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【相模屋食料の強さの秘密】相模屋食料 社長 鳥越淳司

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

相模屋食料の強さの秘密

相模屋食料の強さの秘密

(企業家倶楽部2021年5月号掲載)

 売上高300億円超と豆腐業界の先頭を走る相模屋食料。その強さは商品開発力にある。毎週行われる開発会議には鳥越が毎回出席。すべての味を確かめる。2002年に鳥越が入社してから売上は10倍以上に急拡大。その勢いはとどまるところを知らない。アイディア、スピード、実行力で成熟した産業の豆腐業界に新風を吹き込む相模屋食料の強さの秘密に迫る(以下、相模屋)

(文中敬称略)

強さの秘密 1 豆腐のイノベーション

強さの秘密 1 豆腐のイノベーション

きっかけは想いでできる

 一般的な食品メーカーの商品開発は、商品開発部が時代のトレンドやマーケットリサーチを行って、売れる見込みを立ててから開発に取り掛かるのが定石である。仮説を立てて、どれくらい売れたらどれくらいの利益が出ると計算をして取り掛かるものである。しかし、同社の商品開発はこのような手法と一線を画す。

 2012年に発売し、相模屋の名前を全国に知らしめた商品「ザクとうふ」はその良い例である。鳥越自身が子供のころ熱狂したガンダム。本当にガンダムのことが好きなのであろう。「ガンダムとうふ」でなく「ザクとうふ」にしたところに鳥越のガンダム愛が現れている。「これが出来たら面白いことになるだろう」鳥越の頭の中には、店頭に並ぶ商品とそれを買い求める顧客の姿が頭の中に浮かんでいた。

 しかし、そう簡単にはできるものではない。大手メーカーであれば、簡単にコラボレーションできるだろう。しかし、「ザクとうふ」の妄想を抱いていたころ同社は豆腐業界では1位となっていたが、知名度はそこまでなかった。鳥越は、あらゆる場面であらゆる人に「ザクとうふ」の話をした。鳥越の熱量は共感を呼び、人を巻き込み、いつしか版権元にたどり着くのであった。ザクを型取った容器の開発も難航したが、こちらも鳥越の熱量に応えたメーカーが様々な課題をクリアして完成させた。

 最後に残ったザクの目「モノアイ」は、工場での手作業で貼り付けて完成させるというものとなった。それは自然発生的に工場でしようとなったという。「ザクとうふ」を考え始めた当初は批判的な声が多かったものの、鳥越の想いが人を動かし、最後には多くの人を巻き込み、「勝ち戦」としてしまう。商品開発は、机上で行うのでなく、「想いで行う」とはなかなかトップ自らが言える言葉ではないだろう。しかし、相模屋では当たり前のようにそれが行われている。

常識を疑う

 豆腐と言えば、と聞かれたときにみなさんはどう答えるか。「ネギと生姜で食べる」「お味噌汁の具」「麻婆豆腐」そう言った答えが大半を占めるであろう。少々乱暴な言い方かもしれないが、既存の豆腐業界の人ですら、それを疑うことをせずに「白いかたまり」を製造し、販売してきた。

 そのような旧態依然とした業界の常識にとられることなく、永く続く伝統の食品である豆腐に新たな価値を見出して、そのアイディアを強い想いで前に押し進め、商品という形にする。様々なアイディアを出す鳥越の感性もさることながら、誰もが納得のいく形の商品レベルに仕上げる職人たちの腕と根性が同社を支えている。

 今や、東京ガールズコレクションと企業の成功事例と評される同社が最初にファッションイベントに出たのは2014年である。F1層(20歳から34歳の女性)向けの商品を作りたいと考えていた時に経済記者の紹介であったのが、モーリス・ストラテジー & デザイン・コンサルツ代表の毛利努だ。毛利は、「誰もが反対しても絶対に作ってみせるという鳥越社長の想いを何としてでも成功させたいと思いましたし、このような高い感度の方と仕事ができることは最高のしあわせ」と語る。その時に生まれた「マスカルポーネのようなナチュラルとうふ」は若い女性を惹きつけ、「豆腐はヘルシーな食べ物」と一気に認知を拡げた。現在も BEYONDTOFUシリーズとして、ヘルシーという切り口で商品展開して多くの女性を虜にしている。

 鳥越は、24時間365日、常識にとらわれることなく、豆腐のことを考えているからこそ、誰もが見落としている視点にいち早く気付くことができるのだ。それは、時に誰もが思いもつかないことであるがために、「それは無理」「そのようなものは売れない」と言われるのであろう。しかし、「まずやってみよう」とするのである。鳥越の中にある「やってみよう文化」が相模屋の可能性を無限大にしている。



強さの秘密 2 おいしさへのこだわり

強さの秘密 2 おいしさへのこだわり

日本最大の豆腐工場

 多くのヒット商品や新商品を発売する相模屋だが、主戦場となる、絹豆腐や木綿豆腐でのイノベーションがあって、今の同社があると言っても過言ではない。

 2005年に稼働を開始した第三工場こそ、同社の命運をかけた一大プロジェクトであった。当時、32億円の売上げ規模の同社が41億円の投資をするという案件であった。「経営を知らなかったからできた」と振り返る。

 同社にとって、結びつきの強い北関東を中心にスーパーマーケットを展開しているフレッセイ社長の植木から「お義父さま(現会長)が育てた会社を潰すつもりか」と心配し思い留まるよう諭された。しかし、やると決めた以上は、「根性を決めてやり切る」と覚悟を持って前に進んだ。様々な紆余曲折があったものの、こうして、1日100万丁もの豆腐を生産する日本最大の工場が出来上がった。この生産能力を可能としたのも、鳥越の妄想と執念による画期的な技術革新があったからである。

豆腐工場 2.0

 従来の豆腐の製造工程は、出来立てのアツアツの豆腐を切り、水にさらし、パックに詰め、再度加熱処理を加えてから冷蔵するというものであった。温度変化を与えることによって、豆腐の風味は落ちてしまう。何でもそうであるが、出来立てに勝るおいしさはない。そこで生み出されたのが「ホットパック製法」である。この製法は、出来立ての豆腐をパック詰めすることで、おいしさそのままに商品化するというものである。

 ここにも常識にとらわれない鳥越の発想が活きている。切った豆腐にロボットアームでパックをかぶせるというのだ。豆腐工場は高温多湿で、水が常にある。このような場所でロボットを動かすことは「非常識」とされてきた。

 また、豆腐は誰もがご存じの通り、柔らかく人の手であったとしても、下手をすれば角が削れてしまう。それをロボットアームでやるというのは普通に考えればできないとなるであろう。「できないと言われたり、反対されたりすると燃えるタイプ」と自己分析する。そこから、どうやったらできるかを考え、それをメーカーに要望し、最終的に実現していく。鳥越がよく口にする「気合と根性」で不可能なことを打開したのだ。

 この技術革新によって、生産能力だけでなく、人の手を介する場面が減ったことにより、雑菌数の繁殖を防ぎ、賞味期限の大幅な改善という副産物もあった。これにより、販売エリアは拡大し、同社の飛躍的な成長を支える結果となった。

 ここで忘れてはならないのは、この第三工場は、とことん豆腐のおいしさにこだわり、多くの顧客に提供したいという想いが起点であるということだ。

 結果として、大量生産もでき、賞味期限が延びたのである。小売りで長くバイヤーをしていた企画部長の阿部典敏は、「ナショナルブランドになるものは価格と価値のバランスがある商品です。当社の根幹をなす絹も木綿もそのバランスが最高です」と胸を張る。

強さの秘密 3 救済型 M&A

強さの秘密 3 救済型 M&A

揺らぐ豆腐業界

 豆腐業界を取り巻く環境は、厳しいものがある。市場動向は微減傾向であるが、問題となっているのは、豆腐屋の数だ。20年前には5万軒を超えていた豆腐屋は6000軒を割り込む勢いで急速に落ち込んでいるのである。小規模店は商店街などの衰退やスーパーの進出によって、利用客の減少や店主の高齢化などの問題があり、中規模メーカーでも原料費の高騰や古くなった設備への投資を考えた場合、投資回収が難しく、事業を断念する店が増えている。

 豆腐は繊細な食品である。水や大豆、気候風土に合わせた作り方があると言われる。その土地毎で育まれてきた技術がそこかしこにあるのである。豆腐メーカーがなくなっていくということは、その伝承されてきた技術が失われると同じである。豆腐業界にとってはマイナスと考えた鳥越が行き着いたのが「救済型 M&A」であった。

甦る人と会社

 同社の救済型 M&Aは非常にユニークな取り組みといえる。基本的に企業名はそのままで、相模屋から常駐の人間は派遣しない。再建企業の強みを活かし、おいしい豆腐を作ることに特化するというものだ。これで本当にうまくいくのかと思うが、現在7社で取り組んでおり、2019年に再建に着手した1社以外は、既に黒字化に成功している。驚くべき実績である。

 「1社目の経験が活かされている」と鳥越は言う。最初の案件では「相模屋方式」をいきなり導入しようとした。しかし、そのやり方がうまく機能しないとみるや、180度方向転換をしたのである。生み出されたのが「N字再建」という方程式である。まずは、今ある設備でやり方を少し変え、豆腐作りに集中する。これで黒字化したのちに、得意分野や強みとなっている分野への「攻めの投資」で黒字化を図り、持続的な成長軌道に乗せるというものだ。

 会社を黒字化するだけでなく、人材の活性化にも目を見張るものがある。西日本支社製造部長であり、匠屋工場長を務める柴田聖司も「買収の説明会の時に社長の語った言葉を聞いて、この社長は豆腐を大事にする人だと思った。早く豆腐を作りたいと思った」と当初の不安が吹き飛んだと語る。「一度黒字化すれば、自信を取り戻す。その次は、『やる気のエイエイオー』で踏ん張って、どんな困難も乗り越えて、自立成長を進んでいってくれる」組織を動かすのは人である。その人の心をつかみ、人を動かすのは、鳥越の純粋な豆腐を愛する気持ちなのだ。

強さの秘密 4 スピード経営

強さの秘密 4 スピード経営

即断 即決 即実行

 今ではよく見かける3個パックの木綿豆腐。これも相模屋が初めて作った商品である。絹豆腐の3個パックはできても、木綿の3個パックはできないというのが、業界の常識であった。鳥越が発送して、社内プロジェクトを立ち上げて、1 か月半と短い期間で発売を開始し、爆発的なヒットを収めた。「単にスピードではなく、社長は圧倒的なスピードにこだわる」と執行役員の鈴木朝和は言う。圧倒的なスピードにこだわるのは、どこも追いつけない間に形にして、圧倒的な勝ちにこだわるからだという。

 商品開発の現場では、納得のいくものに仕上がっていた場合、すぐにOKを出し先に進める。細かな書類などは存在しない。納得のいく味に仕上がっていない時は、改善点を具体的に指示する。必死に豆腐作りを向かい合ってきた鳥越だから分かるのであろう。「5割の確率で成功すると直感したら、すぐにやる価値がある」という。そして、全力で取り組むことで8割まで持って行き、残りの2割は何とかするという。スピードの裏側には、絶対にやり切るという気合と根性が存在していることが実に面白い。

相模屋イズムの継承

 「鳥越社長が一番考え、汗をかき、頑張っているのを社員は知っていて、どんな困難なことがあっても社長が突破してくれると信じている」と毛利は言う。相模屋の最大の強みは鳥越自身と見る向きもある。

 近くで組織を見ている毛利は「幹部の一人ひとりが自信に満ち、それぞれが突破しようと必死になってきた」と組織の雰囲気が変わってきたと言う。「実戦経験を積んで、勝ちにこだわる。しかも、全てにおいて圧倒的でなければならない」という相模屋イズムとでもいうべき信念が、鳥越自身からエネルギーとなって放出され、それを幹部が受け止め、全体に伝播していっているかのようだ。
 組織として成長を続ける相模屋にとって、1000億円は当然クリアしていく数字であろう。その先にはどのような世界が鳥越の目に映っているのだろうか。今後の展開から目が離せない楽しみな企業である。

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