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【編集長インタビュー】ユーグレナ社長 出雲 充

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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視座を高め経営に邁進する

(企業家倶楽部2020年10月号掲載)

「世界から貧困をなくしたい」と高い志を持ち事業に邁進するユーグレナ出雲充社長。物腰も柔らかく誠実さが前面に出ており企業家というよりは「書生」のような清々しい雰囲気が漂う。しかし、一旦「ミドリムシ」のことを話し始めると熱い想いが溢れ出て止まらなくなる。その情熱が様々な逆境を乗り越える原動力となっている。周りにいる人を惹きつける稀有なアントレプレナーの世界観に迫る。           (聞き手は本誌編集長 徳永健一)

新概念「グリーンリカバリー」

問 2020年はオリンピックイヤーでした。本来ならば海外からのインバウンド観光客も大勢来日すると予想されていました。出雲社長もユーグレナでバイオジェット燃料を開発し、飛行機を飛ばしたいと目標を語っていましたね。

出雲 オリンピックの開会式が7月23日の予定でしたので、私たちもそこに照準を合わせて準備を進めていました。アメリカの認証団体で3回の厳しい試験に受からないとなりません。バイオジェット燃料の認可を取るのは大変厳しいのですが、それも今年の1月末に最終審査を通りました。

 アメリカで認可が取れましたので、それから1週間後に日本の国土交通省にも頑張って頂き合格の通達を頂きました。「日本にもこんなに素晴らしいバイオジェット燃料があるのだぞ」と世界に発信できるチャンスでしたので、オリンピックが延期になってしまったのは少し残念な気がしています。

 しかし、だからと言って気を落としていても仕方ありません。次の機会に向けて準備をしています。

問 昨年末より世界中で新型コロナウイルスの感染が広がっています。経済活動も制約を受け大打撃を受けています。アフターコロナの時代はどうなっていくとお考えですか。

出雲 日本は比較的感染拡大を抑え込めている方だと思いますが、ヨーロッパやアメリカは感染拡大が収まらず大変な惨事になっています。ここから世界は復活しなければならないのですが、今、ヨーロッパで言われているのはコロナではありません。

 政治家や民間の経済人、大学の教授も皆が口を揃えて「グリーンリカバリー(緑の復興)」について議論しています。コロナで経済が落ち込んでしまった訳ですが、コロナ前の元に戻すのではなく、むしろこの機会をきっかけにエコな社会に生まれ変わろうと、EUが決めたのです。

 実際に世界中で渡航制限がありますから航空会社は経営の危機に陥っています。各国の政府が融資を決めたり経営支援に乗り出していますが、その資金は「グリーンリカバリー」に使ってくださいという条件が付いています。経済が復活した際には、バイオジェット燃料を使って二酸化炭素を減らす、新しい航空会社に生まれ変わりなさいという約束になっています。これは何も航空会社だけの話ではなく、持続可能な新しい社会モデルへと移行していく「グリーンリカバリー」の考え方が広まっています。

大企業とのアライアンス

問 これまで日本を代表するような大手企業との事業提携をまとめ、事業を拡大してきましたね。まだ資本力も実績もない中でアライアンスを実現できた理由はどこにあるのでしょうか。

出雲 理由は2つしかないと思っています。1つは私たちの提案がエビデンスベースであること。話している内容が夢やロマンではなく、科学的に正しいかどうかが重要です。大企業の厳しい検証に耐え抜けなければなりませんからね。まず、科学的に正しいかどうかは確認してもらえる訳です。

 2つ目は「情」だと思います。かといって大企業では、夢やロマンだけで面白いからアライアンスを組みましょうとはなりません。必ず先に来るのはエビデンス、つまり「理」に適っているかどうかですが、理屈だけではユーグレナ(和名は「ミドリムシ」)の事業を一緒にしようとはなりません。

「情」と「理」の両方が必要だと思いますが、この順番を間違えてはいけません。交渉中は99%「理」の話をしています。「ユーグレナ(ミドリムシ)には59種類の栄養素があり、人の健康に役立ちます」と製薬会社と打ち合わせをしてきました。最終的に理屈の面では審査を合格しても、ビジネスとして成功するかどうか、リスクがないわけではありませんので、断られることもあります。

問 ユーグレナの可能性について確かな証拠や裏付けが、まず何よりも大切なのですね。新しいモノには皆、懐疑的ですし、素直な反応でしょう。それではエビデンスについてはしっかり証明した後はどうするのですか。

出雲 以前、不思議な体験でしたが、厳しい審査の後、こんなことがありました。

「武田というのは『正直』を大切にしている会社です」と歴史について話をしてくれました。なんでも江戸時代は薬がなく、漢方は金と同じくらい貴重なもので、天秤で重さを量り、本当に金と等価で売っていました。湿っていると重くなりますが、乾かして商売するのが武田なのです。武田薬品が最も大切にしている理念が「正直」で、この理念が共有できないと一緒に事業は出来ないという話でした。

「ユーグレナは科学的に正しくて、培養方法や施設について色々質問したが、正直に回答してくれた」と担当者から言っていただけました。石垣島の工場についても厳しい指摘を何度も頂いたのですが、資金が足りないところはこのように工夫して対応しているなど、すべて正直に受け答えをしてことを評価して頂き、「タケダのユーグレナ 緑の習慣」という商品名で健康補助食品ができました。

 武田薬品は「正直」であることを続けてきた企業なのでお客様に信頼されているのだと思います。その大切な価値観を共有できるかどうかをパートナー選びの際に条件にしています。決断するときの最後は義理人情というか、情けや夢とロマンがポイントになります。この「理」と「情」がピタッと合う会社はそんなに多くはありません。

ベンチャー精神を忘れない

問 ビジネスに対する考え方が同じかどうか、とても大切なポイントですね。「正直」かどうかがアライアンスの肝というのが素敵なエピソードだと思います。これまで製薬会社や航空会社、その他にもメーカーや商社、海外企業など実に多くの企業とアライアンスを組み、事業を拡大していますね。やはり、同じように想いの部分での共感から生まれた事業提携はあるのでしょうか。

出雲 この機会に是非、知っておいて欲しい話があります。それはANA(全日本空輸)との提携時のことです。バイオ燃料で日本発のフライトを目指していますから、エビデンスの部分でもそれは厳しい審査がありました。それで確かに言っていることは間違ってませんねという最終段階になり、担当者から「社長との面談の機会を作るので、そこで話をして断られたら、その時は出雲さん暴れないで帰ってくださいね」と告げられました。担当者としては、やれることはしたので、恨みっこなしでお願いしますということです。

 当時のANAは大橋洋治会長、伊東信一郎社長でした。お二人といろんな話をしている中で、「ところで出雲さんは海外へ渡航経験はありますか?」と質問がありました。「はい、ございます。バングラデシュに参りました」と。

 国内線の日本航空は「JAL101」、全日空は「ANA101」と社名にちなむアルファベットでチケットに表記されます。では、国際線は何と表記されているかご存じですか。国際線は2文字、2レターコードで各航空会社を表しますが、日本航空は「JL」と書きます。全日空は「NH」と表記されていますが、理由はなぜでしょうか。

 私はこの理由を知っていました。ANAの前身は日本ヘリコプターといい、報道関係のヘリコプターを扱う会社で通称「日ペリ」と呼ばれていました。最初から航空会社ではなかったのです。そこから飛行機を買い、JALと競争し、国際線にも進出し、日本国内で最大手の航空会社を目指してきたのです。その過程では足を引っ張られたり、大変な苦労があった訳です。現在ではANAは日本を代表する航空会社になりました。

 そして、一方のJ ALは10年に経営破綻し公的資金の支援を受けました。19年には念願であった政府専用機の運行もJ ALからANAへ変わりました。もともとヘリコプターの会社からスタートして頑張って日本一の航空会社になった訳です。ANAもベンチャー企業なのだと。だから、日本ヘリコプターから「NH」という2文字のコードが残っているのです。

 私が「NHは日本ヘリコプターだからですよね」と申し上げると、「あなたはちゃんとANAの歴史を調べてきているのですね。うちもベンチャーの時は大変でした。ユーグレナも日本一を目指しているのですよね。こういう会社を私たちが支えてあげないといけませんね」と胸が熱くなる言葉を掛けて下さいました。大変な苦労をされた方がトップに居て、ベンチャーを育てる気概を持たれていてくれたことに感謝しかありません。

視座を高める

問 世界にはテスラ創業者のイーロン・マスクのように地球の環境問題に警笛を鳴らし、本気で火星移住を考え、これ以上自然環境を悪化させないように電気自動車を開発しているような企業家もいます。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツも以前からウイルスの脅威について発言し、財団を通して多額の寄付をしてきました。地球上にはウイルス以外にも食糧問題もあります。危機感はありますか。

出雲 食糧問題は今まさに瀬戸際だという危機感があります。農業に従事する人にことを「百姓」と言いますが、百の職業が出来るという意味で、一番自然のことを理解しています。

 例えば、昔のお百姓さんは儲かる品種だけを植えるというようなことは絶対にしません。しかし、現代は商業主義的に売れるものと儲かるものだけを植えています。生物の生態系は多様性が大切なのに、一種類だけを植えると、ウイルスと同じで一度病気が流行ると一気に広まってしまいます。かつて主流であったバナナは、現在のキャベンディッシュという品種よりも甘いグロスミッチェルという品種でしたが疫病で生産量が激減しました。

 今年、東アフリカで発生したバッタの大群がインドと中国の穀物を食べ尽くしてしまいます。気温の関係でこれ以上北上は出来ないと考えらていますが、もし温暖化が進み、このまま1年間バッタが飛び続けたらウクライナとロシアの穀倉地帯まで食べ尽くしてしまいます。どんなテクノロジーがあったとしても手に負えません。

 コロナで生き延びても、人類は食糧危機に直面します。単一栽培の危険性を避け、儲け主義だけでなく多様性を持つことです。そうしなければ遠くないうちに自分の首を絞めることになります。

 大局観を持ち、視座を上げなければならないと考え、今年会社設立から15周年を迎えるにあたり会社のロゴを変えることにしたのです。

 偉大な目標や崇高な理念があると、何が目的で何が手段か明確にしやすいのです。しかし、ゴールが近づいてくると手段が目的化することがあります。ユーグレナ(ミドリムシ)と言い続けてきたら、ある程度認知されてきて、周りの人も満足してくるとこれでいいのかなと安心してしまう。

 しかし、もっと出来ることがありますし、世界中で困っている人に届けられると信じています。そのために視座を高く持つことが重要だと考えています。ユーグレナ(ミドリムシ)から持続可能な地球環境を目指し、私たちのビジョン、ミッションを「サステナビリティ・ファースト」とします。

p r o f i l e

出雲 充(いずも・みつる)

駒場東邦中・高等学校、東京大学農学部卒業後、2002年東京三菱銀行入行。05年ユーグレナを創業、代表取締役社長就任。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ミドリムシ(学名:ユーグレナ)の食用屋外大量培養に成功。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leaders 、第一回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。日本経済団体連合会審議員会副議長。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)がある。

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