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【地球再発見】vol.3 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

「カストロ主義」は続くか

(企業家倶楽部2016年8月号掲載)

 作家池波正太郎の鬼平犯科帳シリーズに江戸時代の「お勤め(盗み)」の掟が出てくる。「殺さず、犯さず、貧民から盗らず」――。世界中同じで、怪盗ルパンや鼠小僧のような〝正しい盗賊〞には「怪盗」の称号が与えられる。ルパンや鼠小僧はルール破りだが庶民の味方だ。だから時代を超えて人気が衰えない。

 所変わってカリブ海の島国キューバ。「私腹を肥やさず、階級はつくらず、極貧を救う」――。エンタメも政治もごっちゃにする非礼を詫びつつ、異質ともいえる「カストロ主義」の奥深さを紹介する気になった。「貧民のために尽くす」という1点で思わずキューバを連想してしまった。国際政治の中で独裁体制は嫌われるが、この「カストロ主義」は生き続けた。

 1959年、フィデル・カストロ氏(ラウル・カストロ現国家評議会議長の兄)が親米の独裁者を倒し、キューバ革命を成功させた。当時の旧ソ連がこれに目をつけ、米・フロリダから90マイルという至近距離に社会主義(共産主義への前段階)政権が誕生した。フィデルは超大国アメリカに素手で歯向かう革命家のイメージを世界に広げ、60〜70年代の各国の学生運動に大きな影響を与えた。 独特の社会主義である「カストロ主義」は〝本家〞の旧ソ連が90年に共産主義を放棄したあとも全くぶれることはなかった。

 フィデルの言う「社会主義の理想」とは何か。単純な社会主義は旧ソ連圏、あるいは中国、北朝鮮のような独裁に近い統治形態だが、概して平等になるはずが、逆方向に走る矛盾に陥った。しかし、「カストロ主義」は他の社会主義国家とは異なる。

 独裁には違いないが「極貧を救う」のが政策の基本だ。教育・医療はすべて無料。輸出産品がなくなれば、医者を養成して世界に輸出する。エボラ出血熱が西アフリカで流行すれば、直ちに現地に医者を送りこんだ。ただし米による経済制裁もあり、配給制度は財政ひっ迫で存続が危うい。国内に不満分子がいれば「出ていけ」とフィデルは亡命を黙認した時期もあった。

 世界の国家指導者には「隠れフィデルファン」が多い。06年にフィデルが引退する前は国際会議の場で絶大な人気を誇った。私利私欲に走る社会主義指導者が多い中で、フィデルの「清貧」の生き方に賛同する国家元首が多かったのだろう。

 米・キューバは15年7月に利益代表部を大使館に格上げし、正式に国交回復した。オバマ大統領は任期が残り少なくなり、外交で得点をあげる方針に傾いた。そして16年3月のハバナ訪問ではキューバ国民の大歓迎を受けた。これからは経済制裁の緩和とグアンタナモ米軍基地の返還などが課題となる。

 フィデルはこの8月で90歳になる。そのフィデルが珍しく表舞台に顔を見せた。16年4月の第7回共産党大会で、肉声を久しぶりに聞いた。伸びた白ヒゲをさすりながら「ここまで長生きできたのは運のなせるワザだ。近く死期を迎えるが社会主義の理想は残る」と国民に静かに語りかけた。メモ片手の「ごあいさつ」のようにも見え、「遺言」と表現したメディアもあった。生きているだけでも貴重な人だ。

 15年4月に岸田外相がキューバ訪問した際は「車いすからきちんと立ってあいさつしたし、頭ははっきりしていた」(外務省幹部)という。岸田外相との会談では、「核兵器廃絶」でお互い一致したという。

 在日キューバ大使のマルコス・ロドリゲス氏は、「確かに米国の経済制裁はキューバを窒息させようとしたし、一部まだ影響は残っている。しかし革命の理想に向けて努力する」と「カストロ主義」を守る決意を述べた。

 さて、蛇足ながら舛添東京都知事の言動が気に入らない。ルール内の行為だから何をしてもいいとする都知事と貧民に寄り添うフィデル。どっちが偉い?考えるまでもなかろう。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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