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【編集長インタビュー】ベーシック社長 秋山 勝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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プロとは有言実行できる人

プロとは有言実行できる人

(企業家倶楽部2019年6月号掲載)

新規事業創出に非凡な才能を持つ秋山率いるベーシックは、多くの事業で世の中の「問題解決」を行ってきた。しかし今回、マーケティングツール「フェレットワン」事業強化への選択と集中という大きな決断を行った。そこに至る道筋から求める人材に至るまで余すことなく語ってもらった。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

「半身ずらし」で多事業化に成功

問 これまでにベーシックは「社会のあらゆる問題の解決」を掲げ、多くの事業を展開されてきました。50を超える事業を創出できた秘訣はありますか。

秋山 一言でいうと、「抽象化して本質を捉える」ことです。まだ会社が10人規模の時、既に複数の事業を行っていましたが、ビジネスの構造は全て同じでした。その構造が分かると、事業の立ち上げ方は見えてきます。

問 そのポイントとは何ですか。

秋山 留学とフランチャイズは一見全く業界が違っていますが、情報を欲する人と提供する人をマッチングさせるという意味では同じ構造ですから、これを理解できれば応用が効きます。

問 秋山社長は「半身ずらし」という手法も語っておられます。

秋山 既に経験済みの事業ばかり繰り返しても同じものしかできません。そこを半分ずらして50%は既存の、50%は新しい取り組みを行えば、高い成功確率を保ちながら、新規事業を創出できるわけです。

 さらに、それを2回繰り返すと完全に違うモデルになる。何の知見もない事業にいきなり挑戦すると失敗しやすいので、ベーシックのサービスはほとんど「半身ずらし」でできました。全くの未知の領域で行ったのは、海外の飲食店くらいでしょう。

分散型の組織から特化型の組織に変革
問 事業売却も含めた組織の変革をされてきましたが、狙いは何だったのでしょうか。

秋山 創業の時から一貫して、「問題解決型の事業」を行ってきました。多くの事業が生まれてきましたが、分散して小粒になってしまうという課題感がずっとありました。創業10年が経ち、海外、EC、マーケティング、アプリの4領域は形になっていながら、どうしても組織が一つにまとまらなかった。ポートフォリオ経営をするとバランスはとれますが、結果的には尖っていかず、問題を大きく解決していけないと結論づけました。

 ですから解決すべき問題にもっと特化し、組織もそれに合わせてスリム化したわけです。

問 ポートフォリオ経営の良いところは分散投資ですが、領域を特化するとなると集中する怖さはありませんか。

秋山 もちろんありますが、「深まらない」という課題とのトレードオフですね。この選択によって、「色々できる」という強みを捨てる訳ですが、ベーシックとしてはもっと大きな挑戦をしたい。ボードメンバーを入れ替えてでも狙うべきだと意思決定しました。

マーケティング事業に集中

問 大きな決断でしたね。どの領域に集中されるのですか。

秋山 マーケティングSaaS「フェレットワン」です。ベーシックは引っ越しの比較サイトから始めて、最初の10年は比較メディア事業を沢山立ち上げてきましたが、その集客のためにはマーケティングが不可欠で、それがベーシックのスキルになりました。

 一方、世の中にはマーケティングスキルが無いことによって苦労する事業者が多い。そこで、私たちのノウハウを多くの人が使えるツールに落とし込んで広く使ってもらえるようにすれば、より多くの事業者の方々を救えると考えました。

問 以前は日本の99・7%の中小企業をターゲットにされていましが、現在も同様ですか。

秋山 その層にも一定の割合で売れていましたが、方針を変更しました。中期的に見た時に本当の解決をしていないと気付いたからです。それでは志に反します。私たちが目指すのは、短期的な数字を上げることではありません。

問 サービスは同じですか。

秋山 同じですが、売る対象を変えました。マーケティングに対して企業として問題意識を持っていて、投資をする意思を持った会社に絞りました。いただいている費用の対価をお返ししたくても、小さな企業ですとお客様の体制が整わず、成果に結びつかないことがあった。現時点では、私たちの経営資源や外部環境を考えると、零細企業向けは時期尚早と言えました。しかし、旗を降ろしたのではなく、しかるべき時がくればまた挑戦したいと思っています。

問 具体的にどんなステージの会社をターゲットにしていますか。

秋山 第1にB2Bの事業者である、第2に投資予算を月額30万円以上出せる、そしてウェブマーケティングの担当者を置ける企業です。

問 それが成功した会社の共通項だったわけですね。ターゲットは全体のどれくらいですか。

秋山 国内420万社といわれる企業数の約5%で20万社です。

問 どのようなコンサルティングが成功を収めていますか。

秋山 会社ごとに合わせたコミュニケーションの仕方があるので、成功事例をそのまま他社に当てはめても上手く行きません。企業として向き合いたい顧客といかに最善の関係構築ができるのかを考え、手を打ち続けることが成功の秘訣です。

問 ユーザーとの正しいコミュニケーションの取り方を体得しなさいということですね。

秋山 そうです。しかし、ノウハウもなければ環境も整っていないとなると非常に困難です。そこで、なるべく容易な方法を考えるのがベーシックの仕事です。フェレットワンを導入していただくことによって、マーケティングに秀でた人を正規雇用する必要がなくなります。結果として、本来企業が行うべき本業に徹することができます。

問 サービス導入数の具体的な目標はありますか。

秋山 まずは5年以内に1万社を目指します。

自分の殻から抜け出す

問 経営の上で最も大切にされていることは何ですか。       

秋山 「志」です。高校卒業後、自由に楽しく稼ぎたいとパチプロになりましたが、いざ実現してみると自己肯定できなかった。自分自身の意味や意義が感じられないんですよ。人である以上、人だけが持つ「思考」という能力を最大限生かして生きるべきです。そう考えた結果、思い浮かぶ理想の姿を志す生き方をしたいと気付いたのです。

問 具体的にはその後どうなさったのですか。

秋山 商社に就職し、「入った以上は会社を良くしよう、自分の出来ることをやろう」と努力しました。様々な提案をし、進んで新たな取り組みにもチャレンジしてきました。

 26歳の時、私にとってエポックメイキングな出来事がありました。物流倉庫立ち上げの責任者になったのですが、私が任命された理由は「一番家が近いから」というもので、全く納得できませんでした。「いいからとにかくやれ」と言われて渋々働いていたので、非常に効率も悪かった。そんな私に上司が事あるごとに電話をかけてきて「結局は経験が人を育てるんだ」と言うわけです。頭にきて電話を切ったこともありました(笑)。ですが、ある時「ものの捉え方を変えてみよう」と開き直ったら、色々なことが分かった。目線が変わり、スピードも上がり、「上司が言っていたのはこういうことだったのか」という気付きが沢山ありました。

問 どのような変化があったのですか。

秋山 自身の置かれた境遇に感謝するようになりました。まず、目の前の問題を何とか解決しようと思いましたね。

 物流の「ぶ」の字も分からないような社員が、普通なら物流倉庫の立ち上げなど任せてもらえません。仕事をこなす中で、物流についての多くの専門知識やスキルが身につき、成長を実感できました。

 さらにアルバイトが100名ほど常時稼働している倉庫でしたので、そのマネジメントも行わなければなりませんでした。マネジメントについて書かれた本を読んでいる暇などありませんから、どうしたらスタッフを上手く管理できるのかを四六時中考えて実行しました。まさに毎日がトライアンドエラーです。その全ての経験が自分の血肉になっていきました。

問 実地の体験から得たものは大きかったのですね。

秋山 この経験があるからこそ、たとえ自分にとって重要であったとしても、そのこだわりに固執するのが組織としては効率が悪いと断言できます。ましてや会社は社員が納得できるような仕事のみを用意することは不可能です。一定の量の仕事をこなしたことによって、時間をかけて理解できることも沢山ありますから、「納得できなければやらない」という姿勢では、今の自分から抜け出せません。それは本人にとっても損なことではないでしょうか。

問 この出来事は起業後のマネジメントにも影響していることと思います。

秋山 「どんな人にも平等に機会を与えるべきだ」と考え、現場の声が聞き入れられる組織構造にしようと決めました。

 私自身がパチプロからキャリアをスタートしたため、サラリーマン時代になかなか機会を得られませんでした。同時に逆説的ではありますが、ちゃんと声を出せば聞き入れてくれる人は一定数いるということも分かったのです。そのような自由に声を上げられる組織を作ることが、働く人にとっても会社にとっても最善だと思っていました。

 しかし、「自由」が全ての人にとって良いわけではないと徐々に明らかになりました。「とにかく何でも自分で決めなければならない」ことが逆に怖くてストレスだというのです。「やることを決めてもらった方が幸せ」という人が多いことは、私にとってカルチャーショックでした。

 それでも起業家的な組織風土を残していきたいと模索しながら、「組織とは何か」を定義する必要性が見えてきました。

有言実行の人こそがプロフェッショナル

秋山 我々は「プロフェッショナル・オリエンテッド」という考え方を大切にしています。問題解決のためには、プロが集まっていないと実現できません。プロとは「有言実行できる人」です。

問 ベーシックが求める人物像は何でしょうか。

秋山 7割は与えられた仕事を確実にこなせる人、3割を自ら様々な事柄に問題意識を持って取り組める企業家精神に溢れた人にしていきたいですね。新卒に関しても、将来事業を背負えるかという視点で見ていこうと考えています。

 ベーシックには経歴も考え方も相当鋭ったリーダーが集まってきています。彼らがしっかり導いてくれると期待しています。

問 人材を見極める方法は何ですか。  

秋山 過去のやり抜いた経験を重視しています。立派なものでなくてかまいません。例えば私は腰痛持ちでしたが、開脚が良いと聞いて10年以上続けた結果、今は腰痛がありません。このように地味でもやり続けていることが重要です。

 なぜなら、一流の人の共通項は「習慣化できること」だからです。一定のパフォーマンスを出している人たちは、若い頃から何かしら続けているものがあります。

 そして何者にもなれない人は「自分への評価が高く、色々とやることを変える人」です。そういう人は自分を信じきれず、「もっと良い方法があるのではないか」とすぐに別の方向に逸れて行って、物事を突き詰められないのです。

問 今後、目指していくことをお聞かせ下さい。

秋山 フェレットワンを広めていき、経営のスタイルや働き方自体を変えたいですね。このサービスでは1人のマーケティングのプロが10社ほどを担当し、人材のシェアリングが実現できている。このように今後は、社会の在り方自体が目的ありきで繋がっていくようになるでしょう。現在は会社組織で問題解決を行っていますが、将来は強く繋がった個人でも同様のことが実現できる社会になるのではないでしょうか。ベーシックでもテレワークなど、各人の強みが生かされるような形で実現していきたいですね。

p r o f i l e

秋山 勝(あきやま・まさる)

1972年生まれ。高校卒業後、企画営業職として商社に入社。1997年、グッドウィルコミュニケーション入社。物流倉庫の立ち上げやEC 事業のサービス企画を担当。2001年、トランス・コスモスに入社し、Webマーケティング関連の新規事業など数々の事業企画を手がける。2004年、ベーシックを創業。オールインワンマーケティングツール「ferret One」、Webマーケティングメディア「ferret」や「フランチャイズ比較ネット」などのメディア事業を展開。一般社団法人マーケターキャリア協会(MCA)理事。

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