MAGAZINE マガジン

【緑の地平vol.34】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

代替フロン削減 温暖化対策のバネに

(企業家倶楽部2017年1・2月合併号掲載)

パリ協定11月4日発効

 地球温暖化対策の新たな国際ルール「パリ協定」が11 月4日発効した。その翌週の7日からモロッコのマラケシュで第22回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP22)が開かれ、温室効果ガス(GHG)の排出を今世紀後半に実質ゼロにする野心的な目標を達成するための具体的な議論を開始した。

 その一環として、注目されているのが代替フロンの生産を段階的に廃止する試みだ。一見地味に見えるが、温暖化対策としては大きな効果が期待できる。

 オゾン層を破壊するフロンを規制するモントリオール議定書の締約国会議が10月アフリカのルワンダで開かれた。この会議で冷凍・冷蔵機器やエアコンの冷媒に使われる代替フロンの生産量を段階的に削減する合意が成立した。パリ協定支援の一助にもなる。

 モントリオール議定書とはオゾン層の破壊を防ぐため、1987年にカナダのモントリオールで採択、89年に発効した国際協定だ。オゾン層が破壊されると太陽の紫外線が直接地上に届き、皮膚がんや白内障、免疫力の低下など人や生物に悪影響を与えることが科学的に証明されている。議定書には複数の特定フロンの生産廃止、販売規制などが定められ、大きな成果をあげてきた。7月1日付けの米科学誌「サイエンス」に米マサチューセッツ工科大のチームがオゾン層観測結果を発表し、「オゾンホールが2000年を境に小さくなっている」と指摘し、議定書を高く評価している。

温室効果は最大CO2の1万倍

 だがこれでめでたし、めでたしということにはならなかった。特定フロンに代って使われるようになった代替フロン(ハイドロフルオロカーボン=HFC)が地球温暖化ガスとして無視できなくなってきたためだ。HFCはオゾン層を破壊しないがCO2(二酸化炭素)の数百倍~一万倍の温室効果を持つ。HFCが使用され始めた当時は生産量も少なくあまり問題はなかったが、この数年グローバルベースで使用量が急増したため温暖化の副作用が注目されるようになった。国連環境計画(UNEP)によると、代替フロンの大気中への放出は毎年7%ずつ増えているという。

 日本の場合、2005年度のHFCの温室効果ガス(GHG)排出量は1280万トンだったが、13年度には3倍近くの約3200万トンに急増している。総排出量に占める割合も05年度が0.9%、13年度には2.3%まで上昇している。
 10月の締約国会議で合意された生産規制(表参照)によると、先進国は36年にHFCの生産量を現在と比べ85%、中国やブラジルは45年に80%、インドや産油国は47年に85%それぞれ削減するという内容だ。規制開始年は先進国が19年、中国24年、インドなどは28年に決まった。締約国会議では規制に熱心だったアメリカが「実施されれば、今世紀末までの気温上昇を最大0.5℃抑えられる」と主張した。

 新規制合意を受けて、先進国は途上国に先駆けて19年から段階的に代替フロンの生産削減に乗り出さなくてはならない。

削減目標、前倒し達成を

 ところが、日本には今回規制の対象となるHFCの生産を明確に規制する法律は存在しない。既存のオゾン層保護法ではHFCは対象外になっている。またフロン排出抑制法は機器の利用者にHFCの漏出防止策を求めているが、排出は直接制限していない。

 従って、HFCの段階的削減のための新たな法律が必要になる。仮に新しくつくられる法律名を代替フロン規制法(仮称)と名付ければ、同法律には二つの目標が明記されることが望ましい。一つは温暖化ガス削減効果を高めるため、削減終了期間を大幅に短縮することだ。具体的には2036年の削減終了時期を5~10年早める必要がある。温暖化対策のような国際協定に取り組む国の姿勢は大きく分けて二つある。一つは協定に定められた期日までに実施すればよいという消極的な姿勢である。もう一つは協定の趣旨を先取りして実施する積極的姿勢である。温暖化対策のように地球の将来に大きな影響を与える協定の場合は後者が望ましいことは言うまでもない。京都議定書の目標達成について言えば、EU(欧州連合)は前倒しの取り組みをしたが、日本はぎりぎりで目標を達成した。「石炭火力に傾斜し過ぎ」として海外から批判され、いまや温暖化対策劣等生と見なされている日本だけに、HFCの削減に当たっては、積極的に取り組み、期日前に削減目標を達成し、名誉挽回を果たしてもらいたい。

 二つ目は、新たな冷媒の開発で大幅削減や削減時期を早めた企業に対して金融・税制上の優遇措置を与え、さらなるイノベーションを奨励する措置だ。世界で使われるHFCの5割は冷凍・冷蔵機器、3割強が空調機器とされる。HFCに代る冷媒の開発では米国とカナダが一歩リードしているとの見方もあるが、日本企業の中にも省エネ技術の開発、CO2やアンモニアなどの「自然冷媒」の研究開発に取り組み一定の成果を上げているエアコンや冷凍・冷蔵機器メーカーもある。たとえば空調機の大手、ダイキン工業が温暖化への影響度を従来比3分の1に抑えた次世代HFC「R32」を使ったエアコンを開発している。規制では36年までに現状比85%の削減が求められており、同社としては更なるイノベーションが求められている。

企業のイノベーションを刺激する新法の制定を

 一方パナソニックなど日本の家電メーカーの中にはノンフロン冷媒としてCO2を冷媒とする冷凍機の販売を始めた企業もある。コンビニのローソンでは2010年末からCO2冷媒の冷凍・冷蔵システムの試験的な導入を始め、14年から本格的に導入を開始している。16年2月現在、累計約1300店舗に導入している。ただCO2冷媒使用に当たっては圧縮技術などに改善の余地が大きいとされる。アジア、南米、アフリカなどの途上国では経済発展に伴う生活水準の向上で、エアコンや冷凍・冷蔵機器の需要は大きく伸びると期待されている。日本企業がノンフロン冷媒技術で競争力を強化するためにはさらなるイノベーションが求められており、政府の支援が欠かせない。温暖化対策のためには削減合意事項をただ守るだけではなく、合意内容を先取りし、効果的な対策を率先実行できるような法体系の整備、拡充が求められよう。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

一覧を見る