MAGAZINE マガジン

【エンジェル鎌田’s Eye】TomyK Ltd.代表 鎌田富久 /VLP Therapeutics CEO 赤畑 渉

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

VLPワクチンで世界の健康課題を解決

VLPワクチンで世界の健康課題を解決

(企業家倶楽部2019年1・2月合併号掲載)

ACCESS 創業者で現在エンジェル投資家の鎌田富久氏が、投資先企業の経営者と対談する「エンジェル鎌田’s Eye」。今回は、従来のワクチンの概念を覆すVLP ワクチンを開発し、マラリア、デング熱、そしてガンの撲滅に挑んでいるVLP Therapeutics CEO の赤畑渉氏をゲストに迎え、ワクチン開発の経緯、世界の健康課題解決に向けた心意気などを伺った。

新しい概念のワクチン

鎌田 御社はワクチン開発を行っているバイオベンチャーですが、まずはどのようなワクチンを作っているのか、具体的に説明いただけますか。

赤畑 私たちが取り組んでいるのは、VLP(ウイルス様粒子)を用いた新しいワクチンの開発です。VLPとは外見上ウイルスと同じ形をしている構造体のこと。普通ウイルスの中には遺伝子が入っているのですが、それを取り除いた空の粒子をワクチンとして使用しています。

鎌田 ワクチンと言うと、弱めた病原菌を故意に体内へ入れることで免疫力を高める生ワクチンが一般的です。VLPにはどのような利点があるのでしょうか。

赤畑 大きな特長は安全性です。生ワクチンは、いくら弱毒しているとは言え、体内に実際のウイルスが入ることには変わりありません。それによって感染し、身体が危険に晒される可能性もゼロでは無いわけです。

 一方VLPは、本物のウイルスではないので、感染することはありません。しかし外見上はウイルスと全く同じですから、実際のウイルスがやって来た時には、その構造に私たちの免疫機能が反応し、撃退することができます。

240分の1を引き当てる

鎌田 VLPを利用したワクチンを開発することとなったきっかけを教えてください。

赤畑 私は2002~12年にかけて、アメリカのNIH(アメリカ国立衛生研究所)でワクチンを開発していました。その中で、チクングニヤウイルスという蚊を媒介とする病気のワクチン開発に携わりました。これにかかると関節炎になり、ひどい場合は何年も痛んで、歩けなくなる患者もいる病気です。インドでは約100万人の方が感染して問題になっています。

 通常、VLPを作るのは非常に難しいのですが、たまたま開発していく過程でチクングニヤウイルスのVLPワクチンを作ることができたのです。これは既に臨床試験も進んでいて、数年以内には商品化できると考えられています。

鎌田 初めてVLPの可能性に気付いたのがチクングニヤウイルスだったということですか。

赤畑 そうです。これは本当に運が良かったと言うしかありません。チクングニヤウイルスは約240種類あるのですが、その中の2つを選んでVLPを作ってみると、1つはできて、1つはできませんでした。その後、他の種類を全て解析したところ、全部できなかった。私が偶然最初に選んだ2つのうちの1つだけに、安定化させる変異が入っていたのです。そして、その1つでVLPワクチンを作ることができれば、残りの種類も含めて全てに効果がありました。

鎌田 240分の1を引き当てるとは、凄い確率ですね。その時の感想をお聞かせください。

赤畑 初めは引き当てたというより、2つのうち1つはできたという感じでしたが、その後240種類を解析してみると、よく最初に1つ当たったものだと自分でも驚きました。もし違う2種類を選んでいたら、240種類も試すことなく「やはりVLPを作るのは難しい」という結論に落ち着いていたかもしれません。

世界人口の半分を救う

鎌田 現在はマラリア、デング、ガンの3領域に注力されていますね。

赤畑 社会的にインパクトのある領域を対象としています。チクングニヤのワクチンでも100万人を助けられますが、マラリアやデングであれば、世界人口の半分が罹患する可能性を持っていますから、ケタが違います。仮にマラリアを根絶できれば、1000万人の死亡を防ぎ、4兆ドルの経済効果があるとの試算もあります。

鎌田 通常であれば、1つのワクチンを臨床試験まで持って行くだけでも相当難しいのが現状です。そんな中、赤畑さんはNIH時代、チクングニヤを含めて合計4つのVLPワクチンを開発されました。この素晴らしい快挙で、NIHにおける最高の賞も受賞されているわけですが、ワクチン開発には何かコツがあるのでしょうか。

赤畑 私たちは現在、VLPワクチンを基礎とした「i-α VLP」というワクチンのプラットフォームを構築しています。そのプラットフォームを使えば、マラリアやガンの病原体の構造を持つVLPワクチンを比較的容易に作成できるのです。したがって、理論的には全ての病気に対してワクチンを作れる可能性があります。

鎌田 チクングニヤのVLPワクチン開発に成功したことで、それが他のワクチンを量産するためのベースとなったわけですね。今後の臨床試験に期待したいと思います。

アメリカで起業したメリット

鎌田 赤畑さんは日本人ながらアメリカで起業されたわけですが、その時の心境はいかがでしたか。

赤畑 正直、研究の世界に残りたいという気持ちも強かったので、実は1年ほど迷っていました。アメリカではスタートアップが尊敬されますが、日本人の中ではそうは行かない。しかし、周りの人たちが勇気をくれて、踏み出すことが出来ました。

鎌田 実際に起業して、アメリカでのやりやすさは感じられますか。

赤畑 私たちの会社は6人しかおりませんが、医薬品開発に当たって行わねばならない様々な試験などの行程をアウトソースできるのは大きな利点です。そうした環境は日本では整っていません。

鎌田 確かに、日本で医薬品開発を行う場合、臨床試験などを行うために人を採用せねばなりませんので、特にスタートアップは難しい舵取りを迫られるでしょう。アメリカでは薬剤の製造や試験は外部に任せて、必要な部分に経営資源を集中できるのが良いですね。

研究者から経営者へ

鎌田 創業のきっかけは何でしょうか。

赤畑 父や友人を若くしてがんで亡くしたため、抗がん剤に代わるものを作りたいと思ったことです。13年1月に会社を立ち上げた時、「21世紀における世界の健康課題に対して、新世代のワクチンを開発し、感染症とがんを抑える」ことを目標に掲げました。

鎌田 そうした中、私も3年ほど前に知人経由で紹介していただきました。赤畑さんは淡々と話されていましたが、「凄いことをしている」と驚いたのを覚えています。その後、アメリカの御社まで見学に行きましたが、まだ外部の投資は入っていなかったので、応援し始めたという流れでしたね。

 既に遺伝子解析も簡単に行える時代で、せっかく良いタイミングに巡り合ったのですから、1年も悩んでいてはいけない。起業してもらわないと困ります(笑)。創業後、一番苦労されたことは何でしょう。

赤畑 好きなことをやっているので、全て楽しくて苦労はありませんが、研究者から経営者になったことで、最初は少し戸惑いがありました。一研究者としては、もっと研究に集中したいところですが、あまりそちらに根詰めすぎると経営が疎かになってしまう。時には我慢も必要です。

 ただ面白いのは、いつでも経営者としての判断が正しいわけではなく、研究を突き詰めたところから良い結果が生まれるケースもあることです。したがって、いつもビジネスライクに考えていると、それはそれで良くない。何事もバランスが肝心ですね。

鎌田 私としては、どんどんチャレンジしてもらいたいと思います。安全策を考えることもあるでしょうが、いずれにせよ元々リスクが高い事業であることには変わりありません。事業を展開していくうちに、応援してくれる人も増えるでしょうし、自ずと進むべき道も見えてくるものです。
 
10種のワクチンを開発したい

鎌田 今後はどのような事業展開を見込まれていますか。

赤畑 23~24年には臨床試験などを終えるワクチンも出てきて、急速に業績が伸びていく予定でいます。ただ、これでも最速で、同業他社からは「もっと時間がかかる」と言われる。もちろん、人の命を扱う事業ですので、慎重に運びたいとは思います。

鎌田 シリコンバレーはイノベーションの回転が速く、すぐに収益も上がってきますが、創薬の領域は時間がかかるので、じっくり腰を据えて取り組まねばなりません。産業の性質上、法律も厳しいでしょうし、許可が下りなければ何も始まらない領域です。ただ、コツコツと地道に努力を重ねる日本人には向いている気がしますね。最後に、赤畑さんの夢を教えてください。

赤畑 これまでの4つも含めて、10種類のワクチンを開発するのが目標です。かなり挑戦的ではありますが、VLPワクチンの汎用性を駆使すれば、不可能ではないと考えています。

鎌田 今は経営資源を集中させなければならないので、マラリアやデングのワクチンを開発されていますが、一度それらが臨床試験をクリアすれば、横展開が見込めますからね。

赤畑 まさにそれを目指しています。利益が出るようになれば、次の投資にも資金を回せるでしょう。

鎌田 歴史的に見ても、人類に対して猛威を振るって来た天然痘ですら、ワクチンによって撲滅されました。現在は三大感染症の一つとされるマラリアを根絶できる可能性もあり、その影響はかなり大きい。

赤畑 ワクチンは「20世紀最大の発明」とも言われ、一度導入されれば、瞬く間に感染者が減り、病気を99・9%抑えることが出来ます。私たちは、このような社会的意義のあることに挑戦したい。実は私は、元々ここまで大きな夢は持っていませんでした。しかし、鎌田さんをはじめとする多くの人に支えられて、後押ししてもらった結果、勇気が生まれ、今はどこまででも上って行ける気がしています。

赤畑 渉(あかはた・わたる)

1997年、東京大学卒業後、京都大学大学院に進学。HIVワクチンの開発研究を行い、博士号を取得。2002~12 年までアメリカ国立衛生研究所のワクチン研究センターに勤務。VLPを使ったチクングニヤ熱のワクチンを開発する。13年、VLPを駆使した新薬開発のため、米メリーランド州でVLPTherapeuticsを創業。CEOに就任して現在に至る。

鎌田富久(かまだ・とみひさ)

1961年、愛知県生まれ。東京大学大学院の理学系研究科にて情報科学博士課程を修了。理学博士。1984年、東京大学の学生時代に、情報家電・携帯電話向けソフトウェアを手がけるベンチャー企業ACCESSを荒川亨氏と共同で創業。iモードなどのモバイルインターネットの技術革新を牽引する。2001年、東証マザーズ上場を果たし、グローバルに積極的に事業を展開した。2011 年に退任すると、2012 年4 月より、これまでの経験を活かし、TomyK Ltd. にて革新技術で日本を元気にするベンチャー支援の活動を開始した。

一覧を見る