会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2014年12月号掲載)
私は孫正義氏よりヘッドハンティングされ、1995年に野村證券よりソフトバンクに入社して以降、約10年間ソフトバンクの取締役を務めました。その後私が経営するSBIホールディングスとソフトバンクの資本関係がなくなり、8年が経ちましたが、今でも孫さんとは「同志」のつもりでいます。今回は経営者としての孫さんとソフトバンクについて私の見解を述べさせて頂ければと思います。
ソフトバンクの財務健全性
2013年に行われたスプリント・ネクステルの買収、連結子会社化に伴い、ソフトバンクの有利子負債は2014年3月末時点で9兆円を超えています。このような現状に対し、ソフトバンクを「世界最大の借金王」と見る向きもあり、また「超低金利が今後も継続することに賭ける戦略をとっている」とも考えられているようです。
このような見方に基づけばソフトバンクは多くの借金を抱え、金利上昇に対して非常に脆弱な企業ということになるのかもしれません。
しかし、果たしてその見方は正しいのでしょうか。例えば1117兆2000億円(平成24年度末時点)の負債がある日本政府は潰れるのかと言えば、日本政府が破綻すると思っている人はそれほど多くはなく、故に今のような低金利で政府は国債の発行が出来ているのです。
その理由として、負債の片一方で有している640兆2000億円の資産(同時点)があげられます。つまり、負債より資産を差し引いて、正味の借金額が考えられているのです。
同じようにソフトバンクの場合においても、9兆円を超える有利子負債だけに着目するのではなく、約32%の株式を有するニューヨーク証券取引所への上場を果たした中国のEC最大手、アリババ・グループの価値が一体いくらであるかを吟味する必要があります。
また、ソフトバンクはヤフーの株式も36%超有していますし、他の有価証券も保有しています。だからグロスでいくら借金をしているかは、余り意味ある議論にはなり得ず、ネットデット(純負債)の考え方を導入せねばなりません。
それから、金利に上下があるのは言うまでもありませんが、例えば金利の上昇時に片方で保有株が上がっているという場合、此のネットデットは変わらないかもしれませんし、逆に減っているかもしれません。
そしてアセットの成長性の有無ということで言えば、通常成長株は公開時のみ上がるのでなく事業が伸びている限りにおいてマーケットではその後も評価されて行くのであって、アリババにしてもその可能性が高いと思われます。
何れにせよ、借金が多いから、リスクが高いという議論は短絡的すぎるでしょう。やはり一番大事なことは、その借金が何に使われているか。それが将来大きな果実を齎し得るか、齎すとしてどの程度それまでに時間が掛かるのか。それまで持ち堪えられる目処は十分あるのか。こうした検討が必要です。
孫さんは「ほら吹き」なのか
ソフトバンク社外取締役も務める永守重信日本電産社長は孫さん、同じくソフトバンク社外取締役の柳井正ファーストリテイリング会長を含め、自分たちを「ほら吹き三兄弟」と評しているそうです。
国語辞書を見ると、ほら吹きとは「大げさなでたらめを言ったり、大言を吐いたりする人」とあります。ほら吹きと称される者は、普通誰も語らないはずの現実妥当性なき事柄をぺらぺらと喋る人を指して言うのだと思います。
しかし、私は孫さんと一緒に仕事をしましたが、孫さんがほら吹きだというふうには全く思いません。あるいは、必ずしも私がコメント出来る立場にはありませんが、ソフトバンクの役員会で暫く御一緒した柳井さんもほら吹きだと思いません。また、そういう意味では永守さんも同じかもしれません。
明治維新前夜の人物の中で私が最も偉大だと思っている吉田松陰の至言に「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし」という言葉があります。
事業家であれ何であれ、あらゆる事は夢から出発し、夢を持たないことには理想もなければ計画もなく実行もなければ成功もないのですが、基本的にほらと夢というのは違っていて、夢とは具体的実現性が必ずしもないものではありません。
例えば、孫さんは創業当初たった2人のアルバイトに対して、「豆腐屋さんの心意気でやるぞ!豆腐を1丁、2丁と数えるのと同じように、売上を1兆、2兆と数えられるような規模の会社にする。これからはコンピュータの時代が来る。情報革命で、すべてが圧倒的に変わる時代がくる。そのためにやるんだ」と言われました。
之は孫さんの夢というより願望・希望であったとも言えますが、片方で世の中確実に「デジタル情報社会」に向かって進んで行くという彼のビジョンには予見性があって、その分野での事業を展開するのですから、その分野が飛躍すればその事業は飛躍すると想定したのもまた妥当だと思うのです。
デジタル情報革命というのは私がソフトバンク在籍時に孫さんが「全社を挙げてあらゆる経営資源をインターネットに」と言われて取り組み始めたものですが、我々は此の大革命でデジタルの世界が「シンカ(深化・進化)」し、大変な広がりを見せて行くに違いないと考えて共に歩み、そして今日それが現実となっているわけです。
つまり、孫さんや私がやってきたこと・孫さんが語っていることというのは、決してホラでなく一種の確信に因るものであって、それは現実に進んで行く方向を正確に予見しているだけのことだと言えなくもないでしょう。
「デジタル情報革命」の意義
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが「すべての人にインターネットを」と主張するように、インターネットは非常に広範囲な知能集積に接し得るという意味で正に知の宝庫でありますし、またインターネットを通じて多くの人と繋がり知り合いになって行くといったことも出来るわけで、そういう意味で此企業家倶楽部 2014年12月号・60のインターネットアクセスというのは非常に大切であると思います。
此のインターネットアクセスということでは、ソフトバンクの功績は極めて大きなものがあると思っています。孫さんは、先ず米国で既にポピュラーになっていたパソコンが日本でも浸透する時代が必ず来るであろうことに着眼し、10年に1度買い替える冷蔵庫よりも毎日買うお惣菜のようなソフトの方がマーケットとして必ず大きくなるということを信じて、1981年にコンピュータソフトの卸として日本ソフトバンクを設立しました。
その頃からパソコンの世界が急速に拡大して行くわけですが、創業時そのような業態は日本に無く、事業として成り立つか否かすらも判らない時分でした。
そうした中で孫さんは、パソコンユーザを増やすために啓蒙が必要だということで、パソコン雑誌の出版事業を手掛ける等、パソコンに関わる事業を様々展開するという方向に進んで行きました。
そして、所謂ウィンテル(Wintel)の時代に入って行く中で、米国におけるIT産業と市場環境が日本に比して遥かに進んでいた時、孫さんは此のマイクロソフト社のOSを総力を挙げて日本でも普及させ、後のデジタル世界の「シンカ(深化・進化)」に多大な貢献をして行きました。
そして更には通信網のデジタル化が絶対に必要だとして之を推進し、今世に広がるスマホの世界を切り開いてきたわけです。
ソフトバンクという会社は幾度か業態を変化させながら、また子会社の充実も図りながら今日あるわけですが、上記したような動きの中で世界中の人がある意味結ばれ、世界中の知識がある意味利用できるようになったということで、孫さんとソフトバンクの貢献は非常に高いと思います。
経営者に必要なこと
孫さんのツイートに「事を起こすのが起業家、事を成すのが事業家、事を治めるのが経営者」というのがありましたが、私見として「志」を持った上で、「夢想家(夢を思い描くだけの人)」にならないことが一番重要だと思います。
起業家の中には夢を見るだけの夢想家で終わってしまう人が沢山いますが、それは第一に知識が無いということ即ち勉強が足りないということ、第二に言葉だけで勇気を持った実行力が無いということ、最後に戦略が無いということの「三無」だからだと思います。
事業家は如何に戦略を持って描いた夢を実現し得るかということですが、知識が無ければ戦略を策定するところまで行かず、知識を発展させ実行力を伴う見識を持つこと、即ち知識を胆識に高めることも出来ず、故に夢が実現することはありません。
そして一つの目的を達成した時に、満足感を得「良かった、良かった」で終わりにしたり燃え尽きたりするのでなく、世のため人のためという大志を有して夢を膨らませ夢を抱き続けねばならないのです。
自分の能力を自分で限定し自らの限界を自ら規定しないためにも、「情報革命で人々を幸せに」という志を持つ孫さんのように、夢は出来るだけ大きく持ち続けるということが大事だと思います。
P R O F I L E
北尾吉孝(きたお・よしたか)
1951年兵庫県生まれ。74 年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78 年英国ケンブリッジ大学経済学部卒。87 年第二事業法人部次長。91年野村企業情報取締役(兼務)。92年野村證券事業法人三部長。95 年ソフトバンク入社、常務取締役管理本部長に就任。99 年ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、SBIホールデイングス代表取締役 執行役員社長。