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【緑の地平vol.33】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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東京オリンピックの金メダルを都市鉱山資源でつくろう

(企業家倶楽部2016年12月号掲載)

環境に配慮したオリンピックの象徴

 リオデジャネイロ・オリンピックでは、日本選手が大活躍した。オリンピックで取得したメダル数は金、銀、銅合わせて41個、史上最多の快挙だった。その後のパラリンピックでも金こそ逃したものの、銀、銅メダル合わせて24個と健闘した。

 早くも2020年の東京オリンピックへの期待が高まっている。政府も主催都市東京都も環境に配慮した日本らしいオリンピックを大きく掲げている。その目玉のひとつとして、都市鉱山から取り出した金属(リサイクル資源)で東京オリンピック・パラリンピックのメダルをつくる構想が政府、東京都、環境NPOなどの間で急浮上している。

 オリンピック憲章によると、オリンピック・メダルの基準は、少なくとも直径60ミリ、厚さ3ミリ、一位、二位のメダルは銀製で、少なくとも純度1000分の925でなければならない。一位の金メダルは少なくとも6グラムの純金で金張り(メッキ)がほどこされていなければならないなどと定められている。

 直径60ミリ、厚さ3ミリの銀の上に金を6gメッキすると、金メッキの厚さは50マイクロミリ(μm= 百万分の1m)になる。メダルの重量はいずれも約500gだ。

 ところで、過去のオリンピックでリサイクル資源を使ったメダルの例はあるだろうか。ロンドン・オリンピックでは一時期、金メダルをリサイクル資源でつくることが検討されたようだ。最終的には、金は資源メジャーからの寄付で賄った。

 ブラジル政府によると、リオでは、銀と銅には30%のリサイクル資源が含まれているとのことだ。金は水銀などを使用しない持続可能なプロセスで採掘されたものを使っているが、リサイクル資源とは言っていない。リサイクル資源で金メダルをつくれば、東京オリンピックが最初になる。

都市鉱山は宝の山だ

 それだけの金をリサイクルで取り出すことができるのだろうか。

 情報産業を支える携帯電話(スマホなど含む)、パソコン、CD、DVD、電子部品、プリント基板、ロボットなどには金、銀、銅などの貴重な資源が大量に使われている。使用済みとなって廃棄される電子機器類に含まれる資源のことを「都市鉱山」と呼んでいる。

 都市鉱山から採掘される資源は天然のバージンの鉱山で採掘する資源と比べ環境破壊は極端に低く、品位も高い。例えば、携帯電話1万個(約1トン)を集めると、300~400gの金が回収できる。

 一方金を大規模に露天掘りで採掘している鉱山の鉱脈中の品位は1トン当たり0.3gから1g程度に過ぎない。都市鉱山がいかに「宝の山」かが分かる。

 政府は都市鉱山のリサイクルを推進するため、2013年4月に小型家電リサイクル法(環境省、経済産業省所管)を施行した。環境省資料によると、14年の小型家電リサイクル法に基づく金の回収は約143kg、銀は1566kg、銅は1112トンだった。

 一方、リオ五輪のメダルは金、銀、銅合わせて約2500個と発表されている。大雑把にとらえて、その約3分の1、800個が金メダルとすれば、4.8kgの金が必要だ。またパラリンピックの金メダル数が同程度だと仮定すれば、約10kgの金が必要になる。計算上は都市鉱山から回収された金で十分賄える。

小型家電リサイクル法の積極的な活用を

 だが、安心は禁物。以上は机上の数字合わせである。実際には難問が立ちふさがっている。最大の問題は都市鉱山から回収された金の多くが再びスマホなどの小型家電や電子部品に使われていることだ。ICT(情報通信技術)革命がさらに進めば、金への需要はさらに膨らみ、メダルに回せる分を確保できるかは微妙だ。

 この壁を乗り越えるためにはメダルに使う金を新たに都市鉱山から取り出さなければならない。経産省によると、年間約65万トンの小型廃家電が発生するが、小型家電リサイクル法による回収は10 万トンにも満たない。回収率は15%程度だ。

 小型家電リサイクル法では、市町村が中核になって回収する。消費者、事業者などが廃棄した小型家電を回収するために、市役所、公民館などの公共施設、スーパー、郵便局などに回収ボックスが設置されている。回収された小型廃家電は、認定事業者(非鉄金属メーカーなど)に引き渡たされる。

 認定事業者は小型廃家電を製錬工場で解体・分解し、様々な金属資源につくり変える。たとえば、非鉄金属大手のDOWA(旧同和鉱業)は、秋田県にある小坂製錬工場で多くの廃家電の中から、金、銀、銅、亜鉛、鉛など16種類の非鉄金属を取り出している。DOWAに限らず、日本の非鉄金属メーカーは世界に誇れる最高水準の製錬技術を所有している。

 小型廃家電の回収率が15%程度と低い最大の理由は、同法成立後まだ日が浅く、市町村などの地方自治体の対応が遅れているためである。全国の市町村数は現在、1742ある。同法実施1年後の14年4月の調査によると、「実施、実施に向けて調査中」の市町村は1031で、全市町村数の59.2%に止まっている。この比率をできるだけ早く100%まで高めることが望まれる。

 一方、私たち消費者も使わなくなった携帯電話やパソコン、その関連電子部品などが押し入れや机の引き出しにゴロゴロあるのではないか。さらに個人情報保護のために使わなくなった携帯やパソコンを手放したくないという気持ちもある。これらの隠れた小型廃家電をリサイクルに回せば、年間の廃家電量はさらに大きく増えるだろう。

国民運動として展開

 東京五輪の金メダルを都市鉱山資源でつくるといってもなにもしなければ実現できない。実現のためにはかなりの努力が必要だ。たとえば、政府、地方自治体、環境NPO、NGOなどが連携して「東京オリンピックの金メダルを都市鉱山資源でつくろう」という国民運動を大々的に展開してみたらどうだろうか。国民の中には、小型家電リサイクル法の存在、自分が廃棄したスマホなどの小型家電が金、銀、銅などの貴重資源を大量に含んだ「宝の山」であることなども知らない向きも多いのではないか。

 政府、地方自治体、NPO、NGO、消費者、メーカーなどがしっかりスクラムを組み、都市鉱山資源の積極的回収、リサイクル資源化を国民総参加で推進すれば、国民の士気も高まるし、日本らしい東京オリンピックの開催が可能になる。当然、金メダルだけではなく、銀、銅メダルも100%リサイクル資源で賄うことができるだろう。世界に冠たる資源循環国家、環境立国日本を世界に知ってもらうよい機会になる。(参照:一般社団法人サステナビリティ 技術設計機構のウエブサイト

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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