会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2016年10月号掲載)
大きな声と周りを巻き込むような笑顔がトレードマークの小林佳雄会長。どこまでいっても『個』対『個』の関係が人間関係の基本であり、企業経営の柱だと断言する。「夢や高い理想を掲げても商売が成り立つことを証明したい」と語る人間味溢れる企業家の世界観を聞いた。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)
血縁関係でなくとも家族になれる
問 創業の地である愛知県豊橋市で、7月13日に開かれたファミリーコンベンションは盛大でしたね。グループの社員が一堂に会するばかりでなく、社員の家族や中国からもアライアンス企業が参加されていたようですね。外国人社員らは民族衣装に身を包み参加するなど、多種多様な顔ぶれでした。プログラムも照明や音楽の演出が随所にあり、社員が楽しめるようにショーアップされていましたね。今年は何人くらいの社員が参加されたのですか。
小林 今年は国内外から1248名が参加してくれました。外国人の方は多様性、異文化の素晴らしさを教えてくれます。来年は2000人になるかもしれません。豊橋で探してもこの規模が入る会場がもうありません。地元での開催は今年が最後になるでしょう。
このコンベンションは25年以上前、まだ会社が小さかった頃から開催してきました。テーマは「物語的大家族主義」です。本来、一緒に働く仲間はどうあるべきか。血がつながっていなくても家族になることが出来ると私は考えています。
問 会場で2016年度版の企業理念や行動指針がまとめられている冊子が配られました。その中に、「物語コーポレーションは『個』の尊厳を『組織』の尊厳より上位に置く企業です」という一文があります。非常にメッセージ性のある言葉ですが、どのような想いが込められているのでしょうか。
小林 実はこの理念を言い切るまでに何年も掛かりました。以前から口頭では言っていましたが、明文化して言い切るのは容易なことではありません。長い付き合いがあって私の性格を知っていたら理解できることですが、ここだけを取り出したら、とても挑戦的な言葉です。
だから、コンベンションの冒頭で、「こんな理想を掲げていたら食えなくなるのが普通ですが、物語ではビジネスが成立することを証明したい」と挨拶しました。
そのためのコンベンションです。ところが会社が大きくなり、立派なコンベンションを開催するようになると、いくら社員一人ひとりを尊重するといっても、社員が段々うちの会社はすごいと勘違いをして、自分の意見を主張しなくなる。そうして個人が埋没してしまうことに危機感があります。それを断ち切りたい。
今年は価値観を変え、新たな価値を生み出そうと「パラダイムシフト」というサブテーマを設けています。
今までなら誰かが誕生日を迎えればうちの企業文化では、全員発信メールで「おめでとう!」と20通ほどメッセージが届く。その人間性溢れる内容に感動します。今は社員数1000人ほどで1日に平均3人が誕生日を迎えるとして、20本ずつきたら、単純計算で合計60本の全員発信メールが飛び交っています。
温かい会社で個人の存在を認めていると実感出来るし、送られた人は嬉しい。でもそれだと会社が大きくなって、いい環境だと甘んじてしまう。そこで今年から始めたのは誕生日メールをもらう前に、「私は誕生日を迎えました。私はこうやって育って何をしてきた。今はこう思っています!」といった自分の方からパラダイムシフト・バースデーメールを送ろうと提案した。略してパラバースデーメールと私が名付けました。
年初が私の誕生日でしたので送ったらみんなが追随してくれた。自分の生い立ちや価値観を自己開示する行動を求めています。
物語的仕事観の原点
問 社員一人ひとりの『個』の尊厳を優先することをここまで徹底している組織は珍しいと思います。小林会長がこの価値観を持つようになったのはいつからでしょうか。また、何がきっかけだったのでしょうか。
小林 板前になったからです。大学を卒業し、就職活動はすれど全滅。挫折を味わい、母が営む小さなおでん屋に入りました。箔をつけるために2年ほど板前修業して、包丁を握る訳ですが、昔ながらの無口な板前ではお客に自分の考えは伝わりません。例えば、私が京都の有名な老舗料亭で修行でもして、小さな愛知県豊橋市の30万の人口の中で高級店一軒だけであれば、「この板前さんは京都の菊の井で修行してね」という評判で店は流行るかもしれない。
だけど、それは他人の力を借りて流行っているだけ。なぜこの料理を作るのか、美味いだけでなくて本気でその料理を作ろうとしているのは何故か、料理の裏に背景がある。「食材はどうで、濃い味付けにしている理由はこうで、今の人の口に合わないかもしれないけど、こういう伝統があるから意図的にしている」と、自分の知っていることを全て伝える。
さらに言うと料理だけではなくて、作っている私はどういう性格で、どんなバックグラウンドでと話す。始めた頃は、二代目だと思われないように慶応卒も隠す、母のニオイも隠す、そして地元の三河弁ではなく、標準語で話していた。透明人間のホスピタリティ溢れる丁寧な言葉で美味しい料理を作る板前として存在しようとしていました。
でも、それで喜ぶお客はいないことに気付きました。他人のブランドにぶら下がるのは、本質論ではない。自分を出していかないとお客は信用してくれないし、部下も信用してくれないと板前をやってみて分かりました。
だから、役員や社員にも「自己開示」しなさいと口を酸っぱくしていうし、出来なければ、出来るようになるまで追い込みます。
問 加治社長も「うちでは本音で話し、ウェットな人間関係でなければいられない」と話していました。店舗取材の際も店長は包み隠さず休憩室やバックヤードまで案内してくれ、個人的な生い立ちや現状を話してくれて驚きました。本社だけでなく、店舗まで風通しが良く、オープンな企業文化だと実感しました。
御社の名物となっている会社説明会『意思決定セミナー』は圧巻です。まだ入社も決まっていない緊張している学生を前にしての第一声が、「自分の勘を信じなさい」ですから、学生の仕事観が変わるのではないでしょうか。それも小林会長の自らの体験から得たものだったのですね。
小林 一番影響を受けたのは、母からです。大阪のおばちゃんの様に感情むき出しで社員と接していました。あんな恥ずかしいことは真似できないと思いながらも、半面ではあんな風に活き活きと仕事がしたいと憧れていました。本来は自分のしたいことをするのが自然なことだと分かっています。
しかし、板前をして、同じように商売をしてもどうしたら母の様になれるのか方法が分かりませんでした。精神的に段々追い詰められていったわけです。
他人と違うことをしたら恥ずかしいですよね。自分のしたいことを主張するというのは、日本流の生き方とは逆行しています。私が母の真似をしても誰も見てくれません。
そこで、海外生活の経験を生かして外国文化を取り入れ、心理学的アプローチを融合してきました。
社員は入社して半年ほど経つと「むすび研修」を受けます。初対面で全く知らない人と膝を突き合わせて相対します。誰でも警戒しますが、笑顔一つで緊張感がほぐれたり、お喋りを何十秒かするだけで、どんなに心が打ち解けていくか体験します。
だから自分から話しかけることがいかに重要か、緊張をほぐす方法を知るための研修を用意しています。
問 小林会長が仕事観を形成する過程では、いろいろと葛藤があったのですね。それでは、創業から今までで一番苦労したのはいつでしょうか。
小林 自分のアイデンティティを見い出せなかったときです。板前になり切ろうとしていない時期がありました。仕事は一生懸命していましたが、「板前より経営者の方がカッコイイよな」と思いながら、お袋みたいに感情をむき出しで見苦しいことはしたくないと考えていたときは全てがうまくいきませんでした。お客はつかない、従業員は信用してくれない、女房はマザコン男と思っている。実際にノイローゼ気味になりました。しかし、自分の仕事を通してブレイクスルーするしかありません。
板前をして気付いたのは、自分を解放すると人生が楽しくなってくることです。自分が楽しくなってくると、お客にも一緒に働く仲間にも良い影響を与えました。
人は誰でも経験を持っている。しかし、中身があるのに話そうとしない。自分を解放すれば、人生が楽しくなるよと伝えたくて、『意思決定セミナー』で話をしています。
人の匂いがする食い物屋
問 日本の外食産業は海外と比べていかがでしょうか。
小林 世界的に見ても成熟しています。アメリカも日本と同様に変化が激しい。1960年代後半からチェーン店やマニュアルなど商売の仕組みを教えたのはアメリカ人です。マクドナルドは1971年に銀座に初出店しました。
美食思想を広めたのはヨーロッパですが、食い物屋という切り口の成熟度合いでいったら、最近はヨーロッパより断トツで日本が高いでしょう。それは、次から次へと新しい物を求められる環境があるからだと思います。ただ料理が美味しいだけではなくて背景に流れるストーリー性も求められます。その上で安いことも求められます。さらに価格だけでなく、豪華さを求められたりと、この複雑性は他の国にはありません。
競争の激しさから、遠からず中国も日本と同じようになると思います。
問 御社では既存店売り上げが前年比よりも上がるという特徴があります。地域でお客に支持されている証拠だと考えられます。御社の強みはどこにあるのでしょうか。
小林 飲食業の世界に入って40年以上になりますが、既存店売り上げが伸び続けているのは異常と言えます。正直に言うといつ終わるのか不安で仕方ありません。この指標を目標にしてきて、出来なかったことの方が長かった訳ですから、明確な回答を持っているとは思いません。
会社が大きくなると人間味溢れた食い物屋の雰囲気は薄れていきます。それに気付いて、社員やパートナーの方々が、人の温かさや人の匂いのする店舗作りをしてくれていると思います。社長の加治さんの言葉でいうところの「生業店思想」です。大きな声で「いらっしゃい!」とお客を迎え入れて、おせっかいを焼いてくれるお店です。
もう一つは、どこの店も看板商品を作ろうと政策的に意識している点です。メニューは増やせばいいものではありません。良い店には「この店に行ったら絶対これを食べなきゃ!」という目玉商品があります。例えば、丸源ラーメンなら「肉そば」ですね。
小うるさいのが一番いい
問 トップの仕事とは何でしょうか。小林会長の経営の心得をお聞かせください。
小林 優秀な人材がいたら抜擢する。すると追い抜かれる人が存在します。それが普通だという文化を作ることです。年功序列では部下が育ちません。実力主義の前にやるべきことがあります。ダメなことを正直にダメだと言わない上司は必要ない。日本では部下を注意するときに別室に呼び出し、面子を気にしてあげて注意をする。しかし、本来は何がダメなのかを共有すること、上司の考え方を理解させることが重要です。ボトムアップが出来る環境を上司は作らないといけませんが、トップダウンできない上司は最低です。
また、上司は部下にフィードバックを求めることも重要です。多くの上司は部下が意見を言ってくれないと嘆いていますが、自ら聞きに行けばいいのです。食い物屋のいいところは、実践しないとリーダーシップを確立できないことです。
問 今日からでも始められるリーダーシップを一つ教えてください。
小林 自分の考えを自己開示すること。役員会議でも私が怒るのは、本音で意見を言っていないと感じた時です。『意思決定』することが重要だと言い続けて、私は模範演技を続けています。リーダーは自らの気概や生き方を示すこと。やってみせるということです。
「なんで、私みたいに大きな声で挨拶しないの?」って単純に頭に来るわけです。
若い社員は世代が違うから、私の本質を理解するのに時間がかかるかもしれないけど、逃がさないぞと思っている。「もっと近寄って来いよ」という気持ちだけど、顔と名前を覚えられないから、私の方が身構えることもあります。
家族なんだから、小うるさいくらいがちょうどいいと思います(笑)。