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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第28回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

「多世代交流時代のリーダーの発信」

(企業家倶楽部2015年8月号掲載)

若者か年寄りかなんてもう古い!

 超高齢化社会がやってきました。生産人口の約半分に高齢者人口がなろうとしています。ところが、この高齢者という呼び方自体がそもそも失礼千万で生活白書上は65歳以上。そうなると私のように数の多い団塊の世代がみんな高齢者に入ってしまいます。はたしてそんなに「高齢」のイメージかどうかと疑わしいのです。私も現役ですから年金受給者でもありません。

 しかし、日本の多くの企業のトップを今、団塊の世代が占めています。このひとたちが世代を越えて、若い人々に自分のビジョンを伝えられるか、伝えられないか、そこに日本の将来もかかっているように思うのです。

 パフォーマンス学の視点から言えば、人間は本能的に目の前の人のやり方を反射する「ミラーリング」の能力があります。脳の反射中枢が瞬時に働いて、目の前にいるリーダーの真似をするわけです。一方、「ミミクリ」というパフォーマンスの特徴もあります。これはもともと動物が周りの環境にだんだん自分を似せていって、自分の身の安全を図ったところからきた「擬態」を意味する単語です。子どものごっこ遊びも「ミミクリ」にあたります。これは反射と言うよりは目の前のリーダーのやり方を見ていて、「それはいいなぁ」と思って時間をかけて真似をするわけです。いずれにせよ、ここでリーダーが部下に対して果たしているのは「モデリング効果」、つまり部下のモデルになっているということです。そのため、リーダーには二つの考え方が必要でしょう。

 最近、大いに刺激を受けた本を一冊御紹介します。

そのひとのパフォーマンスはその人物のシグマ(総和)

 これは、残念ながら私の言葉ではありません。富士フイルムホールディングス代表取締役会長兼CEOの古森重隆氏の言葉です。あまりにも素晴らしいのでそのまま引用します。

「真の実力とは何か。それは、何かひとつ優れた能力や技術を体得したからといって身に付くわけではない。

 その人のパフォーマンスはその人物のシグマ(総和)によってあらわされると私は考えている。

 単に頭が良いだけではだめだ。マッスルインテリジェンス、すなわち、野性的な賢さや、へこたれない心、物事を動かす現実的な能力、強い身体、自分や現実を見据える勇気、人間の裏面も理解する感性……こうしたトータルの力を磨くことが必要なのだ。」(古森重隆2014、『君はどう生きるのか―心の持ち方で人生は変えられる』三笠書房)

 そのひとの瞬間瞬間の自己表現にその人物が生きてきたシグマが表れてしまう。素敵であり、かつ恐ろしいことです。これを具体的に体験したもう一つの例を挙げましょう。

「努力」というもの

 この度、「信州面白人の会(しんしゅうおもしろびとのかい)」という長野県の若者支援の会を立ち上げるにあたり、セブンアンドアイホールディングスの鈴木敏文会長にお会いして、会長を引き受けていただきました。

 続いて14人の経営者に会い、理事を引き受けていただいたのですが、そのうちの一人が伊那食品工業会長、塚越寛氏です。伊那食品といってもピンとこない人でも「かんてんぱぱ」といえば分かるでしょう。

 この塚越さんに会ったとき「あぁ、この方のシグマがこの出会いの瞬間だ」と、実感しました。私が到着したとき、会長は自分の会長室から降りて、一階の事務スタッフの部屋にわざわざ座っておられたのです。私も受付を入った瞬間に「これが塚越さんだ」と、遠くからすぐに分かりました。著書で顔を存じていましたが、そのためでなくて、こちらに向かって、強いオーラが矢のように発信されてきたからです。お互いに、出会いの瞬間に自分の人生の総和を賭けた例です。さて塚越会長が素敵なことを書いておいでです。

「時々、『私なりに努力しました』という言葉を聞くことがあります。あえて厳しい言い方をさせていただくと、努力に『私なり』とか『その人なり』ということはあり得ないと思っています。自分の基準で努力したつもりになったとしても、それが必ずしも世間から認められるとは限りません。

 例えば毎日15分間読書をすることが、その人なりにたいへんな努力だったとしましょう。しかし、毎日2時間も3時間も本を読む人からすれば、まったくの『努力不足』に見えるはずです。」(塚越寛2012、『幸せになる生き方、働き方』PHP文庫)

 つまり一流の人は、陰で人知れず大変な努力をしていると結論しているのです。だからこそ、忙しい最中に一階に降りておられたでしょう。

 逆境は人を育てるというのも彼の持論で、「『自己実現ができないような会社にしがみついているのは、負け組だ』というと若い人が言うのは間違っている。『自分で努力して、この会社を変えてやるくらいの気構えが欲しい』」と書いているのです。(塚越寛2014、『リストラなしの「年輪経営」』光文社知恵の森文庫)

 古森氏にも、塚越氏にも共通するのは、ご自身が死に物狂いの努力をし、頭を使いきって、瞬間瞬間の自分を表現し、それを社員が見てきた、という事実です。結局、多世代時代のリーダーは理屈でいくらロジカルに説明しても、若い社員が理解できるとは限りません。ボキャブラリーも価値観も違うからです。手っ取り早いのはご自身の姿を見せることでしょう。それも瞬時の自己表現で。

 ところで今、『トヨタで学んだ「紙1枚!」にまとめる技術』や『トヨタ基本の仕事大全』などのトヨタ系の本が若い人によく読まれています。中を見るとあまりに単純明解です。

 ①問題を明示し、②解決方法を書き、③解決方法を計画に落とし、④いつまでに仕上げるかというごく基本的な大学生の卒論でもやりそうな思考方法をわざわざ書いているわけです。

 そうしないと若い社員は仕事ができないからでしょう。そうなったらトップの仕事は明解でしょう。ちゃんとできている自分を見せていくのが最も近道だと思われます。これぞ本当のOJTなのです。

 以下、年代別職業的キャリア観の特徴を添付致しますので、ご参考下さい。

AS年代別職業的キャリア観の特徴(年代:キャリア観)( 佐藤綾子 禁無断転載 )

 20代~30代半ば:舟下り的遭遇期、全力で目の前の仕事に取り組む基礎力・自分の道の模索

 30代半ば~50代半ば:第1期山登り、プロフェッショナル・専門力

 50代半ば~60代半ば:第2期山登り、さらに高い山・山脈・人脈

 60代半ば以降統合期:恩返し期、後輩指導・社会貢献・人生の総決算(cf. 日野原重明先生の「新老人の会」:75才以上で社会に何か貢献をしている人の会)

Profile 

佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『日経メディカルOnline』、『日経ウーマン』はじめ連載6誌、著書178冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。21年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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