと、投資家を回りました。リーマンショック後で金融業界は壊滅的ですし、企業も人員削減、工場閉鎖で自動化どころではない。ロボットメーカーに何十年も携わっているお客様から「こんなの役に立たない」と言われて、流石の私もヘコみましたね。帰りの車はまるでお通夜のような雰囲気。それでもロセンは言いました。

「すごく良いミーティングだった。私の技術が認められたと思う」

 ロセンは自分の技術力を確信していましたし、私も「一回決めたからには最後までやる、地獄までロセンと一緒に行く」と腹を括りました。最終的に、数社が融資を申し出てくれて、12年には東京大学エッジキャピタルから7500万円を調達。そこからMUJINの物語が始まりました。

CEOの仕事は泥仕事

問 経営する中で印象に残っている出来事は何でしょうか。

滝野 考え方が変わったのは、創業2年目に一人のエンジニアを辞めさせた時ですね。すごく辛かったですが、次の日から会社の空気がガラッと変わりました。もしあそこで私が決断できなかったら、MUJ INはまずい方向に進んでいた可能性があります。この一件で決断する大切さを学びました。

 CEOの仕事は基本的に泥仕事です。ロセンら技術者にはキラキラした部分を担ってもらい、法務、営業、戦略立案、契約書等、人間の欲望が交錯するところは全部、エンジニアに見せないように私が粛々とこなします。

問 トップになると、出会いも変わってくるでしょう。

滝野 時間を大幅に凝縮できるようになりました。例えば、企業家賞審査委員長でジャパネットたかた創業者の髙田明さんは、特別に私にアドバイスしようと話された訳ではありません。でも、彼から話を聞いたことで、私は同じ失敗をしないで済む。こうした経験があるのと無いのでは大違いです。

 CEOになると、リスクを取る決断を迫られることばかりです。ビジネスの仕方やコスト、時間を含む経営資源についても、大局的に考えなければいけません。

例えば社員は、「飲みに行こう」という顧客の誘いを断ると次の注文が取れないと思い込んでいます。しかし実際は飲みに行かなくても、その時間で顧客のためになる仕事をすれば、もっと喜んでいただける可能性だってあるのです。

良い営業は相手に選ばせる

問 基本的に採用しているのはエンジニアですか。

滝野 以前は線引きがありませんでしたが、今は海外事業もあるので、技術営業職をかなり採り始めています。エンジニアと違って定量的にテストするのは難しいですが、私なりのやり方で採用しています。

 経歴書を見て、何をしていたのかなどという質問はしません。まず聞くのは「どう生きてきたのか」。優れている点を自分で語ってもらう。そして「何をしていたのか、なぜ辞めたのか、うちで何がしたいのか」を話してもらい、それぞれ質問をします。

 さらに「海外展開するべきか、する場合にはどのようなリスクがあるか、上手く行く根拠はあるか」といった現場感のある具体的な質問をする。必ずしもその考え方や答えが私と合っていなくても良いのです。辻褄が合う論理的な返答を一瞬で考えられるか。ロボット産業を完璧に知っている人などそういませんし、MUJINの製品知識も深い訳ではありませんから、ロジカルに考えて即答できる地頭の良さを見るわけです。

問 入社して活躍できる人材かを見るのですね。

滝野 極端な例を挙げましょう。「6秒かかっているロボットアームのスピードを4秒にしろ」とお客様に言われたら、どう答えるか。

 一番駄目な営業は、ただ技術陣に「6秒を4秒にしろ」と言う。2秒減らすというのは速度を3分の1短縮するわけですから相当難しい。それを受けてお客様には「出来ないみたいですよ」と伝えます。これでは、お客様は何も得られず、技術は無理なことを押し付けられて困惑し、全員に迷惑がかかってしまいます。

 その場で「6秒を4秒にするのは無理です」ときっぱり断るのは、場合によっては悪くありません。しかし、「この会社には出来ないのだ」とレッテルを貼られることに繋がります。

 では、良い営業はどう答えるのか。「4秒にもできますが、速すぎてどこかに落とす可能性があります。それも加味して全部で6秒が適正との判断なのです。それでも4秒にしますか」という具合です。

 人を説得する時には、その人に選択させるのです。ただ、他方は選ばないと分かっています。なぜなら、4秒に出来ても落とす危険があり、もし落とせばロボットが止まってしまいますから。ロボットが一回止まれば大幅に時間をロスすることとなり、2秒短縮する意味がありません。自分で考えた上での選択ですから、同じ結果でもお客様の満足感が違う。エンジニアには負担がかからず、お客様は満足し、売上げは上がる。これこそ顧客の期待値を適正化できる「良い営業」です。

ロボットの脳はコントローラ

問 売上げは倍々で伸びているとのことでしたが、現状はいかがでしょうか。

滝野 変わらず伸び続けています。お蔭様で弊社製品を買いたい方は山程いますので、売上げを大きくすることも可能ですが、販路を下手に大きく広げると後で大変なことになってしまいます。今は限られたお客様に製品をきちんと送り出し、その満足度を高めている段階です。

問 現在の売上げについて、海外と国内の比率はいかがですか。

滝野 まだ100%国内ですが、おそらく来期から4分の1が国外になります。物流部門がかなり伸びていて、顧客の半分以上が物流業界です。

問 MUJ INが描く、スマートロボティクスの世界はどうなるのでしょうか。

滝野 ロボットは基本的に賢くないので、今のところ限られた仕事にしか使えません。ただ、ロボット本体は安く、精度も良く、壊れません。だからこそ、あとはロボットを賢くするためにコントローラを改善する必要があるのです。携帯電話で言うところのiOSやアンドロイドのようなものを作れば、もっと使い易くて精度も上がり、汎用性も広がります。

問 以前からコントローラの概念はあったのですか。

滝野 ありました。どんなロボットメーカーのロボットにも、アームがあり、コントローラがある。しかし、今のメーカーのコントローラは賢くない。昔の携帯のIP接続サービスはキャリアごとに異なっていて、検索しても選択肢が少ししか出てこないし、使いづらかったですよね。現在のロボット業界はあの状態です。コントローラによってロボットがより知能化すれば、はるかに様々なことが自動化できるようになります。

ロセンのお陰で今がある

問 共同創業者のロセンさんに対するメッセージをいただけますか。

滝野 直接は恥ずかしくて言いませんが、この道に入れてくれたことに感謝しています。

 でも、最初の2年間は本当に腹が立ちました。「自分の技術があったら、そんな製品はすぐに出来る」と豪語するロセンの言葉を信じるしかありませんでしたが、現場を知らないのでバグだらけで全然出来上がってこない。商品は無いし、毎日寝ないで365日働かなくてはならない。

「ベンチャーにしても、なんでロボットやねん!一番ややこしくてマネタイズが難しいと言われている世界に、よくも俺を巻き込んだな」と思っていました。それでも辞めなかったのは、最初に「潰れるまでやろう」と決めたからです。

 しかしロセンがあれだけ頑固で、先のことが分からないまでも、やり続けたからこそ現在があって、多くのことが勉強になりました。私の人生において創業してからの年月の濃さは、それまでとは比べ物になりません。本当に多彩な景色が見えました。それはロセンと創業した時から始まっています。全てのことに意味があって、彼のお陰で今があるのだと、心から思っています。

問 とても高い参入障壁がある分野に挑まれましたね。

滝野 だからこそ、現場での知見を相当蓄積しているので、たとえグーグルのような巨人が突然参入しても、そんなに簡単にはいきません。

 ロセンとはたくさんケンカもしますけど、私は決めたら負け戦でも行く。そして彼は、私が絶対に裏切らない人間だと確信していますし、実際私はロセンのことを裏切ることは決して無いでしょう。

p r o f i l e

滝野一征(たきの・いっせい)

米国大学を卒業後、ウォーレン・バフェットが保有し、製造業の中でも世界最高の利益水準を誇る事で有名なイスカル社でキャリアをスタート。生産方法を提案、構築する技術営業として受賞も経験。現場のプロとして多くの実績を積む。その後世界的ロボット工学の権威であるロセン博士と出会い、2011年にMUJIN を設立。

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