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【核心インタビュー】ティア社長 冨安徳久氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

《企業家の肖像》コロナ禍でこそ原点回帰

(企業家倶楽部2021年3月号掲載)


「日本で一番『ありがとう』と言われる葬儀社」を目指して葬儀業界を牽引するティア。昨年、業界全体にコロナという試練が訪れるも、遺族に寄り添う葬儀にこだわり続けた結果、危機を乗り越え業績は回復。さらに売上シェアは過去最高を記録した。ティアはいかにしてピンチをチャンスに変え、さらに強い事業と組織をつくることができたのか、冨安徳久社長にその理由を聞いた。(聞き手は 本誌編集長 徳永健一)

お葬式は延期できない

問 まずは、コロナ禍における経営についてお聞きします。ティアがオンラインではなくリアルな葬儀にこだわる理由はなんですか。

冨安 ティアでは、経営理念の一行目に「哀悼と感動のセレモニー」という言葉があるのですが、この「哀悼と感動のセレモニー」を届ける会社が、今回の新型コロナウイルス感染症の影響で、一瞬ですがその原点を忘れてしまった気がします。
 というのも、昨年に一度目の緊急事態宣言という未曾有の事態になり、誰もが死を身近に意識することになりました。さらに、コロナに感染して入院すると家族は一切会うことも、顔を見ることもできないので、もしその方が亡くなったら、そのまま火葬場でお骨にして、遺族がお骨だけを受け取るという状態でした。
 そんな中、我々も葬儀社で普段死を身近にした仕事をしているとはいえ、昨年2月頃、未知なるウイルスの脅威から、他県への移動自粛、三密の防止、不要不急の外出自粛、という世間の言葉に過剰に影響を受けてしまいました。冷静に考えると、葬儀の場合、参列者は前を向いて静かに座るだけなので飛沫も出ない、お坊さんも前を向いてお経を読むだけなので感染リスクは高くありませんでした。
 何より一般的なイベントとの決定的な違いは、お葬式は延期ができないことです。この事実を、我々は一瞬ですが忘れてしまったのです。喪主の方は不安なので、葬儀の打ち合わせの際に「コロナなので遠方から親戚を呼ばない方いいですよね」と聞かれると社員も無意識のうちに「そうですね、コロナですからね」と言ってしまっていたところがあります。

問題はコロナではなく意識

問 その後、具体的にはどのようなアクションを起こしたのでしょうか。

冨安 流されてはいけないと思いました。我々が掲げている「哀悼と感動のセレモニー」を届けるには人間は感情の生き物なので、遺族は最期に会ってお別れをしないとだめだと思います。そのためにリアルな葬儀にこだわってきた我々がその気持ちを失ってどうするのだと強く反省しました。
 それから、私の考えをまとめた小冊子を社長セミナーや長くお付き合いがある地主さん、協力会社、パートさんに配れるだけ配って読んでもらい、リアルな葬儀への思いを届けるようにしたのです。
 そして、同時に感染症対策は万全にしてお客様に「会館にはどうぞ安心していらしてください」と伝えはじめたところ徐々にお客様が戻ってきて、結果的にですが名古屋でのシェアが昨年は25%だったのがコロナ禍になってから徐々に28%まで増えました。上場していることも関係するとは思いますが、「ティアなら緊急事態宣言下でもきちっと対応してくれる」、「困っている人も絶対に断らない」という長年の信頼があったからだと思っています。
 実は、今期のスローガンの冒頭一行は、「コロナに負けるな」から入ります。簡単にいえば、コロナで起こったことは、別にコロナが原因で業績が落ちたのではないと私は思っています。実質的な影響はあるのかもしれないけれど、それよりも自分たちの意識が負けていたから、単価を下げていた。不安なお客様に「コロナですからね」と簡単に発言していた。
 「コロナに負けるな」宣言をして、感染症対策も万全にして、強い意志を持ってお客様に接しはじめてから、結果的に平均単価こそまだ完全には戻っていませんが、売上・利益はほぼコロナ前の水準まで回復しています。

理念共有と人財育成

問 全社員に社長の想いを浸透させることは経営をする上で難しいことの一つだと思いますが、ティアではどのように理念共有や人財育成をしているのですか。

冨安 結局、時間をかけて培ったものだと思います。教育は創業からずっと力を入れてきて、今のプログラムも初期からの進化系です。ずっと継続しているから、聞き入れる素直さをティアの社員たちは持っているのです。
 今まで何も言わなかった人が、いきなり発信しても受け取る側に土台ができていないから吸収できないということはよくあることです。基本的には新卒採用にこだわりティアの理念に共感して入社してきてくれた人たちを教育するのですが、やはり、何においても素直さが大事だし、素直な人は学び続けます。
 例え、コロナのような有事でも、素直に聞き入れる心を持った社員には、トップが今まで以上に強く発信してもきちんと浸透する。これが、社員の土台がなくて私がいくら発信しても響かないはずです。
 我々の仕事は、不安な遺族の方のことをきちんと理解して、それが理念とともに腹の底に落ちていることで本当に寄り添うことができるのだと思います。人間はもともと怠け者だと思っているので、現場で「今、声をかけるのはどうかな」「しんどいな」と思ったら行動しなかったり、訪問せず電話で済ませてしまうことになります。それを超えていくには、気持ちや理念が怠惰な心を上回らないといけません。

問 人財育成のプログラムについて詳しく教えていただけますか。

冨安 教育課で新入社員向けに6カ月の研修を開発し、先輩社員を7人ほど置いてティアアカデミーを運営しています。研修内容も常にブラッシュアップさせています。新卒だけでなく中途入社の社員もここで研修を受けています。さらに、フランチャイズ企業も教育はティアで受けてもらうので研修に参加いただいています。
 2019年4月にはより充実した人財育成の環境を整備するための拠点としてTHRC(ティア・ヒューマンリソース・センター)という施設をオープンしました。今の教育プログラムをさらに進化させて、将来的には、他の葬儀社が社員教育に活用できるよう外部への提供もできたらいいなと思っています。それぐらい教育に力を入れている会社が、全国に広がることは世の中にとって良いことだと信じています。
 私は、ティアが進出するエリアを広げるのは、社会貢献活動と同じことだと思っています。そのため、弊社のCSR は「ティアが全国に進出していくことです」と株主の前でも発言しています。オピニオンリーダーになって業界を変えていきたいと思っており、この業界変えるために命をいただいたと思っています。

タイミング・イズ・マネー

問 コロナ禍で多くの企業が苦境に立たされる中、新しい方法でピンチをチャンスに変えている企業もあります。企業家はどうして逆境に強いのでしょうか。

冨安 人生はタイミングが大事で、「タイミング・イズ・マネー」とよく言っています。コロナもある意味でタイミングです。そのタイミングでどう思えるかが重要で、それで事業がうまくいくか、いかないかが決まると思っています。
 私は1997年に会社を興したのですが、あの時のタイミングだったから、ティアはここまで成長できたのだと思います。あと10年遅かったらまた違う展開になっていたはずです。 
 人の死もタイミングだと思います。私は9年前に父を亡くしたのですが、あの時期に亡くなったのが今思うと意味のあるタイミングな気がしています。なぜなら、あの時に初めて親を亡くした気持ちがわかったからです。それまで私は現場時代からずっと親を亡くした人に真剣に寄り添ってきたつもりでした。でも、そうではありませんでした。
 その時に、父が「徳久、これでお前も親を亡くした人の本当の気持ちがわかっただろう。この気持ちを今まで以上に部下たちに伝えていきなさい」言っているような気がしたのです。
 それから、父親の葬儀が終わってすぐの社長セミナーで、私は社員に向けてこのように伝えました。
 「これまで誰にも負けないくらい現場時代から遺族に寄り添ってきたつもりだけど、実は本当の悲しみなんてわかっていませんでした。でも今だからこそ、本当に親を亡くした人のその気持ちがわかります。この中で両親、身内がご健在の皆さんは、現場でここまでするのかというぐらいに尽くしてもその遺族の悲しみの、10分の1、いや100分の1も気持ちはわかってあげられない。だからせめて、本気で寄り添うことだけはしていきましょう」
 結果的に、父が亡くなり、そのお陰で経営者として発信することが変わりました。死をもって父は最後に教えてくれたのでしょう。

人間的成長を促す会社

問 冨安社長が大切にしている価値観、ティアの企業文化について教えてください。

冨安 ティアの社員には死生観を根本的に教えています。採用活動でも就活生やインターン生と話す時には、「ティアは、人間的成長を促せる会社です。ただ葬儀ビジネスで売上・利益をあげて事業しているのではなくて、従事する皆さんが人として成長できる。セレモニーディレクターとしての成長ではなくて、人間としての成長ができます。」と伝えています。
 こうした死生観や人間教育は義務教育で学ぶべきだと思っていますが、学校でも家庭でも教育できないことはそれぞれ出会った企業が教育していくべきではないかと考えています。

問 冨安家には独特の教育法があると聞きました。それは一体どんな躾なのでしょうか。

冨安 小さい頃から冨安家ではとにかく「自立しなさい」と言われてきました。一般的には、就職活動や社会に出てから初めて自立しようと考えるはずですが、我が家では、少し変わった家系なのか小学校に上がる前から「冨安家は自立型家族だ」と言われて育ちました。
 自立の意味も祖母が幼稚園児の私に「将来、大人になって社会に出た時にちゃんと自分の力で働いて生きていくこと、これを自立って言うのだからね」と教えてくれました。
 アリババグループ創業者のジャック・マーさんの言葉で「覚悟の大きさが、次なるステージの大きさを決める」というのがあるのですが、この覚悟の大きさは自分が自立することの覚悟だと思うのです。自立して、自分でやっていくという強い覚悟が、次なるステージを大きくしていくのでしょう。

最大の親孝行は自立

問 普段から社員に語り掛けていることは何ですか。大切にしている価値観や仕事観について教えてください。

冨安 ティアの社員には、「皆さんがしっかりと社会の中で働いて生きていくこと、自立すること、これが最大の親孝行です」と、何度も話をしています。
 また、憧れている先輩のようになりたいと思ったら、自立して自分でお客様を担当できるようになることが、一生懸命教えてくれた先輩への恩返しになる。その瞬間が指導した先輩は最大に報われる時だと伝えています。
 何かを教えるということは、実は教える側の指導者が成長する時です。教えられる側はもちろん成長しますが、教える側がこれは学びの場だということを意識できると違いが出てきます。なぜなら感謝教育になってくるからです。教えさせていただいていることの感謝、教えていただいていることの感謝をお互いが持つことが大切なのです。

21世紀は感謝経営

問 冨安社長が経営する上での心構えや信条は何でしょうか。

冨安 経営も同じで経営者は社員がいるから経営者なだけで、普段社員に感謝していますか。感謝経営が、21世紀、コロナ禍においても必要です。感謝による信頼関係が根底にないといけません。大変な時もまわりが協力してくれるし、一緒に頑張ろうと思ってくれます。それが、普段感謝をしてない経営者が急に協力を求めてもダメです。常に感謝をしているとプライベートも仕事も豊かになっていきます。経営者が最終的にたどり着くのは、この感謝経営。社員に感謝の思いで教育する、評価もする、採用もする。そういう姿勢で経営をしていくのが今後ますます大切になってくると考えています。

P R O F I L E

冨安徳久(とみやす・のりひさ)

 1960 年愛知県生まれ。18 歳の春、アルバイトで葬儀業界に入る。97 年7月株式会社ティアを設立。06 年6 月名証セントレックスに上場。14 年6月東証一部に指定替え。19 年4 月人財育成専用施設『ティア・ヒューマンリソース・センター』開設。不透明な葬儀業界に一石を投じ、全国展開を目指している。15年第17 回企業家賞受賞。

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