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【緑の地平vol.30】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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老朽原発の延命策はリスク発生率を高める不適切対応だ

(企業家倶楽部2016年6月号掲載)

高浜原発1、2号機の延命合格

 原子力規制委員会は2月下旬、運転開始から40年を超えた関西電力高浜原子力発電所1、2号機(福井県)について、安全対策が新規制基準を満たすと認める「審査書案」を了承した。最長60年までの運転延期を目指す老朽原発の新基準適合の第1号になる。1ヶ月間の意見募集を経て今春に正式決定する。残る手続きを7月の期限までに提出し、規制委の許認可を受ければ再稼働が可能になる。もっともすべてが認められた場合でも、関電は安全対策の工事に3年ほどかかると見ており、実際に再稼働するのは19年秋頃になる見通しだ。

 原発の運転期間については、東京電力福島第一原発事故後、原子炉等規制法が改正され「原則40年」と決められた。欧米先進国の運転期間を参考にして、事故を起こした1〜4号機がいずれも運転開始から30年以上経過した老朽原発であることなども考慮したものだ。

 ただし規制委員会が新基準を満たすと認めた場合は最長20年間伸ばせる。この規定は受給が逼迫して停電に陥る恐れなどの対応策として盛り込まれたものであくまで緊急時対策である。規制法改正時の野田佳彦首相(民主党出身)は、同規定を「例外的な場合に限られる」と指摘、規制委の田中俊一委員長も「延長は相当困難だ」と語っていた。

 その時から5年近くが経過した今、この規定はいとも簡単に踏みにじられようとしている。現状の日本では電力の安定供給は十分に確保されており、停電の恐れを心配するような状況ではない。とても例外規定には当てはまらない。

 それにもかかわらず、「40年原則」が簡単に骨抜きにされ、40年を超える老朽原発の再稼働に道が開かれようとしている。

政府、温暖化対策の切り札に位置づけ

 いくつかの理由が考えられる。第1は政府が2030年度の日本の温室効果ガス(GHG)の排出量削減目標として「13年度比26%減」を世界に公約していることだ。この目標達成のために電源構成に占める原子力の比率を20〜22%を確保することが必要だ。運転40年ルールを厳密に守るなら、国内44基のうち、30年に運転期間が40年を超えてしまうのが25基、35年を超え老朽原発も8基ある。30年度に約2割を原発で賄うためには「40年ルール」を遵守していては達成できない。40年を超える老朽原発を少なく見積もっても10基程度運転させなければならない。

 第2は電力会社側の事情がある。原発の安全運転のためには、安全性に配慮された最先端の技術を動員した原発の新設が望ましい。しかし深刻な原発事故後、国民の間には原発の新設には「ノー」の姿勢が強く、用地の取得は事実上不可能に近い。そればかりではない。原発新設のコストは上昇の一途をたどっており、電力会社にとっては採算がとれなくなっている。

 米国では原発新設コストが上昇の一途をたどっており、ビジネスとして割が合わなくなってきたため、新設の動きはストップしている。

 その点、老朽原発の延命のためのコストは十分採算がとれる。たとえば高浜原発の場合、原子炉を覆う格納容器の補強や電源ケーブルの火災対策の強化などが対策の柱であり、新設と比べたコストは比較にならないほど少なくて済む。

 老朽原発の延命は、政府と電力会社の利害が見事に一致したことで、実現したと判断してよいだろう。

延命化に伴うリスクの拡大が懸念

 だが、老朽原発の延命化には危険が付きまとう。この数年、高速道路やトンネルなどの公共施設の老朽化が原因の事故が多発している。原発も例外ではない。たとえば、原発の運転が長くなると、原子炉内の機器が放射線にさらされ、もろくなる課題が指摘されている。さらに深刻な問題として、原子力の専門家が警告している原子炉圧力容器の経年劣化がある。規制委員会の審査はこの点が甘過ぎるという。圧力容器の脆性破壊が起これば取り返しがつかない大事故が発生しかねない。

 たとえば、国内に原発7基を所有するベルギー政府は2025年までに原発全廃を掲げている。同国では14年現在、発電量の47.5%を原発が占めており、フランスなどに次いで世界第5位の原発大国である。1986年のチェルノブイリ原発事故後に脱原発の動きが強まり、03年に脱原子力法が成立、稼働40年を迎える原発を順次廃炉にし、25年までに全廃する計画をたてた。だがエネルギー転換が計画通り進まず、窮余の策として15年に稼働40年を超えたドール(アントワープ近郊)原発1、2号機の10年間の運転延長を決めた。

 だが皮肉なことに、ここにきて老朽原発のトラブルが多発している。たとえば稼働延期が決まった1号機は早くも翌年の16年1月に「発電機のトラブル」で緊急停止に追い込まれた。ドール原発には稼働30年を超える3、4号機がある。このうち3号機は12年に「圧力容器の多数のひび割れ」で運転停止、14年には「圧力容器の耐久性に問題」で再び停止。4号機も14年に「蒸気タービンの多量の潤滑油漏出」で運転停止に追い込まれている。

 老朽原発のトラブル多発に不安を強めるドール原発周辺の住民を中心に老朽原発の稼働延長反対の運動が高まっている。

長期的視点に立った対応策必要

 ベルギーのケースを持ち出すまでもなく、40 年を超えた原発には、規制委員会の監視の目が届かない様々なリスクが内包されているとの指摘もある。

 たとえば、民間の研究機関、原子力資料情報室によると、高浜原発1号機の監視試験の結果は、「脆性遷移温度が99℃に達し、廃炉が決まった玄海原発1号機を超える最悪の状態にある。私たちは、高浜1号機の安全性が疑問だと考えており、その寿命延長と運転再開に強い危惧を抱いている」と指摘している。

 例外規定である「40年ルール」を延長するためには、稼働年限が40年に近づくにつれ、様々なトラブルが発生している原発の現状を日本だけではなく、広く欧米の事例を集め、国民に開示すべきである。その上で20年延長に伴うリスクの拡大、それに伴う安全対策などを国民に示し、延長の是非を仰ぐための手続きが必要だ。

 さらに長期的視野に立てば、原発の延命を避け、不足電力を太陽光や風力などの再生可能エネルギーで置き換える道もある。その可能性についても十分な検討が必要だ。「さしあたって都合が良いから」といった安易、かつ短絡的な発想で、「例外規定」を骨抜きにしてしまう手法は、リスクを将来に先送りし、リスク発生率を高め、立地周辺住民の不安心理を増幅させるだけではなく、日本の将来を損ねる愚策と言わざるをえない。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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